42:聖女様
大きな飛行船から降りた先に、“世界一綺麗な街並み”が広がっていた。
「うっわー! きれー!」
――世界一美しい国・セレネア。
白を基調とした涼し気な街並み。あちこちに水路が作られ、ゴンドラ操縦者は陽気な歌を歌う。街の中央にはどこからでも見える大きく美しい大聖堂があり、なるほど世界一の魔法学院が修学旅行先に選ぶのも納得だった。
私は事前に配られていた街案内パンフレットを開き、あちこち落ち着きなく見渡す。
(聖獣ロンシャリア信仰を掲げた国で、聖獣の声を聞ける聖女様が絶大な人気を誇っている……)
ポルタリア国に隣接している小国だが、聖獣信仰によって独自の文化を保っているらしい。確かにポルタリアの首都・ポルティカとは建築物をはじめとして、街行く人々の服装もどこか違う。
到着してすぐ、生徒全員でそのまま街の中央にある大聖堂へ向かった。どうやらパンフレットにも記載されていた“聖女様”が直々に出迎えてくださるらしい。
大聖堂は神聖な空気で満たされていた。天井がとてつもなく高く、立派な祭壇の背後には大きな大きな壁一面のステンドグラス。息をするのも躊躇ってしまうような、研ぎ澄まされた空間だった。
私たちが着席して間もなく、一人の女性が祭壇の前に立った。真っ白な髪、透き通るように白い肌、真っ白な服装。彼女を彩る色はただ一つ、瞳の青だけ。
(わぁ、綺麗な人……)
彼女が“聖女様”なのだろう、と言われずとも分かった。
聖女様は私たちをゆっくりと見回した後、深々と頭を下げて、一言。
「皆様に聖獣ロンシャリアの御加護がありますように」
マイクを通していない肉声で、それも一切声を張っているようには聞こえなかったのに、聖女様の声は聖堂の隅から隅まで響き渡るようだった。たった一声で、この場を、この場にいるすべての人々を、支配してしまった。
護衛と思われるよ縦にも横にも大きい男性に守られながら、彼女は私たちの間を通って聖堂を後にする。その様子を目で追って――ほんの一瞬、聖女様の青の瞳が私を射抜いたような気がした。
おそらくはただの勘違いだろう。コンサートでアイドルと目が合ったと感じて喜ぶファンと似たような状況だったはずだ。けれどその一瞬のできごとで、私は“聖女様”という存在に想いを馳せてしまった。
彼女はどういう生まれなのだろう。日々をどう過ごしているのだろう。国中の人々から慕われ、聖女様と信仰の対象になることは、苦しくはないのだろうか。
――聖女様と、救世主様。
自分が彼女と似たような立場だとは間違っても思わないけれど、彼女なら素晴らしい救世主になれるだろうか、なんて考えてしまった。
***
「なぁ、マリア。一緒に姉ちゃんへのお土産選んでくれない?」
用意されたホテルへ向かう途中、ルシアンくんが声をかけてきた。
この後は夕食の時間だけが決まっていて、それまでは数時間の自由時間なのだ。私は割り当てられた部屋に荷物を置いて、初めての飛行船移動で疲れた体を休めようと思っていたのだが、いつもお世話になっているルシアンくんのお願いを断れるはずもない。
「私でよければ」
二つ返事で頷いて、荷物を片付けてからホテルのエントランスホールで改めて集合することにした。
修学旅行の部屋割りと聞くと大部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれるイメージだが、世界一の魔法学院はスケールが違う。なんと一人部屋だ。いつもの寮部屋と比べると多少手狭だが、比較対象がおかしいのであって、一人で過ごすには十分すぎるほど豪勢な部屋だった。
荷物を乱暴にベッドの上に投げおいて、バルコニーに出る。目の前にはゴンドラが行きかう大きな水路があり、見晴らしが最高の一室だった。
景色を堪能した後、私はエントランスホールへと向かう。解散してからまだ二十分ほどしか経っていなかったが、ルシアンくんは既に私を待っていた。
「遅れてごめん」
「オレが早く来ただけだから気にしないで」
さらっと笑ってフォローしてくれるルシアンくんが眩しい。
彼はホテルに来る道中、既に良さげなお土産屋さんを見つけていたようで、そこに行きたいとのことだった。反対する理由は一切ないので、彼の案内でお土産屋さんへと向かう。
その道すがら、すれ違う人々が時折こちらに視線を向けてくることに気が付いた。ポルタリア魔法学院の制服が珍しいのか、もしくはこちらの世界では滅多に見かけない私の黒髪が珍しいのか――などと考えて、こちらを見てくるのは女性が多いことに気が付く。そこでようやくピンと来た。
(ルシアンくんを見てるんだ。学院にいると落ちこぼれってことで見下されてるけど、イケメンだもんなぁ)
学院内では第五生徒という存在は馬鹿にされ、見下されるから、どれだけルシアンくんが整った顔立ちをしていても、彼にキャーキャー言う生徒はいない。だから私もついつい感覚が麻痺してしまっていたけれど、ルシアンくんはそこにいるだけで目を引く華やかなイケメンなのだ。
こちらを見た女性の一人がルシアンくんに頬を赤らめて、それから私の存在に気づいたのか露骨に顔を歪めた。その表情に彼が第五生徒でよかった、なんて失礼な考えが脳裏をよぎってしまう。もし学院内でルシアンくんがキャーキャー言われる立場だったら、いろんな意味で危なかったかもしれない。
――なんて馬鹿げたことを考えていたら、お土産屋さんに到着した。どうやらガラス細工を扱っているお店のようで、店内は女性であふれている。その光景に、ルシアンくんが私に声をかけてきた理由を悟った。男性一人では入りづらいだろう。
入店して、棚に並んだ商品を眺めていく。
「これは?」
「綺麗だけど、ちょっと細かすぎない? 持ち帰るときに割れちゃいそう……」
ルシアンくんが指さしたのはとても繊細なガラスでできた白鳥だった。手のひらサイズのそれはとても美しかったが、パーツが細かくて、かなり厳重に包装した上で慎重に持ち歩かなくては割れてしまいそうだ。
二人肩を並べてあれでもないこれでもないと意見を交わし合う。お姉さんへのお土産と考えるとあまり可愛すぎるデザインもどうかと思い、なかなか決まらなかった。
――と、目に止まったのは一つのキーホルダー。ガラスで作られた花が三つ繋がっており、コーティングされているのもあって、それなりに頑丈そうだ。
「あ、これは? 涼し気だし、鞄につけてもかわいいかも」
ルシアンくんは私が指さしたキーホルダーを手に取る。そして店内の照明に透かすように眺めたあと、
「うん、いいな。これにする」
にっと歯を見せて笑った。
「買ってくるから出入り口で待ってて」
気に入ってくれたことにほっとしつつ、言われた通りに店の出入り口で待つ。程なくして「お待たせ」とルシアンくんが笑顔で駆け寄ってきた。
「付き合ってくれてありがとな、マリア。これお礼」
右手の握りこぶしを目前に突き付けられ、私は反射的に両手を差し出す。するとルシアンくんのこぶしが開かれて、透き通った石のネックレスが手のひらに落ちてきた。
「何これ?」
「お守りだって。お土産で人気らしい。レジ前に売ってて目に入ったから」
太陽の日の光に透かすとキラキラといろんな色に輝いて綺麗だった。
「そんな、ただちょっと買い物に付き合ったぐらいで……」
「いーからいーから。テストも頑張ってたじゃん? それのご褒美……って言ったら何様だよって感じだな。とにかくいつも頑張ってるマリアに」
ルシアンくんは返品は受け付けない、というように腕を組んでしまう。これはもう、受け取るしかないようだ。
「あ、ありがとう。嬉しい」
感謝と喜びの気持ちを表現しようと、その場でネックレスをつけて見せた。もともとレジスタンスからもらった媒介石と叔母様からもらった守護石を首から下げていたから、三つ目のネックレスとなると若干首元がごちゃついてしまうが、それでも透き通った石が目下で輝く様は美しかった。
「うん、いいじゃん。似合うよ」
ルシアンくんは嬉しそうに笑う。そして「帰ろう」と歩き始めた。
私は彼の背中を数歩遅れて追いかけながら、(イケメンってすごいなぁ……)などと感心したのだった。




