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23:叔母様



 ――思い立ったが吉日、なんて言葉はこの世界の人は知らないんだろうな、と思いながら目の前に止まった豪華すぎる馬車を見上げる。

 リオノーラさんの依頼を請けてからあれよあれよという間に話は進み、気づけば本日、馬車で例の叔母様のお屋敷を訪ねることになった。

 早すぎる展開に驚きつつも、御者の方のエスコートで馬車へ乗り込む。するとそこには先に乗り込んだリオノーラさんと――学院の制服を着た見知らぬ青年がいた。

 男性にしては少し長めのブロンド髪をゆるく結び、こちらを蜂蜜色の瞳で見つめる、見るからに高貴そうな青年だった。



「……どなたですか?」


「私の兄ですわ。ウィルフレッド・ヒューゴ・ウルフスタン」



 リオノーラさんから兄、と紹介を受けて、思わず二人の顔を見比べる。髪の色も瞳の色も、釣り目がちな瞳の形もよく似ていた。しかし口角が下がり冷たい印象を受けるリオノーラさんに比べて、兄のウィルフレッドさんはゆるく笑みを浮かべていることから温かな印象を受ける。



「ウィルフレッドだ。今回の尽力、心より感謝する」


「い、いえ」


「君は一年の第五生徒だな。この前の対抗戦は見事だった」



 いつぞやのギルバートの解説によれば、ウィルフレッドさんは二年生だったはずだ。今までろくに関わりのなかった先輩という存在から、濁りのない口調で褒められて、思わず私は照れを愛想笑いで誤魔化す。



「あ、ありがとうございます。私以外の三人がすごく頑張ってくれて……」


「三人もそうだが、君も素晴らしかったよ。最後まであきらめず必死に走る姿に感銘を受けた」


「もったいないお言葉を……」



 やはり本物の貴族は中途半端なエリートとは心の余裕が違うらしい。悲しいかな、落ちこぼれ組と蔑まれることに慣れてしまった身としては、ウィルフレッド先輩の口から出てきた賛辞の言葉になんと返せばいいのか分からない。

 私の愛想笑いの声が途切れた後、ふとウィルフレッド先輩は笑みを消した。



「さて、本題に入るが――今我々は叔母様の別宅に向かっている。別宅への滞在予定は一日。明日の夕方にはポルティカに戻る予定だ」



 随分とスピーディーな旅行だ。しかし長期間滞在してもボロが出そうで怖いので、こちらとしてはありがたい。

 告げられたスケジュールになるほど、と頷きつつも私は先ほどからずっとリオノーラさんに尋ねたいことがあった。何って――今私が着ているワンピースについてだ。

 今朝、モニカさんが寮部屋まで迎えに来てくれた。そして馬車に乗る前にこの服に着替えてください、と純白のワンピースを渡されたのだ。

 大いに戸惑ったが、言われた以上は着替えるしかなくて。できることなら、美少女にしか許されない純白ワンピースは今すぐにでも脱ぎたい。



「あの、この服は……」


「ユーリが好んで着ていた服に似たものですわ」



 なぜその服を私に着せるのだろう。姉妹で趣味が似ていると思わせるため? それとも、別人でありながら私にユーリの面影を重ねさせるため?

 狙いは分からないが、やけに肌触りがいいことから高価なものであることは確かだ。汚してしまったら、と思うとぞっとする。後で代金請求されないだろうか。



「お金は……」


「お気になさらないで」



 言葉少なにリオノーラさんは答える。なんだかいつも以上に不機嫌――いや、緊張しているのか。



「お願いしたいのはただ一つだけ。叔母様と“あなたが知る”ユーリの話をしてくだされば、それで結構ですわ」



 その言葉を最後に、私たちの間に沈黙が落ちた。

 沈黙は気まずいものだったが、私から話題を振る、なんてことはできるはずもなく。窓から過ぎゆく景色をぼうっと眺めていたら、少し向こうに門が立派な大きな屋敷が見えてきた。おそらくあのお屋敷が目的地だろう。

 予想以上の大きさに怖気づきはじめるが、無情にも馬車はどんどん屋敷へ近づいていく。

 大丈夫、私は依頼されただけで、責任はリオノーラさんたちにある。犯罪を犯しているわけではない――などと無責任極まりない言葉で自分を鼓舞していたら、とうとう馬車が止まった。そして数秒の後、御者によって扉が開かれる。



「さぁ、着きましてよ」



 リオノーラさんは歪に笑った。緊張からか、口元が震えていた。



 ***



 目の前には両開きの大きな扉。この先に、叔母様がいらっしゃるらしい。

 屋敷の中はとても上品な、歴史を感じる内装だった。しかし自分でも気づかないうちに学院の豪華すぎる内装で目が慣れてしまっていたのか、綺麗だなぁと思いつつもそこまでの驚きはなくて。

 扉をノックする前に、ウィルフレッド先輩は私を一度振り返った。ぱちり、と絡んだ目線に辛うじて頷く。そうすれば彼は息を大きく吸い込んで、それからぐっと顎を引き、扉をノックした。



「叔母様、ウィルフレッドです。開けてもよろしいでしょうか」


「――ええ」



 扉の向こうから聞こえてきた返事はとても弱弱しいものだった。返事一つで叔母様の心は深く傷ついているのだろうと分かって、胸が痛む。

 ウィルフレッド先輩がゆっくりと扉を開ける。開いた扉の先、大きなベッドの上に“叔母様”は座っていた。

 ウルフスタン家兄妹と同じブロンド髪に、茶の瞳。こちらを射抜く瞳はどんどんと大きく見開かれていき――その目尻から、涙が一筋、零れた。

 涙をこぼしたその表情に見惚れてしまう、とても美しい女性だった。



(叔母様って言うからおばあちゃんなのかと思ったら……思ったより若い……)



 年齢で言えば四十過ぎぐらいだろうか。私の親世代よりも少し若いくらいに見えた。

 叔母様は私をじっと見つめる。そして「あぁ……」と息を吐いた。



「あなたがマリアさんね?」



 そ、とリオノーラさんに背中を押された。近づけということなのだろう。

 私は指示通り叔母様が座るベッドに近づいた。そうすれば彼女はどんどん目尻に涙を溜めていく。

 私の黒髪に、ユーリを思い出しているのだろうか。



「黒い髪がよく似てるわ。服の好みも。あぁ、もっと顔をよく見せて頂戴……」



 請われるまま、私はどんどん叔母様に近づいた。そしてとうとうベッドサイドに座りこみ、叔母様に手を握られる。



「今日はありがとう、本当に……ありがとう」



 ぐしゃり、と叔母様の顔が歪んだ。そしてぼたぼた、と大粒の涙がこぼれる。

 まさか会って早々号泣されるとは思っていなかった私は困惑してしまったが、目の前で人が泣いているのに何もせず見ている、というのは冷たいだろう。しかしどう声をかけるのが正解か分からなかったため、とりあえず叔母様の手をぎゅっと強く握った。



「ごめんなさい……ユーリ、ユーリ……」



 ――どこにいるの、ユーリ。

 そう叔母様が零した声に、なぜだろう、自分の母の声が重なった。

 突然姿を消した娘。探し続ける母。その二人の関係が、他人事とは思えなかった。



(お母さんも今頃、心配してくれてるのかな……)



 こちらの世界に召喚されてからはや数か月。母や父はどうしているだろう。叔母様のように、私を思って泣いているのだろうか。

 家族の思い出が一瞬脳裏を過って、ほんの少しだけ、涙で視界が歪んだ。



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