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43:一日目夜



 ホテルで早めの夕食を終えた後、ポルタリア魔法学院一同は劇場へ招かれた。立派なつくりの劇場は、この国の信仰の対象である聖獣ロンシャリアの伝説をミュージカル調にした演目のみ上演する、専用の劇場らしい。

 開演のブザーが鳴り、明らかにお金がかかっている豪勢な演出で、聖獣ロンシャリアの伝説が語られていく。

 まずロンシャリアがこの地――未来のセレネアに堕ちたところから話は始まる。傷ついた獣を優しく癒した心優しい少女こそ、始まりの聖女様。一匹と一人は手を取り合い、この地に蔓延る戦をおさめ、病を治し、世界一美しい街を作る。

 しかし別れの時は刻一刻と近づいてきていた。天界で暮らしていたロンシャリアは地上の環境に適応しきれず、長く生きることはできなかったのだ。

 ロンシャリアは聖女に力を授け、彼女に後を託す。一人残された聖女は人々を導く素晴らしい指導者となり、この地をますます素晴らしいものにした。

 平和になった街で、幸せそうな人々を優しく見守りながら、聖女は心の中でそっと語りかける。ロンシャリア、あなたの想いは今も私の胸の中に、と――

 終演のブザーが鳴る。ぞろぞろと退場する周りに合わせて私も立ち上がったが、できることならしばらく余韻に浸っていたかった。



「魔法の演出が綺麗だったー。最後はちょっとグッときちゃった」



 劇場からホテルに戻る道中、クラスメイトたちと感想を語り合う。

 とにかく演出がド派手で感動的だったのだ。魔法をふんだんに使い、元の世界ではできないようなあっと驚く演出が次から次へと飛び出してきた。劇中歌もメロディアスで涙腺を揺さぶったし、単純と言われようと私はすっかりロンシャリア伝説の虜になっていた。



「この国のロンシャリア信仰を保つために作られた劇だろ」



 ――が、冷めているギルバートは私の感動に水を差すような一言を言い放つ。

 彼はミュージカルで感動するような人物ではないだろう。感想は人それぞれで文句を言うつもりはない。ただ私の感想にケチをつけるような物言いに、少しムッとなり言い返した。



「ギルバートくん、捻くれすぎでは……」


「いや、ギルバートの言う通りだと思うよ」



 しかし思わぬ方向――ルシアンくんからギルバートへの援護が飛ぶ。



「セレネアは独立国家かつ中立国家で、そう在る理由は聖獣の代理人が国を治めてるっていう不可侵の理由があるから。聖獣信仰が揺らいだらこの国全体が揺らぐ」



 この国・セレネアについてほとんど知識はないが、ルシアンくんが言っていることは事実なのだろう。それに対して言い返すつもりはないけれど、私はあくまでミュージカルの演出について語っているのであって、ロンシャリア伝説の成り立ちについて話したいのではない――

 なんて屁理屈をこねつつ、面白くない気持ちを胸の内で燻らせながらぼやく。



「……二人とも現実的だなぁ」


「でも、綺麗でしたよね。最後のシーンとか、客席の上にロンシャリアの姿が……」



 私の様子を見かねてか、ノアくんがフォローするように言った。気を遣わせてしまったことに申し訳なく思いつつ、「ね、すごかったよね」と前のめりで同意してしまう。

 しかしルシアンくんたちに対してこれ以上拗ねるのも子どもっぽくて恥ずかしかったので、私は早々に話題を変えることにした。



「明日は一日クラスで自由時間なんだよね? どこ行きたいとかある?」



 出発前に渡された薄っぺらいしおりによると、明日はクラスごとに自由に移動していいと書かれていた。街を適当にぶらつくだけでもそれなりに楽しめそうだが、事前にいくつか行先を決めておいた方がいいだろう。

 私の問いかけに一番に答えたのは意外にもノアくんだった。



「あのっ、僕はこの街名物の丸焼き鳥が食べたくて……!」



 そう言ってノアくんはガイドブックのとあるページを開いて差し出す。そこには美味しそうな“丸焼き鳥”の写真がでかでかと乗っており、その下に小さく店の住所が記されていた。



「美味しそう! お昼ここで食べる?」


「いいじゃん。でも有名店っぽいから、少し混むかも」



 すかさず話題に入り、補足情報を教えてくれるルシアンくん。自分は関係ないというようにこちらを見もしないギルバートは見習ってほしい。せめて話を聞いている素振りだけでも見せてくれればいいのに。



「お昼時間から少しずらして早めに行く? 十一時とか……」


「それじゃあ午前中は軽い用事で済ませておくとして、ゴンドラ乗らない?」


「ゴンドラ?」


「ゆっくり街を一周できるらしい。朝一番に向かって、街を巡った後お昼食べるってのはどう?」


「いいですね、そうしましょう」



 ルシアンくんの提案で予定がどんどん埋まっていく。ノアくんも嬉しそうに同意しているし、私も異論はないし、残すところは――



「ギルバートは?」


「好きにしろ」



 ルシアンくんから問いかけられてようやくギルバートは口を開いた。かなり適当な返事だったが、一応同意は得られたと考えていいだろう。

 朝一番にゴンドラに乗って、ゆっくり街を一周。その後はやめに丸焼き鳥のお店に向かって昼食をとる。

 なかなかいいスケジュールだ。後は午後の予定を考えなければならないのだが、私がどうするか尋ねるよりも早く、ルシアンくんがギルバートに再び声をかけた。



「ギルバートは行きたい場所とかないのかよ?」



 ルシアンくんはクラスメイト全員の意見を予定に組み込もうとしているのだろう。その優しさに胸を打たれつつ、返答は期待しない方がいいよ、とこっそり心の中で思っていたら、



「……大聖堂」



 驚くべきことに、ギルバートが答えた。絶対無視するか、「なんでもいい」とか言って投げ出すと思っていたのに。

 答えたことにも驚きだが、彼が“行きたい場所”として選んだ施設にも驚きだ。大聖堂とは今日、聖女様と会ったそれはそれは美しい建物だろう。ギルバートがああいった場所を好むとは意外だった。



「確かに今日はゆっくり見られませんでしたから、僕ももう一度見たいかもしれません」



 すかさずノアくんが同意する。彼の言葉に、確かにもう一度じっくり壁一面のステンドグラスを見てみたいかもしれない、と思った。

 ルシアンくんが私を見た。マリアはどう? と視線だけで問いかけられているようだったので、同意を示すように大きく頷く。そうすればルシアンくんはニッと歯を見せて笑った。



「それじゃあ決まりだな」



 クラスメイトと過ごす自由時間。それなりに楽しく有意義な時間になりそうだと、その夜は期待に胸を膨らませながら眠りに落ちていった。



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