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29:利用



 翌日、叔母様の屋敷からポルタリア魔法学院へと帰ってきた私は、その足でギルバートの許へ向かった。

 私――正確には第一学年の第五生徒――のおかれている複雑な状況を把握しているらしいウィルフレッド先輩は、ギルバートの寮部屋の前までついてきてくれた。その心遣いに感謝しつつ、相談内容を聞かれないよう、去っていく先輩の背中が角を曲がるまで見送ってからノックする。

 扉を開けたギルバートは、突然の訪問にもかかわらず驚いた表情を見せなかった。私が来ることを察していたのか、感情を表に出すのが下手すぎるのか。



「ギルバートくん、ご相談があります」



 朝の挨拶もなしに本題に入る。

 ギルバートは数秒の沈黙の後、扉を開けて私を部屋の中へ招き入れた。

 驚くべきことに、彼は一人部屋だった。とはいっても部屋の作りは私とセシリーの部屋とそう違わないから、一人で二倍のスペースを使用できることになる。

 羨ましいような、一人部屋は寂しいだろうからセシリーと同室でよかったような、なんとも複雑な気持ちを持て余していたら、



「アバドの被害者の件か」



 私が詳しい説明をするより早く、ギルバートが切り込んできた。



「……知ってるの?」


「ウルフスタン家の者が被害にあったと一部がな騒いでいた」



 言われて納得する。

 巷を騒がせているアバドによる新たな被害が出ただけでも大きなニュースなのに、その被害者が有力貴族の一人となれば世間も更に騒ぎ立てるだろう。



「昨晩、その叔母様とお会いしてきたの。そのとき、ウィルフレッド先輩からアバドの対策部隊に顔を出して欲しいって言われて……。協力したい気持ちはあるんだけど、どう思う?」



 詳しい説明を省いた私の相談を紐解くべく、ギルバートは腕を組んで数秒静止した。

 ギルバートはウィルフレッド先輩のことを知っている様子だったし、アバド対策本部のことも単語からして推測がつくだろう。うまく、分かりやすく説明できる自信もなかったので、彼の優秀な頭脳に丸投げした。

 咀嚼し終えたらしいギルバートは組んでいた腕をほどいて、私を見下ろす。



「……俺も同行する」


「それはつまり、行けってこと?」


「アバドについては、我々も情報を集めておきたい」



 我々とはレジスタンスを指しての言葉だろう。私の入学に関して、レジスタンスはアバドという存在をこれ以上なく利用したが、彼らもアバドには警戒しているようだ。

 反対されるとは思っていなかったが、想像していたよりもスムーズに話が進んでほっとする。ギルバートからしてみれば敵の本丸に向かうようなものだし、危険ではないかと渋られる可能性も考えていたのだ。



(……ここからどう動こう)



 この繋がりはもしかすると、私を救ってくれるかもしれない。しかしそれだけに、慎重に動く必要があるように思う。

 ギルバートを連れて入る以上、アバド対策本部の情報がレジスタンスに漏れることも想定して動かなければならない。場合によっては私もレジスタンスの一員とみなされ、ポルタリア国から追及されるかも――

 あぁ、うまく動ける自信がない! でも、進まなければ道も開けない!

 ギルバートに気づかれないよう、ぐっと拳を握りしめた。今後はより一層、気を引き締めて言動に注意しなければ。



「それじゃあ今日中に先輩に返事したいので、ご同行をお願いできますか」



 ――善は急げとばかりに、そのままウィルフレッド先輩の許を訪ねた。

 彼の寮部屋は男子寮の最上階、一際豪勢な部屋だった。部屋の前には使用人と思われる赤髪の男性が立っていて、彼に名前を告げると、先輩から聞いていたのかすぐさま取り次いでくれた。

 人一人であれば生活ができそうなほど広い玄関で、先ほど別れたばかりのウィルフレッド先輩と対面する。



「昨晩のお話、お受けします。ただ幼馴染と一緒でも構いませんか?」



 自分でも気づかないうちに緊張していたのか、声が掠れてしまった。

 ウィルフレッド先輩の視線が私の背後に向かう。ギルバートを一瞥したのち、彼は大きく頷いてこちらに右手を差し出してきた。



「あぁ、もちろんだ。これからよろしく頼む」



 握手を求められているのだと気づき、おずおずとその手を取る。緊張で手のひらが汗ばんでいないか心配だった。

 ウィルフレッド先輩はギルバートにも握手を求める。さすがの不愛想ボーイも先輩を無視することはできないようで、おとなしく握手を交わした。



「君がマリアさんの幼馴染か?」


「ギルバート・ロックフェラーと申します」


「あぁ、対抗戦で活躍をしていた男子生徒か! 素晴らしかったよ」


「ありがとうございます」



 ――こんな無感情な「ありがとうございます」ってある?

 そう突っ込みたくなるぐらいには、ギルバートの声から一切の感情が読み取れなかった。不愛想を通り越してもはや無だ。

 しかしウィルフレッド先輩は一切気にせず、それどころかなぜか上機嫌な様子で話を続ける。



「そうか、君たちは幼馴染だったんだな。なるほど、ギルバートくんも大切な幼馴染が負担を強いられるとなれば不安だろう。気が回らず申し訳ない」



 何かに納得する様子の先輩に戸惑う。

 きっと、おそらく、誤解された。何って、私とギルバートの仲を。けれど当のギルバートは相変わらずの無表情でやり過ごしていたため、私も下手に突っ込まず、ただ苦笑で受け流す。

 ウィルフレッド先輩は私とギルバートの顔を数度見比べて、それから大仰に頷いた。



「期待している」



 ――その期待には絶対に応えられないと自分が一番分かっているからこそ、向けられる笑顔が心苦しかった。

 その後はいつものように、ギルバートに寮部屋まで送ってもらう。いくら絡まれる危険があるとはいえ、学院内を一人で歩くことすらままならないのは改めて考えると異常だ。



「……今更だけど、私って何かすることありますか?」



 隣を歩くギルバートに問いかける。彼はこちらを見ずに口を開いた。



「アンタは町外れの森で被害にあった。記憶と魔力を奪われた。以前の記憶はほぼない。それだけ覚えていればいい。受け答えは全部俺がやる」



 つまりは余計なことを言うな、ということらしい。

 下手に口を滑らせて疑われるのも嫌だったので、当面はギルバートの言う通りにしよう。



「よろしくお願いしまーす……」



 感謝と謝罪の気持ちをこめて、ぺこりと頭を下げる。その際一瞬足を止めた私をギルバートはちらりと一瞥し、小さく頷いた。

 先ほどからどうも反応が薄いのは――いつものことではあるけれど、ウィルフレッド先輩を前にしたときの“無感情”っぷりは明らかにおかしかった――これからどう立ち回るか、今この時も必死に頭を巡らせているのだろう、と思う。

 彼は救世主さまと年が近かったばかりに同級生として一緒に敵の本陣に潜入させられ、知識も力もない私の尻拭いやフォローで毎日忙しくしている。とんだ貧乏くじを引いたと思っているに違いない。



(頼りきっちゃってるなぁ……まぁ、利用しようって決めたしね。心痛める必要はない!)



 痛む良心に気づかない振りをして、私もこれからどう動こうか、必死に頭を巡らせた。

 レジスタンスを密告するか、保護してもらうか、第三の道を探す手伝いをお願いするか、それとももっと別の――

 どの選択肢をとるにしろ、まずは頼ろうとしているウィルフレッド先輩、ひいてはアバド対策本部の信頼を勝ち得ることが最優先事項と言えるだろう。

 舞い込んできたこの縁を、どうにか次に繋ぎたかった。



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