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25:あっという間の別れ



 叔母様との会話は弾んだ。切なくも、幸せな時間だった。しかし思い出話に終始して、結局ユーリはどうして突然、どこへ消えてしまったのか、といった疑問に対する手がかりは何も得られなかったというのが正直なところだ。

 幸運なことに叔母様はユーリの姉であるマリアを気に入ってくれたようで、眠る直前まで何かと世話を焼いてくれた。しまいには一緒にお風呂に入りましょうなんて言い出して、戸惑い困った私に助け舟を出してくれたのは、ウィルフレッド先輩であった。



「叔母様、彼女もお疲れでしょうから……」



 やんわりと断るウィルフレッド先輩に流石に正気――と言っていいのか――を取り戻したらしい叔母様は「ゆっくり休んでね」とようやく解放してくれた。

 気に入ってもらえたのは素直に嬉しいが、流石に疲れた。先輩に連れられて今夜泊めてもらう客間へ向かう道中で、こっそりと息をついたところ、



「妹が無理を言ってすまなかった。だがあんなに元気な叔母様は久しぶりに見た。君のおかげだ、ありがとう」



 ウィルフレッド先輩が声をかけてきた。見れば、彼は眉尻を下げて申し訳なさそうに苦笑していた。

 反射的にいいえ、と首を振る。それきり沈黙が落ちた。

 沈黙の中、叔母様との会話を思い出す。そして気づいた。思い出話ばかりで“ユーリとの出会い”についても詳しく聞けていない、と。

 もしユーリが異世界から来た人間なら、彼女たちの出会いに何か手がかりがあるかもしれない。一度そう思ってしまうと聞きたいという欲求に勝てず、思わず口を開く。



「あの……ユーリさんはどうして叔母様の許に?」


「叔母様が言うには、道の隅で倒れていたらしい。慌てて屋敷に連れ帰って話を聞けば記憶喪失だと言う。覚えていたのは自分の名前のみ。……叔母様はそんな少女を放っておけなかった」



 ユーリが私と同じような異世界人ならば、彼女をこちらの世界に連れてきた人物がいるはずだ。しかし道端で倒れていたということは、呼ぶだけ呼んでその人物はどこかに行ってしまったのだろうか?

 もしくは、ユーリの元の世界にも魔法は存在していて、彼女は自分の力でこの世界まで来たのかもしれない。理由は分からないが、呼ばれたのではなく自分で道を切り開いたのだ。しかしそう仮定すると、叔母様たちの前から姿を消したのは“元の世界に帰ったから”とは考えにくい。自分で来ておいて、お世話になった人たちに何も告げずに帰るなんて――

 しかし突然姿を消したという点においては、誰かにこの世界に召喚された場合であっても不自然だ。



(もし元の世界に帰れるってなったら、今までお世話になってた人たちに挨拶でもしそうなものだけど……ユーリの性格なら猶更)



 突然の帰還となってしまい挨拶ができなかったのか。そもそもユーリは異世界人でもなんでもなく、元の世界に帰ったということもなく、ただ行方不明になっただけなのか。

 分からないことだらけだ。もっとも情報が少ないのだから、当然かもしれないが。



「叔母様はユーリのことを、まるで実の娘のように可愛がっていたよ。俺たちも最初は突然現れた少女のことを不審がっていたが、次第に打ち解けた。人の心に寄り添える、優しい少女だった」



 ウィルフレッド先輩はどこか遠くを見るようにして呟く。私はただ黙って彼の言葉を聞いていた。



「彼女が姿を消してから少しして、アバドが世間を騒がせるようになった。……どうか被害にあっていてくれるなと、祈ることしかできない」



 アバド。なるほど確かにその存在にユーリが襲われ、そして既に命を落としている可能性もゼロではない。ウィルフレッド先輩はその可能性を一番恐れているようだった。

 ユーリはどこに行ってしまったのだろう。今、同じ空を見ているのだろうか。別の世界の空を見ているのだろうか。それとも、もしくは――

 私はどこか悲しみを纏うウィルフレッド先輩の背中に、そっと声をかけた。



「私の髪色、珍しいから……リオノーラ様みたいに声をかけてくる人がいるかもしれません。何か有益な情報が手に入ったらお伝えしますね」



 ウィルフレッド先輩は振り返る。そしてゆっくりと微笑んだ。



「ありがとう」



 ***



 滞在一泊というのはとても短い時間だ。翌日、お屋敷の前で、私は叔母様と別れの挨拶をしていた。

 叔母様はとても名残惜しそうに私の両手をぎゅうと握りしめて、目を潤ませていた。



「マリアさん、本当にありがとう。是非また遊びに来て頂戴ね」


「こちらこそありがとうございました。機会がありましたら、また……」



 そう返せば、叔母様はとても嬉しそうに微笑む。身分を偽っている以上、騙しているようで向けられる好意に胸が痛んだ。

 そんな私の心中など全く知らない叔母様は、いつの間に持っていたのか、透き通った青の石が埋め込まれたネックレスを差し出してきた。何だろう、と首を傾げれば、叔母様は私の手に強引にそれを握らせる。



「よろしかったら、これをお持ちになって」


「これは?」


「守護石よ。これから先、少しでもあなたの身を守るように……と、昨晩私が作ったの」



 守護石――そう言われて思い出したのは、学院でつい先日行われた対抗戦だ。学院側から支給された魔法を弾く石。それを叔母様が私のために作ってくださったらしい。

 どうやって作ったのか、また体に負担はないのか、等々気になることはいくつかあったが、何よりもまず出会ってすぐの私のためにここまでしてくれたという事実が嬉しくて、そして、騙しているという事実がより一層良心に重くのしかかってくるようで。

 二つの感情に挟まれ、うまく返事が出来なかった私の耳元で、



「マリアさん、受け取ってください」



 リオノーラさんが囁いた。

 私ははっとして、そこでようやく叔母様に笑いかけることができた。叔母様の前では、ユーリの姉・マリアでいなくては。



「ありがとうございます、叔母様。大切にします」



 渡されたネックレスを胸の前でぎゅっと握りしめれば、叔母様は目を眇めて笑った。私も更に笑みを深めて、彼女の目の前でネックレスをつける。これからは叔母様の守護石が私の身を守ってくださるのだと思うと、心強かった。

 ――その後、馬車に乗り込みお屋敷を後にした。叔母様は姿が見えなくなるまで、門の前で手を振ってくださっていたようだった。



「ありがとうございました。あんな元気な叔母様、久しぶりに見ましたわ」



 すっかりお屋敷が見えなくなった頃、リオノーラさんが改めて私に頭を下げる。彼女の言葉からするに、一応は望まれた役割を果たすことができた――そう考えていいだろう。



「謝礼はもちろんのこと、何かお困りのことがあったら声をかけてください。力になれると思いますわ」



 リオノーラさんの言葉に僅かにだが心が浮き立つ。

 当初の狙い通り、公爵家と繋がりができた。今後この繋がりをどうにかこうにかうまく活かしていきたいものだ。



「ありがとうございます」



 礼を言う。そうすればリオノーラさんはゆるく頷いて、それきり目線をこちらに向けることはなかった。

 ――会話がない馬車の中、私はこれからどうするべきか考えていた。

 ユーリがどこからやってきたのか、どこへ行ってしまったのか、できることならそれを知りたい。それを知ることができれば、私の“第三の道”も開けるかもしれない。しかし今の少なすぎる情報からではとても分かりそうにないのが現状だ。



(ユーリが異世界からきた人間だって、確信できるような情報があればいいんだけど……)



 この世界の人々が知らないお守り・ミサンガを知る、この世界では珍しい黒髪の少女。流石にこの情報だけで異世界からきた人間だと断定するわけにはいかない。

 公爵家との関係を築き、第三の道に繋がりそうな情報も手に入れた。しかし悲しいかな、私の頭はそれらをうまく活かす方法を思いつけないでいた。



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