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41:ワルツ



 修学旅行が近づいてきたある日の放課後、立食パーティーで着るドレスの採寸をすることになった。わざわざ専門のブティックを学院まで呼び寄せて、それぞれの教室で採寸を行うと聞いていた。

 その話通り、HR終了の鐘が鳴るなりブティックの人々が大きな荷物を持って教室に雪崩れ込んできた。驚く私たちをよそに、担任のセオドリク先生が「お願いします」と彼らに声をかけて退室する。

 どうやら教室内に簡易更衣室を作るつもりらしい。しばらくの待機時間が発生すると教えられたので、私はその時間を利用して、ルシアンくんたちにワルツを教えてもらうことにした。



「ほらほら、マリア、また躓いてる」


「う、うぅ~難しい!」


「慣れるまで時間がかかりますよね」



 少しはステップを踏めるようになってきたけれど、気を抜くとすぐに足元がこんがらがる。躓きそうになったところをルシアンくんに華麗に助けてもらって、優しくノアくんにフォローをいれてもらって、ありがたいのと同時に情けなくなった。

 実はワルツが必須だと聞いてから王都で教室を探したのだが、見つけられなかったのだ。だからクラスメイトに頭を下げて指導を頼んでいるのだけれど――そもそもなぜ、彼らはワルツを踊れるのだろうか。この世界のエリートの必修科目だったりする?



「むしろ何でみんな踊れるの?」


「小さい頃に習わされた」


「習わされたって……どうして?」


「強い魔力を持って生まれたってことは、将来上流階級になる可能性が高いからな。見栄張りの親が無い金叩いて習わせるんだよ」



 ルシアンくんの説明を聞いて、なるほど、と特に疑問に思うでもなく納得してしまった私は、もうこの世界に毒されているのかもしれない。

 強い魔力を持って生まれた子どもは、その親にとって希望なのだろう。将来恥をかかないように様々なことに投資する。その気持ちは分からなくはなかった。私が親の立場でも同じことをしそうだ。

 実際今回、ルシアンくんたちにワルツを習わせていたご両親のおかげで、私は彼らに教えてもらえている。心の中で顔も知らないご両親にそっと感謝した。



「お待たせいたしました。まずはルシアン様、ノア様、こちらまでお願いいたします」



 練習に付き合ってもらっていたら、簡易更衣室の準備が完了したらしい。上品な女性が、これまた上品な声でルシアンくんとノアくんを呼んだ。



「あ、はいはーい! ほらギルバート、練習付き合ってやれよ」



 上質なカーテンで作られた更衣室へ向かう途中、ルシアンくんが振り返って壁際で一人佇むギルバートに声をかけた。すると不服そうな表情を浮かべながらもギルバートが近寄ってくる。



「ギルバートくんも踊れるの?」


「人並みには」



 彼の長い腕がこちらへ伸びてくる。触れた手のひらは、ルシアンくんより冷たい。

 ぎこちなくホールドを組んでステップを踏み始めた。



「左足の動きがぎこちない」


「すみません!」



 ギルバートはルシアンくんやノアくんと比べて、随分と手厳しい先生だった。エスコートも荒々しい。しかしプログラミングされたロボットのように動きが正確で、私がミスさえしなければ踊りやすかった。

 だんだんと慣れてきて、気分良くステップを踏んでいたときだった。チェーンが劣化していたのか、首から下げていた媒介石が落ちてしまったのだ。



「あ、待って待って」



 角が削られているため、コロコロと床を転がっていく媒介石を追いかける。机の下に潜り込んだ石を両手で捕まえて、ほっと息をついた。

 この石は私の体に魔力の膜を張り、他人から見たときに魔力を持っていると偽装してくれている。肌身離さず身に着けておかなければならない。もはや命綱のようなものだ――などと考えていたときに、不意に思い出した。初めてアバド対策本部を訪れたとき、ブレンダさんに言われたことを。

 彼女はこの石が常にギルバートと繋がっていると指摘した。



「って、そうだ! この石、ギルバートくんと繋がってるの!?」


「は?」


「ちょっと前、ブレンダさんに言われたじゃん!」



 そのときに驚いたのだが、すっかり本人に聞くのを忘れていた。

 問い詰めるように一歩近づけば、ギルバートは「あぁ……」とめんどくさそうな顔をした。そしてこちらにくるりと背を向けたかと思うと、ノートの端に鉛筆を走らせる。

 ギルバートの突然の行動の意味が分からず、私はただ彼の背中を見つめていた。改めて見ると背丈はあるが、まだ体が完成しきっていないのか、やけに細く感じた。

 鉛筆を走らせる音が止んで、次に聞こえてきたのは紙を乱暴に切る音。そしてギルバートがこちらを向いたかと、ノートの切れ端をこちらに差し出してきた。

 読め、というように彼は顎でしゃくる。私は指示通り切れ端に視線を落とし、走り書きで綴られた文章を読んだ。



『魔力を持っているように見せるには、体を魔法で覆うしかない。そのためには誰かが常に魔法をかけておく必要がある。それが俺だ』



 私が魔力を持っていないことを知らないルシアンくんやノアくんに聞かれないよう紙に書いたのだろう。読み終わった私が顔を上げると、ギルバートは素早く紙きれを燃やしてしまった。

 それにしても、ギルバートが常に私に魔法をかけてくれていたなんて。



「つ、疲れない?」


「ほどほどに」



 否定はしなかった。もしかしたらほどほどどころか、かなり疲れるのかもしれない。

 勝手に異世界召喚され勝手に学院に入学させられたのだから、私が罪悪感を感じることはないのだろうけれど、さすがに申し訳なくなる。



「な、何か欲しいものあったら言ってね……」


「別にいい」



 ふい、とギルバートはそっぽを向いてしまう。その横顔を見上げながら、今度アップルパイでも焼いてこよう、とこっそり心に誓った。



「マリア様、ギルバート様」



 先ほどルシアンくんたちを呼んだ女性が、同じように私たちに声をかけてくる。どうやら私たちの番のようだ。

 呼ばれた先、更衣室の中で複数人の女性に囲まれて、何が何やら分からないまま、あちこちメジャーで図られた。ドレスの色や髪飾りの色はいくつかの選択肢の中から自由に選べるようだったが、自分に似合う色が分からず、全てお任せすることにした。こういうのはプロに任せるのが一番なのだ、多分。

 ――修学旅行は、もう目前に迫っていた。



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