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45:身支度



 ――修学旅行三日目の朝。

 ゆさゆさと体を揺さぶられる感覚に意識が浮上する。ううん、と唸り声を上げつつ、まだ重たい瞼をどうにか持ち上げると、



「おはようございます、マリアさん」



 リオノーラさんの美しい顔にぼやけた視界を占領されていた。



「へぁ、リオノーラさん……?」


「今夜の準備をしますわよ」



 ――そうして訳も分からないまま、リオノーラさんが宿泊している部屋へと連れていかれた。

 てっきり生徒に割り振られた部屋は全て同等クラスの部屋だと思っていたのだが、連れていかれた先はまさしく“最上級スイート”と称するに相応しい内装と設備で。なんと驚くべきことに、専属のエステティシャン付きだという!

 私はまず貸し切りのお風呂に投げ込まれるようにして入り、サウナで体中の老廃物を出し切り、気が付けば全身オイルマッサージされていた。

 贅沢過ぎる時間に夢うつつになりつつ、なぜこんなことになっているのかとぼんやり考え――朝のリオノーラさんの言葉を思い出す。

 彼女は今夜の準備をする、と言っていた。今夜。その言葉が指すものはおそらく、ワルツ必須の立食パーティーだ。



(準備を手伝ってくださるのはすごいありがたいけど、でもどうして……)



 体を隅々まで磨き上げられながら、リオノーラさんの行動に対して疑問を抱く。公爵家のお嬢様からしてみれば、小娘一人の支度を手伝うなんて造作もないことなのだろうけれど、随分と準備万端な様子を見る限り、きっと気まぐれでかけられた情けなどではなく、前もって計画されていた施しだろう。――と、そのとき、脳裏に浮かんだのは面映ゆそうにはにかむリオノーラさんの表情。かけがえのない親友・ユーリについて語る、ただの少女の姿。

 ――もしかしたら彼女なりの“恩返し”なのかもしれない。

 そう結論づけて、私は深く追求することはしなかった。お嬢様から与えられた施しを、大きな感謝を持って受け入れることにしたのだ。



「次は化粧メイクですわね」



 丹念に磨かれた体は目がくらむくらいピカピカだ。メイクを施されるために大きな鏡の前に座ったのだが、鏡に映る自分はいつもより心なしかほっそりしている。

 おそらくは一流のメイクアップアーティストの手によって、平凡な顔がどんどん華やいでいった。派手な色使いをするわけでも、厚く塗りたくるわけでもないのに、全てのパーツがくっきりと浮かび上がってくるようで、プロってすごい、なんてありふれたことを思う。

 化粧の次は髪だ。編み込んでアップにした後、顔周りを整えていく。前髪なんか何度も何度も長さを確認され、ようやく美容師さんが納得した頃には、窓から部屋に差し込む日が傾き始めていた。

 ――身支度だけで半日以上経過してしまった。



「失礼します」



 時間の経過に驚いていると、数名の女性たちに取り囲まれる。そしてあれよあれよという間にドレスに着替えさせられた。

 学院側が用意したドレスは落ち着いたデザインの、とてもシンプルなものだった。しかし生地や作りを見るに明らかに物が良く、リオノーラさんのお力がなければ絶対に“ドレス負け”していたことだろう。



「背中を丸めない! 顔を上げて、堂々としていなさい」



 リオノーラさんの声にしゃんと背筋が伸びる。彼女はまるで普段着のようにドレスを着こなしており、同じデザインのものを着ているはずなのに、私とは華やかさがまるで違った。

 ――やっぱり本物のお嬢様は違う。

 惚れ惚れとしていると、彼女は私の手を引いて部屋を出た。どうやら学院側が定めた集合時間が迫っているらしい。

 幸い用意された靴はそこまでヒールが高くなく、早足のリオノーラさんにも苦労せずについていけた。

 彼女の案内でやってきたのは、今宵立食パーティーが開催される会場の控室。そこはポルタリア魔法学院の生徒で溢れており、どこか皆そわそわと浮足立っている様子だった。

 リオノーラお嬢様の登場に控室は僅かに騒めく。向けられる視線を居心地悪く思っていると、人混みの中から見慣れた顔がのぞいた。



「マリア!」



 こちらに向かって大きく手を振っているのはルシアンくん。彼は癖のある髪をワックスで押さえつけ、タキシードを身に纏っていた。

 その後ろから、全く同じ格好のノアくんが顔を出したのだが――なんと長い前髪を上げており、普段は隠れている大きな赤い瞳が落ち着きなく動いていた。

 ノアくん、かわいい系イケメンだったのね。



「ルシアンくんもノアくんもかっこいいね」


「ありがとな。マリアもすごい似合ってる」



 さらっと褒めてくるルシアンくんが眩しい。さすがは爽やかイケメン。

 私がクラスメイトと合流したのを確認してから、リオノーラさんは離れていった。どうやらクラスで固まっているらしく、セシリーが彼女を呼んだのだ。

 離れていくリオノーラさんの背中に「ありがとうございました」と声をかける。



「ダンスの自信は?」


「全く」


「俺たちの足はいくらでも踏んでもらっていいからさ」



 笑うルシアンくんに、ギルバートの姿が見当たらないことに気が付いた。



「そういえばギルバートくんは?」



 問いかければルシアンくんが笑いを噛み殺しきれない、といった様子である方向を指さす。その先に視線をやると、不機嫌そうな表情で壁にもたれるギルバートの姿を発見した。

 なんとまぁ、様になること。色素の薄い髪と真っ黒な燕尾服が互いを引き立て合い、どこぞの王子様と言われても納得してしまいそうな出で立ちだ。

 ばちり。紫の瞳と目線が絡んでドキッとする。

 ギルバートは不機嫌オーラを漂わせたまま、こちらにゆっくりと歩み寄ってきて、



「おい、マリア」



 私に向かって自分の腕を差し出してきた。



「……この腕は?」


「早くしろ」



 早くしろって、何を?

 ギルバートの意図を理解せず首を傾げると、背後でルシアンくんが声を上げる。



「あ! ギルバートお前! 抜け駆けすんなよ!」


「抜け駆けとは?」



 耳が拾った単語をそのまま鸚鵡返しに尋ねれば、ルシアンくんはしまったというようにハッして、それから苦笑をその顔に滲ませた。



「あー……マリア、気を悪くしないで欲しいんだけど、この立食パーティーには学院外の人たちも参加してるんだ。中には貴族のご令嬢まで……」


「令嬢たちにとっては未来のエリートを捕まえる格好のお見合い場ってことだ」



 歯切れの悪いルシアンくんの言葉をギルバートが引き継ぐ。そこでようやく私は差し出された腕の意味を理解した。



「……虫除けならぬ、令嬢よけ?」


「そう言うことだ」



 頷いて、ずい、と腕を押し付けるように差し出すギルバートに私は笑ってしまった。

 魔力至上主義のこの世界において、世界一の魔法学院の生徒はとても魅力的な“結婚相手”だ。将来を約束されたエリート様なのだから。

 いくら学院内で見下されている第五生徒と言えど、卒業してしまえば皆同じポルタリア魔法学院卒業生。更にこの見目ときた。会場に入るなり、三人はご令嬢たちに囲まれるに違いない。

 私はギルバートの腕に己の腕を絡めた。普段彼らにはお世話になっているし、こんな私でよければ、いくらでも令嬢よけになるつもりだった。



「私なんかで令嬢よけになる?」


「しっかりと躾けられていれば、婦女子を連れている男性には声をかけない」


「なるほどー……? でも私一人で足りる?」



 思ったままに問いかければ、ルシアンくんとノアくんが不安そうに眉尻を下げる。その表情に、そこまでご令嬢を恐ろしく思わなくても、とついつい突っ込みたくなってしまったが、彼らからしてみれば死活問題なのだろう。



「俺たちでマリアを囲むか?」


「いっそ全員で手繋ぎませんか?」



 眉間に深い皺を刻んで考え込むルシアンくんと、とんでもない提案をするノアくん。

 滅多に見られないクラスメイトの様子に、私は声を上げて笑った。



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