49:攻防
アバドから逃げているうちにたどり着いたのは、一際細長い塔の上。周りの建物よりずっと高い塔の屋上には、五人程度であれば丸々飲み込めてしまいそうな大きな鐘が設置されており、吹き抜けていく夜風が寒々しかった。
私とギルバートとルシアンくんは三人で顔を突き合わせるように丸くなって、これからどうするか作戦会議を開くことにした。
「理由は分からないが、アバドはアンタを狙ってる」
ギルバートとルシアンくんの視線がこちらを向く
――そう、アバドは私を狙っている。その理由は分からないが、今重要なのは理由を解き明かすことではない。アバドの狙いが私であるという事実が大事なのだ。
アバドが私を狙っているのなら、
「お、囮になるよ」
恐怖と緊張を押し殺して宣言した。
しかしすぐさま隣のルシアンくんが声を上げて反論する。
「そんなの危険すぎる! それならオレが囮になる」
「アバドはマリアを狙ってるんだ。お前じゃ囮になれない」
すかさず冷静な判断でルシアンくんの提案を拒否するギルバート。
バッサリと切り捨てられたルシアンくんは、それでもと食い下がる。
「それなら、オレがマリアについて……」
ルシアンくんの気持ちは素直に嬉しい。私を心配してくれているのだと、声で、表情で、手に取るように分かるから。甘ったれな私はついつい優しい彼に縋ってしまいそうになる。
けれどアバドは魔力を奪う化け物なのだ。もしルシアンくんが私と一緒に囮になって、その結果、魔力を失いでもしたら――私は後悔してもしきれないだろう。ギルバートでもそれは同じことだ。
私はアバドが奪う魔力をそもそも持っていない。だから囮にはもってこいのはずだ。そう思い、自分から囮になることを買って出た。他の人に私の代わりは務まらない。
小さく首を振って、私はルシアンくんを説得するべく真正面から彼を見た。
「ギルバートくんやルシアンくんがアバドに下手に近づいたら、魔力を奪われるかもしれない。だから、私が囮になる」
「魔力を奪われるって……そんなの、マリアも一緒じゃ……」
ルシアンくんの瞳に困惑の色が広がっていく。聡い彼のことだ、もしかしたら私に魔力がないことを勘付いてしまうかもしれない。けれどそんな些末なことより、今はルシアンくんの魔力を守ることのほうが大切だろう。
ギルバートを見やる。彼は私が口を滑らせたことに対して怒っている様子はなく、むしろ心中を理解したと言わんばかりに小さく頷いた。そしてとある方向を指さす。
「ここからだと、南の出口が一番近い。下の大通りをそのまま南下して、街の外の森まで――」
「伏せろ!」
――その瞬間、ギルバートの声でもルシアンくんの声でもない、第三者の声が背後から飛んできた。
目の前のギルバートが私に覆いかぶさってくる。訳が分からない内に私は地面に伏せっていて、ギルバートの肩越しに炎の柱が見えた。
状況を把握するため、目だけ動かしてあたりの様子を探る。するとグリフォンの背に乗ったセオドリク先生と目が合った。
「セオドリク先生!」
私の呼びかけに応える暇はないのか、セオドリク先生は額に汗を浮かべて次から次へと魔法を発動させていた。彼が睨みつけるその先にいたのは、黒い靄を纏ったアバド。
すぐそこまで来ていたようだが、まるで気配がしなかった。いったいいつの間に追い付かれていたのかとぞっとする。
「もう一発!」
セオドリク先生の炎魔法がアバドの腹に命中した。その衝撃で細い手足ががくんと揺れ、体があらぬ方向へ曲がる。――が、すぐに体勢を立て直した。
魔法が直撃したはずの腹のあたりからは煙が上がっているものの、表面を覆う靄がざわざわとうごめくばかりで、ダメージが入っているようには見えない。
「……魔法が吸収されてる?」
私に覆いかぶさったままのギルバートが小さな声で呟いた。
セオドリク先生は再び魔法をアバドに向かって打ち込む。炎、水、風、雷――多種多様な魔法はアバドに直撃して、その度に化け物はぐにゃぐにゃと体を揺らすけれど、すぐに立ち上がってしまう。暖簾に腕押し、糠に釘。セオドリク先生の額に浮かぶ汗が増えていくだけで、アバドに変化はない。
「くそっ」
ギルバートが耳元で小さく舌を打ったかと思うと素早く起き上がり、そのままアバドに向かって駆けだした。思わず伸ばした手は彼に届くことなく、虚しくその背を見送る。
彼はアバドの前でぐっと身を屈め、長い脚を使ってその腹に蹴りを叩きこんだ。魔法で何らかの強化をしていたのか、魔法をのらりくらりと躱していたアバドは気持ちいいくらいに吹っ飛ぶ。
――どうやら魔法は効かなくても、物理攻撃は効くらしい。
セオドリク先生はグリフォンを操ってすぐさまアバドが吹っ飛んだ方角へと向かう。と、その際に一瞬振り返って叫んだ。
「あとは我々に任せて、君たちは戻りなさい!」
あっという間にグリフォンの姿は小さくなっていく。
セオドリク先生のことは心配だったが、教師の指示に背いて追いかけたところで私はなんの役にも立たない。だから言われた通り城へ戻るべきだと考え――正直、かなりほっとした。
自分から囮になると言い出したが、やはり未知の化け物を相手にするのは恐ろしかったのだ。確かに私には奪われる魔力はないが、アバドが奪うのは何も魔力だけではない。命だって奪うのだから。
気が抜けて震える足を叱咤して、私は立ち上がった。そしてじっと街並みを見下ろすギルバートにそっと声をかける。
「ギルバート、ありがとう」
勝手な判断でパーティー会場を抜け出した私を追ってきてくれたこと、そして咄嗟の判断でアバドに蹴りを食らわせたこと。
今回も私はギルバートに助けてもらったのだ。例えそれが“救世主さま”を守るためだとしても、感謝せずにはいられなかった。
「ルシアンくんもありがとう。巻き込んでごめんね」
振り返ってルシアンくんにも声をかける。彼はすっかりいつもの調子を取り戻していて、「戻ろう」と薄く微笑んだ。




