50:ワルツ
「マリアちゃん!」
「マリアさん!」
城に戻った私たちを一番に出迎えてくれたのは、大切なルームメイト・セシリーと大切なクラスメイト・ノアくんだった。
「セシリー! ノアくん!」
「大丈夫だった!?」
涙目で抱き着いてきたセシリーは、怪我がないか確かめるためか私の体をベタベタと触る。本気で走ったため若干太もものあたりが痙攣するような感覚はあったが、幸い怪我はなく、私は「くすぐったいよ」とセシリーの手を止めるようにそっと握った。
「怪我してないよ。ギルバートくんとルシアンくんのおかげ」
「よかったぁ〜!」
「心配かけてごめんね」
再びセシリーは抱き着いてきて声を上げて泣く。普段はお淑やかなセシリーがここまで感情を露にするのは珍しいが、それだけ心配をかけてしまったということなのだろう。
ノアくんはルシアンくんに背中をばんばん叩かれつつ、慰められていた。ギルバートも含めた男性陣は互いの無事を確認し合い、落ち着いたようだ。
謝罪の意を込めてセシリーの背をさすっていたところ、その肩越しにオレンジ髪の少女・コリンナさんがこちらを見ていることに気が付いた。彼女は所在なさげにポツンと一人、離れた場所に立っていたが、顔色は至って健康そのものでほっとする。一瞬であってもアバドと接触したのだ、もし何かあったらと心配だった。
「コリンナさん、大丈夫でしたか?」
声をかければびくん! と大きく肩を揺らすコリンナさん。きょろきょろとあたりに視線を泳がせて、しかし逃げることなく彼女は目の前までやってくる。そして大きく頭を下げた。
「ごめんなさい! 私のせいで……」
ずび、と鼻をすすった音がする。責任を感じているようだし、もし怪我でもしていれば彼女を更に追い詰めていたことだろう、ギルバートとルシアンくんには改めて感謝しなくては。
コリンナさんを気遣ってか、私に抱き着いていたセシリーが離れていく。友人には視線だけでお礼を言って、依然頭を下げたままのコリンナさんに手を差し伸べた。
「私が首を突っ込んだだけですから。それにほら、この通り元気です!」
元気な印象を与えられるようにいつもよりはきはきと、高いトーンで声をかける。すると潤んだ瞳がこちらを見上げてきたので微笑みかければ、ようやくコリンナさんは笑顔を浮かべた。
あの後アバドがどうなったのか分からない。おそらくはセレネアとポルタリア魔法学院が協力して対処しているのだろうが、無事に追い払うことができたのだろうか。
アバドの正体を確かめることもできなかった。それになぜ私を狙ってきたのか、その理由も分からず仕舞いだ。偶然目をつけられたのか、それとも何か“訳”があるのか。
――そのときだった。
ドーン、という鈍い音。そして右頬を照らす光。最後にぱらぱらと聞こえる風情のある音。
何事かとそちらを見やれば、
「は、花火……?」
夜空に大輪の花火が次々と打ち上げられていた。
思わず近くのバルコニーへと出て、間近で見上げる。それはそれは大きく見事な花火だった。
「今夜のパーティのために用意していたものだろう。アバドは追い払えたんじゃないか」
いつの間に隣に来ていたのか、ギルバートが独り言を呟くように言った。
この世界の花火が私の世界の花火と仕組みが同じとは思えないが――どう考えても魔法を使っているだろう――打ち上げるには人の力が必要なはずだ。それはつまり、花火を打ち上げるだけの余裕ができたことの証明に他ならないはず。
ギルバートの推察通り、アバドの危機は去ったのだろう。セオドリク先生もきっと無事でいてくれるに違いない。
そうこう考えている内にも花火は次々と上がって、夜空を彩っていく。あれほど恐ろしい体験をした後なのに、いいや、だからこそなのか、なんだかワクワクソワソワして落ち着いていられなかった。
そこでふと、せっかく練習したワルツを踊っていないことを思い出す。アバド襲撃がなければあの後、大きなホールで拙いワルツを披露していただろうに。
――と、まるで私の背中を押すように、二階から楽団の演奏が聞こえてきた。もしかすると多くのパーティー参加者が待機していたホールでは、仕切り直しが行われているのかもしれない。
パーティー会場に戻るつもりはなかった。けれどこんな立派な城で楽団の生演奏をバックにワルツを踊るなんて経験、もう二度とできないかもしれない。
「よし、踊ろう!」
隣のギルバートが怪訝な瞳を向けてくる。しかし私は怯むことなく続けた。
「せっかくワルツの練習したんだし、一曲ぐらい踊らないともったいない!」
まず最初に「素敵だね」と賛同してくれたセシリーと。次に未だ涙目のコリンナさんと。おろおろしていたノアくんと。爽やかに誘ってくれたルシアンくんと。
足元はふらつき、ステップはぐちゃぐちゃ。ワルツとは到底呼べない踊りだったけれど、ただただ楽しくて、このときばかりは恐怖も不安も忘れることができた。
――ばぁん、と一際大きな花火が打ちあがる。どうやらそれが最後の一発だったようで、夜空には静寂が戻った。
花火と同時にこの楽しい時間の終わりを告げられた気がして、私は寂しさを覚える。
考えなければならないこと、やらなければならないことは山のようにある。アバドの正体、レジスタンスの狙い、この世界の成り立ち、大切な人たちの未来、自分の行く末――
俯いてしまった私の手を誰かが掬い上げるようにして取った。
顔を上げる。――私の手を取ったのは、ギルバートだった。
「ギ、ギルバート?」
彼は私の声に応えることはなかった。しかし薄紫の瞳はいつもより穏やかな色をしていて、とても優しく紳士的なリードに、なんだか慰められているような心地になる。
――もう少しだけ。
私は恐怖も不安も全て忘れて、幸せなこの一瞬を楽しむことにした。




