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36:ギルバートの諦観



 ――世界一の魔法学校・ポルタリア魔法学院を卒業した生徒の多くは、強者として弱者を救うでもなく、未来ある若者たちを導く立場に就くでもなく、その魔力をポルタリア王のためだけに使うらしい。

 果たしてそれは、正しい“使い道”なのだろうか。長い間“そう”あったこの世界が、今も表向きは平和なのを見るに、正しくはないけれど、間違ってもいないのかもしれない。

 私は異世界からやってきた人間だ。けれどこの世界の在り方が歪なことはこの身をもって感じている。

 魔力絶対主義。分かりやすく残酷な、弱肉強食の世界。



「昼食の時間だ」



 あれからどれだけ木陰でぼうっとしていたのだろう。気づけばフォイセさんも子どもたちも周りからいなくなっていて、目の前にはギルバートが立っていた。

 私は彼に案内されるまま自室へ戻る。机の上にはギルバートが運んできてくれたのだろう、サンドイッチが置かれていた。

 椅子に座って一口かぶりつく。ギルバートはなぜか退室しない。昼食を食べ終わるまで監視するよう言われているのだろうか。

 今更彼との間に流れる沈黙を気まずく思うことはないけれど、気づけば私は問いを投げかけていた。



「ギルバートくんはなんでレジスタンスにいるの?」



 そんなことを聞いたのは、フォイセさんからの問いかけが未だ鼓膜の奥で反響していたからだ。

 ――こんな世界は間違っていると思いませんか。

 ギルバートもそんな思いを抱えて、学院でエリート様たちからの陰湿な仕打ちに耐えていたのだろうか。



「親がレジスタンスの人間だった。それだけだ」



 返ってきたのはイルマと同じ答え。

 彼もまた、レジスタンスの親の元に生まれた子どもだったらしい。



「イルマもギルバートくんも、強い魔力を持ってるんだよね? だったらその魔力を使って普通に職について、レジスタンスから逃げようとか、思わなかった?」



 私はきっと、頷いて欲しかったのだと思う。

 歪な世界から目を逸らして、なんでもいいからレジスタンスから逃げ出したいという己の感情を肯定して欲しかったのだ。こんな組織からは逃げ出したいと思って当然だ、ギルバートもそう思っているのだから、と。

 しかし数秒後私に与えられたのは、予想の斜め上の返答だった。



「そんなことしたら殺される」


「……へっ?」



 サンドイッチにかぶりつこうと口を大きく開いた体勢のまま、私は数秒間固まった。

 ――殺される? 殺されるって、どういうこと?

 ギルバートの瞳をじっと凝視する。すると彼は着ていた長袖のシャツの袖を捲って、右手首を見せてくれた。

 そこに刻まれていたのは、禍々しい“刻印”。



「子どもの頃に刻まれた、支配の証だ。親が望めばこの印が発動して、子を殺す」



 ギルバートの口から淡々と語られる事実は、私の常識をはるかに超えていて、脳みそがオーバーヒートしてしまう。

 親が望めば自分に逆らった子どもを殺せる刻印? だからギルバートも、おそらくはイルマもレジスタンスに逆らえない?

 恐怖で子どもを支配するなんて、いくらなんでも普通ではない。力で押さえつけて、弱者を虐げる――やっていることはレジスタンスが忌み嫌っているはずのポルタリア王とそう変わらない。



「そんな……ポルタリア王と似たことやってるじゃん! 力で他人を支配しようとしてる」



 声を荒げて訴えた私に、ギルバートは視線を下げ、ただため息をつくばかり。

 ――あぁ、彼はもう諦めているのだと思った。エリート様に思うところはあるだろう。この世界の在り方にも疑問を抱いている。けれど怒っているのではなく、諦めているのだ。世界を、レジスタンスを、――自分の人生を。

 ギルバートが纏っている氷のように冷たい雰囲気や、他人からどう思われても構わないというような不愛想な態度は、諦観からきているのかもしれなかった。



「この世界の人々は全員、生まれたときから圧倒的な力に抑圧されている。それが当たり前なんだよ。だから力で他人を縛ることに躊躇いがない。疑問がない」



 なぜだろう、やるせなさと悔しさで私は涙が出そうになってしまった。

 ギルバートやイルマのような優秀な少年少女が、すべてを諦めなければならない世界。抑圧された世界。理不尽な世界。私が泣いて訴えたところで多くの人はこの世界の異常さに気づかないし、ギルバートの手首に刻まれた刻印は消えない。

 私は零れそうになった涙を拭って、泣かないようにぐっと眉間に皺を寄せる。



「分かんなくなっちゃった、もう。なんで私が呼ばれたんだろう。ただの偶然にせよ、なんで私だったんだろう……」



 こんな世界があるなんてこと、知りたくなかった。平凡なキャンパスライフを謳歌して、平凡な社会人になって、ギルバートの苦しみも諦めも一生知らずに過ごしたかった。



「アンタが生まれた世界に魔法はないんだよな。だったら何を基準に、その世界の人間は評価されるんだ」



 唐突な問いかけに私の頭は一瞬機能停止する。落ち込んだ様子を気遣ってのことか、もしくは純粋な疑問からだったのか、どちらかは分からないが、私は眦に浮かんだ涙を拭って思案した。

 私の世界の、評価の基準。正直様々な評価の物差しはあるけれど、一番分かりやすく且つ端的に説明できるのは――と考え、脳裏に浮かんだ答えは“頭脳”だった。



「頭のよさ、かな。でも私みたいな平凡な頭脳でも普通に就職できるし、勉強以外の……例えば絵を描く技術を身につければ、それぞれの分野で活躍できる可能性はあるよ」


「……いいな、それ」



 吐息交じりに落とされた言葉に私は顔を上げた。ギルバートの声音がいつもより柔らかく聞こえたからだ。

 ――淡い紫の瞳と視線が絡む。ゆっくりと、その瞳が細められていく。そして、



「アンタが暮らしてた世界を、見てみたい」



 目を眇めて、視線の先にこの世界ではない“別の世界”を描いて、ギルバートは薄く笑った。それが私が初めて見た、彼の笑顔だった。




 ***



(分かんない。どうすればいいんだろう)



 ギルバートが昼食を下げた後、一人ベッドにうつ伏せに寝転んで、枕に顔をうずめながら考える。

 この世界は異常だ。しかしレジスタンスの思想に同意するわけでもなし、ポルタリア王を倒すなんて真似ができるはずもない。

 自分の立場が分からなくなっていた。足元がぐらぐらと揺れ、今にも崩れ落ちそうな感覚に、どうしようもなく不安が膨らむ。



(どうしようもないんだ。やっぱり私はさっさと元の世界に帰る道を探すだけ)



 結局はそこに戻ってくるのだ。この世界にできるだけ干渉せず、元の世界に帰る。それしかない。

 だって私は力のないただの小娘。いくら理不尽を嘆いても現状は変わらないし、変えられるほどの力もない。



(帰りたいよ)



 じわりと目尻に涙が浮かぶ。瞼を閉じれば、両親や友人たちの顔が脳裏に蘇る。しかし思い出した彼らの顔に、どこか靄がかかっているような錯覚に陥って恐怖を覚えた。



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