「閉ざしていた過去」
「閉ざしていた過去」
「……あれ? わ、私……」
アンカー・ベガは唐突にその場に立ち、生暖かい風と眩しい太陽を感じ周りを見渡す。
「……この景色……見覚えがある……」
古い建物の孤児院、簡易的に作られた柵の中では芝生が広がり、子供たちが笑顔で走り回り遊んでいた。
その時、突然にアンカーは誰かの声で後ろから呼ばれる。
「アン!! こっち来て一緒に遊ぼうよ!!」
驚きと共に振り向いたその時。
「……え? ど、どうして?」
そこには懐かしい青い髪に、誰もが憧れる優しかった孤児院時代の血の繋がらない姉、ティアがいた。
「ティ、ティアおねぇ……ちゃん?」
孤児院で1番年上の皆んなの姉的存在だったティアがアンカーに向け手を振っていた。
アンカー・ベガは混乱する中、一歩踏み出したその瞬間だった。
「はぁーい!!」
元気の良い返事と共に後ろからアンカー・ベガの体を通り抜けてティアに駆け寄る小さい頃のアンカー自身が目の前には居た。
「これは……私の昔の記憶……」
幼きアンカーは4つ上の青い髪の姉ティア、3つ上の赤い髪の女の子サジ、同じく3つ上の金髪の兄ドシーに囲まれ幸せそうな笑顔で遊んでいた。
「……や、やめて……」
アンカー・ベガの目の前では幼き自分を含め、皆んなが満面の笑みで笑い、楽しい景色が広がる。
その中でアンカー・ベガは顔を歪め、切にやめてほしいと願う。
「……こんなの見たくない……」
アンカー・ベガの思いとは裏腹に目の前の景色は消える事はなかった。
「ティア? ちょっとみんなで今晩のお使いを頼みたいのだけど」
皆が楽しく遊ぶ輪に孤児院飼育係メイドのカカが話しかける。
「これメモね。お願いするわ」
メイドが孤児院に戻ろうと振り返った時だった。
「旦那様? どうされました?」
そこには孤児院を経営する家主ボンドンがいた。
「ん? ちょっとティアに用があってな」
「そうですか……では、私はこれで失礼します」
メイドのカカは軽くお辞儀をすませ、孤児院の中へと帰る。
「ティア……今日も夜に私のお仕事を手伝ってくれるかな?」
ボンドンの周りでは小さい子供たちが裾を引っ張たり、少し出っぱったお腹で遊んだりしながら「パパ遊んで」と声を上げる中、ボンドンはティアに仕事を頼む。
「は、はい……わかりました」
「本当にティアは頭が良くて計算が得意だから助かるよ! よろしく頼む」
そう言ってボンドンは孤児院の中へと戻っていく。
その時、ティアの顔は笑っていなかった。
「ティアお姉ちゃん? いつもお仕事手伝ってるけど、大変なの? 大丈夫?」
アンカーの心配するその瞳を見てティアは笑って言う。
「大丈夫よ! 私! お姉ちゃんなんだから!」
その頼もしいティアにアンカーはいつも目を輝かせていた。
「じゃ! みんなお使い行こう!」
ティアの案内の元、ティア、サジ、ドシー、アンカーの4人は少し離れた街へと向かい、いつもお願いしているお店の男性にメモを渡す。
「いつものね……じゃ、ティア以外は外で待ってろ」
お店の店主の冷たい対応と冷たい眼差しに4人はもう慣れ、ティアだけが仕事と仕分けをいつも手伝わされている。
「みんなお待たせ!!」
数刻が過ぎ、袋に入った果物や食料を両手一杯に持ったティアが笑顔で戻ってきた。
「アンが一つ持つ!!」
憧れるティアに何かお手伝いしたいと思いアンカーは率先して荷物を持ちたがる。
「ありがとう! はい! じぁこれ持って!」
「はぁい! ……あっ!」
その時、袋からリンゴが一つ転がってしまい、アンカーはそれを取ろうと屈む。
しかし、屈んだ事で袋から全てのリンゴが落ちてしまった。
「ご、ごめんなさ……い」
アンカーは目に涙を溜め一生懸命に謝る。
「泣かないの! みんなで拾えば良いだけよ!」
「たく! しょうがねぇな!」
「アン? 気にしないで?」
みんなで転がったリンゴを拾っていた時だった。
「はい! こちら落としておいででしたよ?」
アンカーの目の前にはリンゴを一つ拾ってくれた女性が居た。
「あ、ありがとう……ございます」
孤児院の友達以外で優しく接してくれたのはこれが初めてだった為にアンカーは動揺を隠せなかった。
「孤児院の子かな? あなたお名前は?」
『なんて白い髪なの……この子……』
「あ、は、はい……アンカーといいます……り、リンゴありがとうございました……し、失礼します」
アンカーは早々とその場を去り、ティア達と一緒に帰り道を辿る。
「ティアはすげぇよな……色んなこと知ってて、頼れて、皆んなからも一目置かれてるよな。1番先に里親が決まるのはティアだろうね」
帰り道で金髪の男の子ドシーはそう語りかける。
「なに? ティアのこと好きになっちゃった? 寂しくなっちゃった?」
「ばっ、バカじゃねぇの!?」
「赤くなってる!!」
ドシーを揶揄するのは赤髪のサジだった。
「私は皆んなのお姉ちゃんだからね! 皆んなの分まで私が頑張らないと!」
ティアは笑顔でそう言い陽が落ちる夕焼けを眺めながら思いを乗せて言葉を続ける。
「私は里親が見つかるより皆んなとこの孤児院を出て一緒にいつまでも暮らせたら良いなって思ってる……裕福じゃなくて良いの……貧乏でもそこに皆んなが居てくれれば私はそれだけで頑張れる」
ティアの言葉は夢物語だった。
それはドシーもサジもわかっている。
しかし、そのティアの夢は全員が思い、感じている願いだった。
「そんなことが本当に可能なら……良いのにな」
金髪の男の子ドシーは空を見上げて心からそう言った。
孤児院に着き、袋一杯の食材を調理場へ運んだその時だった。
「ドシーよ……」
ドシーを見つけたボンドンが笑顔で報告をする。
「おめでとう! たった今し方、君の新しいお父さんが決まったよ」
「……え?」
周りにいた小さい子供たちは大喜びでドシーにおめでとうを言う。
「さぁ……こちらへいらっしゃい。新しいお父さんが待っているから」
ボンドンから伸ばされた手をドシーは素直に受け取れなかった。
「どうしたドシー?」
「い、いえ……い、行きます」
ティアの夢を聞いた手前でドシーは混乱を背負いながらもボンドンに連れられ皆を背にその部屋から移動する。
「ティ、ティア?」
サジが驚きでずっと動けずにいるティアに声をかける。
「あ、あ……ご、ごめん……」
その時、アンカーは喜びが見えないティアに疑問を抱いていた。
『お姉ちゃんの夢を実現できないのは確かに残念だけど……ドシーの里親が決まったことは嬉しい事のはずなのに……お姉ちゃんはなんで喜んでいないんだろう……』
その後、食事と湯浴びを済ませて大部屋で孤児全員が布団を並べ就寝前の自由時間がくる。
「じゃ……私パパのお手伝いあるから行ってくるね!」
「ティアお姉ちゃん頑張って!」
ティアは笑顔でボンドンのお手伝いに行き、その後すれ違いでドシーが帰ってきた。
「あれ? ティアは?」
アンカーがドシーに教える。
「いつものパパのお手伝い」
「あ……そっか……ティアも大変だな……いつも何手伝わされてるんだろうな」
その言葉にサジが答える。
「ティアは頭もいいからこの孤児院のお金の計算とか書類の手伝いとかやってるんだよきっと」
「ティアはやっぱりすげぇな」
「で? ドシー? どうだったの新しいパパは良い人そうだった?」
サジがドシーにそう聞いた。
「う、うん……俺……明日にはもう孤児院を卒業するみたいなんだ」
「そうなんだ! よかったね!!」
サジは心からそう言った。
しかし、ドシーはティアの夢を聞いた手前まだ悩みに浸っていた。
「本当にこれで良いのかな……」
「ティアのこと?」
「うん……」
「私も考えたんだけど……皆んなが大人になって集まることが出来ればその時にティアの夢は実現すれば良いんだよ!」
「そうか……そうだよな」
「うん!」
「なら俺は1番だ!」
「あぁ! ずるいー!」
アンカーにとってこの就寝前の時間はとても楽しい時間だった。
そして、消灯の時間を迎え、皆が寝静まった頃にアンカーは突然の尿意に襲われ、川の字で寝る皆んなの頭を静かに通り過ぎ、トイレへと向かう。
「……ん? 何か……聞こえる?」
トイレの通路の更に奥の部屋。
家主ボンドンの部屋からギシギシと何かが軋む音が鳴り響いているのを寝ぼけながらもアンカーは聞いた。
「そういえば……お姉ちゃんまだ帰ってきてない……」
アンカーはティアがパパの仕事をまだ手伝っていると理解する。
そんな憧れるティアの仕事姿を一目見たかったアンカーは恐る恐る部屋を覗き込む。
「……え?」
アンカーはその光景に驚愕した。
「……お、お姉ちゃん……」
アンカーは見てしまった。
ベッドの上で重なる二つの影、裸のティアの上に覆い被さるボンドン。
そして肌と肌が当たる激し音とティアの喘ぐ声がその部屋を染めていた。