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26:魔力考査



 日差しが強くなってきたある日のこと。“それ”はルシアンくんから告げられた。



「魔力考査?」



 教室にやってくるなり、魔力考査の対策を一緒にやらないかというお誘いを受けたのだ。

 魔力考査とはなんぞや、と思わず首を傾げると、ルシアンくんは僅かに目を丸くして、ゆっくりと口を開く。



「ヘレヴィの月の予定表にあっただろ? テストだよ、テスト」



 この世界では月の名前が数字ではなく人名になっている。それは全ての始まり、創造神の最初の従者の名前からとられているが――とにかく、ヘレヴィの月と聞いてもすぐさまピンとこなかった。

 慌てて手帳を鞄から取り出す。そしてカレンダーの頁を開き、ヘレヴィの月が元の世界でいう七月にあたることを理解した。それと共に、七月の後半に太い文字で【テスト!】と書き込んであるのを見つける。

 年度初めに自分で書きこんでおいたのだ、とようやく思い出した。最近は叔母様やユーリの件で頭がいっぱいで、すっかり忘れてしまっていた。



「そっか、もうすぐだ。すっかり忘れてた」


「それでさ、勉強会しないかって誘い」


「勉強会……」



 一気に気が重くなる。

 魔力を持たないモルモットとしてこの学院に入学している以上、落第ということはまずないだろう。それでもあまりに悪い点数を取れば教師から目をつけられるだろうし――あぁ、どうしよう。



「まぁオレたちはいくらいい点数取ろうがクラスが上がることはないけど、それでも最低限の点数は取っておいたほうがいいのは確かだし、先輩から過去問もらったからマリアもよかったらと思って――」


「ぜひ! よろしくお願いします!」



 この世界ではまさしく落ちこぼれである私は、ルシアンくんの言葉に勢いよく飛びついた。大変ありがたい申し出だ。私は力になれず心苦しいが、ぜひとも助けていただきたい。

 ――その日の放課後、早速ルシアンくんとノア君の部屋で第五生徒の勉強会が開かれることになった。参加者はルシアンくん、ノアくん、そして私。――だけでなく、なんとギルバートも参加している。放課後、三人で集まっていたところに彼の方から声をかけてきたのだ。

 結果的に第五生徒全員が集まることになり、ルシアンくんは心底驚いていた。



「いやぁ、まさかギルバートが来てくれるとは思ってなかったよ」


「マリアの付き添いだ。幼馴染だからな」


「お前、思い出した頃に幼馴染感出してくるよな」



 ルシアンくんの言葉に心の中で同意する。

 普段の私とギルバートの間には幼馴染らしい絡みが全くないからこそ、時折彼が口にする「幼馴染」という単語に不自然さしか感じなかった。私が本当に記憶を失った哀れな少女だったら、こんな幼馴染怖くて怖くて堪らない。

 ――などといった雑談はほどほどに切り上げて、私たちは早速勉強会を開始した。とりあえずルシアンくんが手に入れたという過去問を解いて自己採点してみたのだが。



「ノアとギルバートは筆記完璧じゃん!」



 ルシアンくんの悲痛な叫びに、私はがっくりと頭を垂れる。

 ギルバートは満点、ノアくんは九十点台、続いてルシアンくんと私が赤点ぎりぎりといった結果だった。ノアくんはともかく、ギルバートが満点という事実になんだか腹が立つ。美形で魔力も強く頭もいいなんて、この世界の勝ち組じゃないか。

 私は赤だらけの回答用紙を見つめながら、ぼそっと呟く。



「私やばい……」


「アンタは多少事情を加味してくれるから大丈夫だろ」



 すかさずフォローなのかよくわからないギルバートの言葉が飛んできて、



「じゃあオレが一番やばいってことじゃん!」



 ルシアンくんがとうとう机に突っ伏してしまった。

 確かにギルバートの言う通りだとは思う。学院側は私の訳を知っているのだから、多目に見てくれるだろう。でもそれにしたって限度がある。いくらなんでも赤点ギリギリはやばい。



「ルシアンさんも基礎はバッチリなんですから、応用のときに問題文を読み飛ばさなければ大丈夫だと思いますよ」



 ノアくんのフォローにルシアンくんはゆっくりと顔を上げる。その際、ばっちり目が合った。

 とにかく筆記に関しては、私とルシアンくんがギルバートとノアくんに教わる形になりそうだ。頑張ろう、と言葉もなく頷き合った。

 ――その後、半泣きになりながら二人に勉強を教わって、気づけば窓の外はすっかり暗くなっていた。流石に今日は解散しようという流れになり、ギルバートが私を部屋の前まで送っていくという方向で話が固まった。



「それじゃあ、今日はありがとう。また明日」



 そう挨拶をして、ギルバートと二人部屋から退出する。

 寮部屋に帰る道すがら、相変わらず私とギルバートの間に会話はなかったので、先ほどまで教えてもらっていたあれこれを思い返していた。今日から勉強漬けの日々だな、と小さくため息をついたとき、



「リオノーラ嬢と先日出かけていたみたいだな」



 突然ギルバートが口を開いた。

 叔母様に会いにいく日は伝えていなかったのに、出かけたことを把握しているのかと驚いて――次に、そりゃあ把握しているかという諦めに似た感情が湧いた。

 しかし既に叔母様の件に関してはギルバートに粗方伝えている。焦るようなことは何もない。実際、隠さなければいけないような後ろめたいこともなかった。

 私は落ち着いて口を開いた。



「あぁ、うん。前少し話したよね? リオノーラさんから頼まれて、私に似た人を探しているらしい叔母様のところにお邪魔してただけ」


「そうか」



 そっけないギルバートの相槌を最後に会話が途絶える。

 しかし私としては、テスト一色になっていた頭が再び叔母様の件で塗り替えられてしまった。叔母様はあの後ユーリの捜索を再開したのだろうか。何か手がかりは見つけられただろうか。

 叔母様への想いと共に、自分の両親への想いもまた、ふつふつと湧き出てくる。考えても無駄だと分かっているのに、余計に考えてしまう。



「……お母さんやお父さんも、私のこと、探してるのかな……」


「…………」



 私の言葉にギルバートが応えることはなかった。どう応えていいのか分からなかったのだろう。

 そりゃそうか、と苦笑して、はたと思いつく。元の世界に戻してもらえずとも、この世界から両親や友人たちの姿を見ることはできないだろうか。異世界から人を連れて来られるのだから、それぐらいできそうな気がするが。



「異世界を見る魔法ってないの? せめて家族の姿を見たいんだけど……」


「悪い。無理だ」


「……そっか」



 淡い期待もむなしく、バッサリと切り捨てられてしまった。

 でも見る方法が万が一あったとしても、見ない方が正解かもしれない。きっと見てしまえば帰りたいという思いが強くなる。そして今置かれている現状への絶望も深まる。

 絶望に足を止めている暇など、私にはないのだ。



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