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24:強く美しい女性



 ――あの後、次第に落ち着きを取り戻した叔母様は私をベッドに座らせて、手を握りながら口を開いた。



「ずっとユーリのご家族の方とお話ししたいと思っていたの。あなた方からユーリを奪ってしまってごめんなさい。そして守りきることができなくて、ごめんなさい」



 先ほどよりはいくらか元気を取り戻した声だったが、項垂れて謝罪の言葉を何度も紡ぐ叔母様に私の胸は二つの意味で痛む。娘を亡くした母親に対する同情と、騙していることへの罪悪感。

 私はそれらを振り切るように小さく首を振って、それから言った。



「いいえ、私たちにも非はあります。なぜユーリが姿を消したのかは分かりませんが……お話を聞く限り、ユーリは叔母様と出会えてきっと幸せだったと思います」



 緊張で声が震えたが、涙をこらえているせいだと叔母様は思ってくれたのか、私の頬に手をあててゆっくりと微笑んだ。その笑みは無防備で、私に対して全く警戒していないと分かるものだった。



「ねぇ、貴女の知っているユーリの話を教えてくださる?」


「そう、ですね。ユーリは大人しそうに見えて天真爛漫で――」



 それから、私の“ユーリ”の話をした。

 叔母様はとても嬉しそうに笑顔で私の話を聞いて、時には声をあげて笑った。あまり話しすぎるとボロが出そうで怖くて、途中からそれとなく叔母様の“ユーリ”の話へと話題を変えていく。

 思い出話に花が咲き、途中、叔母様は数冊のアルバムを持ち出してきた。そのアルバムにはたくさんの“ユーリ”の写真が収められていて、写真に写る少女はとても幸せそうな表情をしている。



「わぁ! 写真、たくさんありますね」


「ユーリとの思い出をしっかり残しておきたかったから、つい撮り過ぎてしまったわ。きっとユーリからしてみれば鬱陶しかったでしょうね」


「いいえ、どのお写真もすごく素敵な笑顔です。きっとユーリも嬉しかったと思います」



 おいしそうにパイを頬張る写真。花畑の中でこちらに手をふる写真。叔母様と二人で映っている写真。あ、リオノーラさんとウィルフレッド先輩もいる。

 アルバムの中の写真は幸せな“家族写真”そのもので、思わず笑みがこぼれる。ユーリはとても大切にされていたのだ。赤の他人である私が写真を見ただけで分かるほどに。

 叔母様の“ユーリ”話は尽きなくて、とうとうアルバム一冊分の思い出を聞かされてしまった。しかし聞いたこちらまで幸せになるような素敵な思い出たちばかりで、ちっとも苦痛ではなかった。



「――あぁ、こんなにユーリの話をしたのは久しぶりだわ。ありがとう、マリアさん」


「いえ、こちらこそ。ユーリをこんなにも大切に思ってくださる方がいらっしゃると知れて、嬉しいです」



 叔母様との思い出話を共有した結果、なんだか“ユーリ”という存在が妙に近く感じられて、言葉がすらすらと出てくる。ユーリの本当の家族も、きっと叔母様の話を聞いたら嬉しく思うだろう。そう確信できるぐらい、叔母様の声から、話から、写真から、ユーリへの愛が伝わってきた。

 叔母様はふぅ、と小さく息をついて、アルバムを閉じる。そしてぼそっと呟いた。



「……もう一度、頑張ろうかしら」


「え?」



 首を傾げた私に、叔母様は苦笑した。



「少し前まで、この写真を見るのも辛かったの。探し出せなかったことを後悔するから。でも、久しぶりにユーリの顔を見たら……愛おしくて愛おしくて、たまらないわ」



 そっと叔母様はアルバムの表紙を撫でた。娘が愛おしくて愛おしくてたまらない、母の表情だった。



「元気で暮らしているなら、それでいいの。私と一緒に過ごせなくなっても。ただ無事かどうか知りたい。精一杯の我が儘が許されるのならば、もう一度だけ抱きしめたい」



 それは悲痛な母の願いだった。

 せめて娘が無事かどうかだけでも知りたい。そう願うのは親として当然の感情なのだろう。そう思い――私は自分の親の姿を叔母様に重ねてしまった。

 私の母や父も、こんな風に思ってくれているのだろうか。突然姿を消した娘を思い、日々苦しんでいるのだろうか。



「彼女がいなくなってから、世界から色が失われてしまったようだったわ。ふとユーリの声が聞こえてきたような気がして、振り返ったら誰もいないの。家のどこにいても、お気に入りのカフェに行っても、ユーリがいたときのことを思い出してしまう。幸せだった思い出に埋もれて、身動きが取れなくなる」



 叔母様の表情からいつの間にか笑みは消えていた。

 大切な人をなくした辛く苦しい日々。叔母様はそんな日々に一年耐えてきたのだ。ふさぎ込んでしまうのも無理はないかもしれない、と胸が締め付けられる。



「そしてユーリが消えたあの日のことを何度も夢に見るの。あの日に戻れたのなら、ずっと抱きしめたまま離さないのに、と数え切れないほど考えたわ」



 叔母様は再びアルバムを開く。そして笑顔で映るユーリの写真を優しく撫でた。



「ある朝、起きたらユーリがいたの。おはよう、珍しく寝坊だねって笑っていたわ。あぁ今までが全て悪い夢だったのねって彼女の体を抱きしめて――目が覚めた。ユーリはどこにもいなかった」



 なんて残酷な夢なのだろう。その日の朝、起きた時の叔母様の絶望を想像して――ぐ、と喉が詰まった。



「その夢を見た日、心が折れてしまったの。でも――もう一度、頑張ってみようと思うわ」



 叔母様は微笑んで、私の手を取った。そして「貴女のおかげよ」と優しく微笑む。

 私は何もしていない。ただ同じ髪色の少女として呼ばれ、ユーリの話を聞いただけだ。叔母様は自分自身の力で立ち上がった。なんて強く、美しい方なのだろう。そして愛に溢れた素敵な方だ。

 私はユーリと叔母様に、恐れ多くも自分の家族を重ねてしまった。そのせいで必要以上に感情移入してしまい、言葉に詰まる。叔母様に、母親の姿が重なって離れない。



「お力になれることがあれば、言ってください」



 私にできることなんて何もないと、私自身が一番知っているのに、気が付けばそんな言葉が口を突いて出ていた。

 私は元の世界に帰れるか分からない。両親とまた会える可能性は、悲しいけれどかなり低いだろう。だからこそ、叔母様にはユーリを見つけ出して欲しいと思ってしまった。

 こんなにも娘を愛している彼女が報われない世界なんて、嫌だ。彼女たちが幸せになれない世界なんて、あまりにも悲しすぎる。

 ――しかし、と思い出す。何も確証はないが、もしかするとユーリは私と同じ“異世界の人間”かもしれないのだ。

 珍しい黒髪で、この世界の人々が知らない“ミサンガ”を知っている少女。姿を消したのも、元の世界に帰ることができたからかもしれない。



(本当のご両親と、再会できたのかなぁ……)



 もし仮にユーリが本当に異世界の人間で、元の世界に戻ることができたのなら。今頃笑顔で日々を過ごせているだろうか。そうだといいな、と思う。

 それと同時に、それを叔母様が知ることができたら、とも思う。違う世界でユーリが幸せに暮らしているのだと何らかの方法で叔母様に知らせることができれば、みんな幸せになれる。



(そう簡単な話でもない気がするけど……)



 ユーリのことはまだ分からないことだらけだ。

 私のためにも、そして叔母様やユーリのためにも、もっと詳しく知りたい、と思った。



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