22:将来の話
――リオノーラさんからの依頼をうけた、翌日。私は朝食の席で、昨晩自分で作ったミサンガもどきをセシリーに見せてみた。この世界の人たちが本当にミサンガという存在を知らないのか、確かめるためだ。
もしかしたらリオノーラさんという異次元のお嬢様が知らないだけで、世間一般的には知られている可能性も否定できない。世界中の文献も漁ったといっていたから、確率としてはほぼないだろうが、念のためだ。
「ねぇ、セシリー。これ知ってる?」
「……ブレスレット、じゃないよね。なんだろう、初めて見た」
結果としては予想通り。
不思議そうに首を傾げる彼女の手のひらに、久しぶりに作ったせいでいくらか不格好になってしまったミサンガを置いた。
「ミサンガっていうお守りなんだって」
「かわいいね」
ふふふ、とセシリーは顔を綻ばせる。その表情があまりにかわいくて、思わず口から言葉が突いて出た。
「これ、よかったらもらって。私が作ったの」
「ええっ、いいの?」
言い出してから、もっときれいに作れたものをあげればよかった、と後悔したものの、セシリーはとても嬉しそうに頬を赤らめて聞いてくるものだから。私は気付けば頷いていた。
「うん。いつもお世話になってるから、そのお礼――って言えるほど、大層なものじゃないけど」
「ありがとう! とっても嬉しい!」
セシリーは、きゅ、と口角を上げた。
初めて見るミサンガの付け方が分からないようだったので、右の手首に巻いてあげる。――と、その前に。
「セシリー、願い事ある?」
「願い事?」
「うん。着けるときに願い事をすると、切れたときにその願いが叶うんだって。……なんて、おまじないみたいなものだけど」
「素敵だね」とセシリーは笑って、それから瞼を閉じた。そして願い事をするように数秒そっとミサンガに細い指先で触れると、再び目を開ける。そして、
「お願い事、したよ」
そう頷いた。その言葉に頷いて、私は改めてミサンガをセシリーの右手首に結ぶ。
きつすぎないように、でも細い手首から落ちないように、と考えると思いの外結ぶのは難しい。密かに悪戦苦労していたところに、「そういえば」とセシリーが声をあげた。
「リオノーラさんに呼び出されてたみたいだけど、大丈夫?」
なぜそのことを、と思いつつ、モニカさんに先導されて女子寮へ向かう姿を見ていた生徒はいただろうし、もしかするとリオノーラさん本人から聞いたのかもしれない。なにせセシリーは彼女とクラスメイトだ。
「う、うん。ちょっと頼まれごとされて……リオノーラさんってすごい人なの?」
「ポルタリア王から直々に爵位を授かったウルフスタン公爵家のお嬢様だから、わたしなんかとは住む世界が違うよ。将来はお話することもできないような方」
話すこともできなくなる身分の人。そう聞くと、一気にリオノーラさんの地位のすごさを実感させられる。
しかし将来、との言葉になんだか引っかかりを覚えてしまう。ついつい自分の将来のことを考えて、憂鬱な気分になってしまうのだ。
そういえば、セシリーは卒業後はどうするんだろう。優秀な彼女のことだ、よく分からないが王様に仕えたりするんだろうか。
「セシリーは将来何になるの?」
問いに対する答えはすぐさま返ってきた。
「先生になりたい」
「先生って……ここの先生?」
「そこまではまだ決めてなくて……ただ、魔力を持つ子どもたちの、この国の将来を担う子たちの力になりたいの」
先生姿のセシリーを思い浮かべて、素直にいいなぁ、と思う。魔力の素質は十分、彼女の心優しい性格は先生に向いているだろう。優しいだけでは教師は務まらないかもしれないが、セシリーには責任感もある。
きっといい先生になるはずだ。
「素敵な夢だね。応援してる」
「ありがとう。マリアちゃんは卒業後の進路、決まってるの?」
自分から話題を振っておいて、答えに窮する。どう答えるべきか悩んで「ううーん」と口に出してしまった。
そしてぼやくように続ける。
「再来年の今頃、どうなってるのかなぁ、私」
「再来年?」
「あ、いや……道を模索中」
模索中。それが一番相応しい答えだった。卒業後のことは今はまだ考えられない――というよりも、私が一番分からない。
面白くない答えになってしまったにもかかわらず、セシリーは優しく微笑んでくれた。
「そっか。見つかるといいね」
「うん、見つかるといいな」
あはは、と笑う。現状は苦しいままだが、こういった友人との触れ合いは心が癒された。
――その日の放課後、私を寮部屋まで送ってくれる当番はギルバートだった。いつも通りの沈黙に、私はあることを切り出すべきか悩んでいた。あることとは、リオノーラさんからの依頼のことだ。
こちらの動きはあまり把握されたくない。しかし騙し通せるとは全く思っていない。そうなると――中途半端に隠した挙句、発覚後に不審がられるより、先に全て伝えてしまった方がいい。
別に今のところはレジスタンスにどうこうしようと考えている訳ではない。ただ、公爵令嬢と仲良くなろうと考えているだけだ。そう、それだけ。
「あの、ギルバートくんに報告なんですが、リオノーラお嬢様のちょっとしたお手伝いをすることになりまして」
「……手伝い?」
低い声にちょっとだけ心臓が跳ねる。けれど動揺を悟られないよう、しっかりとギルバートを見上げて笑顔で伝えた。
「うん。なんか私に似た子を探してる叔母様がいらっしゃるみたいで、私は当然心当たりないんだけどね、会ってくれないかって」
「大丈夫なのか、それ」
意外にも、ギルバートの口から心配の言葉が飛び出てくる。驚きつつ、そこまで不審がられている様子はなさそうだと心臓は落ち着きを取り戻した。
「別にその子のフリをしてくれとは言われてないし、謝礼もしてくれるみたいだし、ほら、リオノーラさんと仲良くなったら別の生徒が手を出しにくなるんじゃないかって言ってたじゃない? 色々良い事づくしかなって下心もありまして……」
困っている人の助けになりたい、などという綺麗ごとは嘯かず、わざと明け透けに話した。そうすればギルバートは「なるほど」と数秒腕を組んで考えこんでから、
「何か引っかかることがあれば言ってくれ」
特に詳しい内容について言及してくることはなかった。そのことにほっとしつつ「うん」と頷いて応える。
「公爵家令嬢と繋がりを持つのは悪くない。ただくれぐれも単独行動はするなよ。何かあれば呼べ」
ギルバートとしては救世主さまを守る、という自分に課せられた仕事をこなすためにそう言ったのだろうが、振り回すようで少しの罪悪感が湧いて出る。しかしそれに気づかないふりをして「気を付けます」と歪に笑った。




