「マギカルテ」
「マギカルテ」
翌日ーー
上級の男性ゴブリンが女性の上級ゴブリンを連れて来店してきた。
「いらっしゃいませぇ! お! 来たか!」
「はい! 先生! 連れて参りました!」
「どうしたの? その喋り方?」
「いえ……今回先生に髪を切っていただいた事でこの子とお付き合い出来ることになりまして……いやはや、お恥ずかしい限りですが、感謝の意を表したくて言葉を改めました」
「あ……なるほど」
『まぁ、礼儀正しいに越したことはないか』
そこでキリオは女性ゴブリンを確認する。
キリオが男性ゴブリンに耳打ちで聞いた。
「女性のゴブリンってみんなこんなにゴリゴリなの? めっちゃ強そうなんだけど!?」
「はい! でも稀に美女もいますが美女達は生まれつき魔力が高いのが特徴になってます」
「へぇ……なるほど」
『この世界は魔力で様相に影響出るのか』
改めてキリオは女性ゴブリンに挨拶をする。
「今日はよろしく!」
女性ゴブリンも挨拶を返した。
「よろしくお願いします。彼がこんなにカッコよくなるなんて……びっくりしました。今日は私も楽しみに来させて貰いました」
「うん! 出来る限り頑張るよ!」
そして、キリオは男性ゴブリンを待合で待たせ、女性ゴブリンをシャンプーへと案内する。
「じゃぁ……最初にシャンプーって言うんだけど、頭を洗うからこっちに来て」
女性ゴブリンはどこか顔を赤らめながらご案内された椅子へと座る。
「椅子倒すね」
椅子を倒した瞬間だった。
「やだ!? 本当に倒れるのね!?」
「そうだよ! 倒さないと頭の洗えないからね!」
「この後のシャンプーという物が凄く気持ちいいと聞いています! それも楽しみで来ました!」
「気持ちいいよ! だからリラックスして目を閉じててね」
そして、椅子を倒し、顔にフェイスペーパーを乗せ、髪をお湯で濡らす。
「ンッ……アッ……も、もう……これだけで気持ちがいいわ」
「あ……気持ち良さそうでそれは良かった……」
『反応の仕方は間違ってるけどね……』
そして、一通り髪を湿らせ終わり、シャンプー剤を付けて泡立てる。
「これが聞いていたモコモコ!? なんてフワフワなの!?」
今まで感じたことのない感覚に女性ゴブリンは驚きを見せる。
「これからゴシゴシすると汚れが落ちるんだよ! 早速シャンプーしていくね!」
そして、シャンプーを開始したその時だった。
「アンッ! え!? やだ!? ダメッ! あっ! …きっ……気持ちいいっ!! もっとっ! もっとぉお!!」
「その反応やめろぉぉおおおお!!」
そして、間違った表現のシャンプーが終わった。
『……シャンプーしただけなのに……何かいけない事をしていた気分になるのは何故だろう……』
キリオはそう思いつつ女性ゴブリンを鏡の前の席に移動させカウンセリングを始める。
「何か希望はある?」
「そうですねぇ……美しくしてくれればなんでも大丈夫です!」
ゴリゴリの女性ゴブリンは顔を赤らめ、唇をペロっと舐め回し、微笑んでそう言った。
「いや……ゴリゴリで美しくしろって………」
『そして何で顔赤いんだよ!プレイ終わりたてみたいな顔やめろぉおお!』
心の中でそう叫びながらもキリオは考える。
男性ゴブリンを切った時に魔力の影響で様相まで変化させた現象なら可能かもしれないと。
「ただ……どこまで可能なのか……」
当初のイメージではゴリゴリに合わせてロックなテイストでかっこいい女性像をデザインしようとしていた。
しかし、もしかしたら男性ゴブリンと同様に女性ゴブリンの様相も大きく変わるのではないかと考える。
「うん! 出来るだけやってみよう!」
キリオは可能性に賭けてみた。
ゴリゴリからは想像出来ない真反対のジャンル。
「さて……エレガントか、清楚か、それにしても結構ダメージしてるな」
女性ゴブリンの髪はオレンジ色の茶髪に腰までの長さがあり、癖毛で乱れ、絡まりも気になった。
そして、櫛、通称コームで髪を梳かし、整える。
その時、毛の絡まりに対し、女性ゴブリンが言う。
「私にも魔力が少しでもあれば髪が強度を増し、絡まらなくなるのですが、すいません」
「なるほど……そうなっているのか。魔力は保護フィルムみたいな役割もしてるんだな」
そして、そんな会話をしながらも頭の中ではイメージが出来た。
「よし! 清楚系で行ってみよ!」
可能性に賭けて、1番有り得ない清楚で攻める事に決める。
「準備してくるから少し待ってて!」
キリオは女性ゴブリンにそう伝え、バックルームに入り、錬成陣が描かれているテーブルへと移動する。
「この前に買った酢酸を塩素処理して…」
棚に並ぶフラスコから酢酸を取り、錬成陣が描かれているテーブルの上で錬金術を使い、魔力で補助し、頭にあるイメージから薬を作る。
「モノクロル酢酸を生成……と」
モノクロル酢酸からまた更に錬金術を使う。
「あとは、魔力で髪用に調整して……出来たっ! チオグリコール酸!!」
チオグリコール酸。
美容室では馴染みのあるパーマや縮毛矯正などの1液目として使われる還元剤である。
キリオは女性ゴブリンの所へと戻り、フラスコに入れたチオグリコール酸の液体を毛先だけ浸し、更に錬金術を使用して髪に反応させていく。
「このぐらいかな!」
魔力で髪の軟化も調整し、更にまた錬金術で髪に残るチオグリコール酸の分解も施し、濡れた髪の水分も分解し、乾いた状態へと戻す。
「よし! あと故郷ならアイロンで唸りを伸ばすんだけど……この世界では……」
キリオがミィナに指示を出す。
「ミィナ! 髪だけに少量の重力魔法と180℃の熱の魔法を満遍なく頼む!」
「わかりました。」
ミィナは髪に手を翳し、詠唱を唱える。
「我、理に触れ、主たる根源に至りし魔を拝頂し、そして、今ここに我の名をもって戒現せよ!……熱之束縛」
女性ゴブリンの髪に紫色と赤色の蠢く光を見て女性ゴブリンから声が漏れる。
「おお!」
しかし、キリオは言う。
「やっぱり異世界は絶妙にダサいな!」
それに対し、ミィナが言った。
「キリオさん? もう手伝いませんよ?」
「ごめんって! 悪かったって!」
『言ってもこの世界……中二病感が凄いんだよなぁ』
ミィナは少し不貞腐れていた。
そして、ストレートの具合を見てキリオが止める。
「もう大丈夫! ありがとうミィナ!」
魔法の発光が消え、女性ゴブリンの髪は艶が際立つストレートになっていた。
その髪を見て女性ゴブリンが感動する。
「えっ!? 何これ!? し、信じられない!? これが私の髪なの?」
口に手を当て驚きを見せる女性ゴブリンにキリオは言った。
「まだまだこれで終わらないからね! 楽しみにしてて!」
そう言ってキリオはまたバックルームへ向かい、薬の錬成を始める。
棚にあるフラスコの列から石炭と鉄鉱石を手に取り、テーブルに置き、錬金術で分解し、二酸化硫黄を作り出し、そこから更に調整し、ペルオキソニ硫酸を完成させる。
「更にここから……」
キリオは電気分解させ、ペルオキソニ硫酸を加水分解させる。
「完成! 過酸化水素水!」
過酸化水素水。
パーマ剤で使用した1剤の作用を止める2剤。
またはカラー剤と混ぜて使う2剤。
キリオは女性ゴブリンの所へ戻り、薬を錬金術で髪全体に浸透させ、1剤の作用を止める。
「よし! 縮毛矯正完了! 次はカラーだな……」
次にキリオはまたバックルームに足を向け、棚からフラスコに入った尿素を取り出し、テーブルに乗せる。
「まずは……尿素を……」
しかし、そこでふと手が止まる。
「これって……いったい…何の尿なんだ……?」
話が進まない為、それは気にしてはいけない。
「まぁいっか!」
キリオは更に先程作った硝酸、そして、硫酸でニトロベンゼンを作り、テーブルに乗せた尿素と塩基反応させ、そこから作られた分質を水素反応させる。
「できた! パラフェニレンジアミン!」
パラフェニレンジアミン。
酸化染料剤、カラー剤の色を形成する成分。
「あとはレゾルシンと魔力で微調整して……出来た! カラー剤!」
キリオは早速、女性ゴブリンの所へと戻り、作ったカラー剤と過酸化水素を髪の側へと置き、錬金術を使って錬成する。
その瞬間だった。
女性ゴブリンのオレンジ色の髪は一瞬にして黒髪へと変わる。
「え!? こ、これが私の髪?」
女性ゴブリンは目まぐるしく変わる髪に感激する。
しかし、キリオはそれを見て思った。
『黒髪ストレートロングで顔はゴリゴリ………どうしよう』
今現在では女性ゴブリンの様相には変化は無く、とても今の状況は見るに耐えなかった。
「か、カットしていくね」
『きっと俺のイメージが大事なんだ……イメージを…イメージして……イメージ……』
しかし、ゴリゴリの顔がイメージの邪魔をする。
『くそ……目の前にこんなゴリゴリの顔があると想像も膨らませられない……』
キリオは苦戦していた。
『いや……俺なら出来る……せっかく艶ある綺麗な黒髪ロングにしたんだ……これを保たせる為にも…重いテイストにして……もうダメージがしにくいようにブラントを残して……』
キリオはプロの意地を見せる。
今出来る最善、この女性ゴブリンの私生活で髪が美しいままでいられるカット。
キリオは奮闘する。
ゴリゴリの顔と。
「よしっ! できた! これでクロスを取れば!!」
髪が完成し、キリオがクロスを取った瞬間だった。
「おっ!?」
その時、その場の全員が驚いた。
「おっしゃ!! キタァァ!!」
当の本人のキリオは余の嬉しさにガッツポーズを取る。
「……し、信じられない……え? 本当に信じられない……」
女性ゴブリンは、もうそれしか言えなかった。
自分の右側を見ては驚き、左側を見ては驚き、そして、遥かに様相が変わった見た目を楽しむように鏡の前でポーズを決め、自分を何度も確認する。
「こんな事って本当にあるの? これが現実!? これが本当の私?」
そして、キリオは女性ゴブリンに聞いた。
「どう? 仕上がりは?」
女性ゴブリンが答える。
「わたし……かわいい!!」
ご満足の様子だった。
そして、確認の為に男性ゴブリンを呼び、確認してもらう。
「おおおおおおおお!! な、何という! 何という事かっ!?」
男性ゴブリンはあまりの興奮に声を張り上げ歓喜する。
その時、キリオは耳を塞いで言った。
「うるさぁぁああい! そんなに大声だすなぁ!!」
「あ! それは申し訳ない! しかし! これは大声を上げたくもなりますよ!」
「わからなくはない! けどうるさいからやめろ!」
そして、男性ゴブリンがキリオに言う。
「先生……此度は私含め、彼女までお世話になり本当にありがとうございます……して……これだけの事をして頂きながら言うのもなんなんですが……私に名をいただけますでしょうか?」
「あぁ! そうだったね! 実は名前を与えるにあたっていいこと思いついたんだ! 髪一本貰うね!」
そう言ってキリオは男性ゴブリンの髪を一本抜き、女性ゴブリンの切った髪からも一本取り、バックルームへと向かう。
「やっぱり美容室にはこれが必要だよな!」
キリオは男性ゴブリンと女性ゴブリンの髪を使って錬金術で紙を作り、そこへ魔道具の筆で記入欄を作る。
「カルテ完成!」
キリオが戻って来た時、ミィナがキリオが手に持つ用紙を見て聞いた。
「キリオ様? それは?」
「これ?カルテって言って施術の内容を記録する用紙だよ! それとこのカルテで名前を与えようと思ってね!」
「そのカルテという物で名を与える?」
「ゴブリンの髪の毛を混ぜて作った用紙と魔道具の筆で呪約書を作ったんだ。俺は魔法を使えないし、名前を書き替える詠唱が出来ないからね。だからこのカルテを思い付いたんだ! 後は契約者の血があれば契約出来るはずだ。異世界で言うなら……魔道名示録なのかな?」
「え? キリオ様それは……」
「え? なに? もしかしてまずかった?」
「大発明ですよ?! 凄いです! そんな事が可能なのですか!?」
「やってみないとわからないけど……とりあえず早速試してみようか!」
キリオは男性ゴブリンに確認を取る。
「始めてもいい?」
「お願いします」
「君の名前は……」
「はい」
「……君の……名前は……」
「はい……」
「名前は……」
「あ、あの先生? 随分と勿体つけますね?」
「ごめん! 考えてなかった!」
『やっべぇぇ マギカルテで頭いっぱいで考えてなかったぁぁ』
「え?」
「ちょっと待って! 今考えるから!」
「どうしようかな……」
『何にしよう……多分、今後も他のゴブリン達もきっとくるよな? 一々(いちいち)真剣に考えてたらキリないよ』
キリオは記憶を振り返り、男性ゴブリンが店へ足を踏み入れた時の事を思い出す。
「……んっ! よし! 決まった!」
「お願いします!」
「君の名前は『ナタ』だ! どう?」
「ナタ……いい響きです! ありがとうございます!」
キリオはマギカルテにナタと記入し、その用紙をゴブリンに渡し言う。
「ここに血印がほしいんだ。この針を使って」
ゴブリンは親指に針を刺し、血を少し出してキリオが指定する場所へと親指で印をしたその瞬間。
マギカルテが赤く発光し光は徐々に消えていった。
「これで君はナタになったね!」
「はい! 私はナタになりました! ありがとうございます!」
「うん! 良かった良かった! じゃぁ女性ゴブリンも名前付けようか!」
キリオは女性ゴブリンに向かってそう言った。
「え? 本当ですか? 私にも名前をくださるのですか?」
「名前が無いとこっちが不便なんだよね。だからいい?」
「構いません! むしろ光栄でございます!」
「大袈裟だな! でももう君の名前も決まってるんだ!」
「お願いします!」
「君の名前は『ナタリ』と名付ける!」
「私は……ナタリ……ありがたき幸せ!」
ナタリは片膝を突き、頭を下げる。
「あぁ……うん……気に入ったご様子で何より……」
『一々大袈裟なんだけど……気まずい』
キリオは苦笑いを浮かべる。
そして、ナタリにも血印を押してもらい女性ゴブリンの名前は「ナタリ」になった。
「よし! 今日は以上!」
その時、ナタが謝り始める。
「すいません! キリオ先生!」
「なになになに? 急に!? どしたの? 名前気に入らなかった?」
「いえ……実はその……私たちお金持ってません」
「あぁ! それね! そうだと思ってたよ!」
「こんなに良くして頂いて本当に申し訳無い」
「気にしないで! ちなみにそれを含めて今度ナタの村に行こうと思ってるんだよ」
「どう言う事ですか?」
「お前たちだけ囲ったって他のゴブリンが悪さするだろ? なら全員悪さしないようにしようと思って」
「なんと!? 先生が村に!? それは一大事だ!」
「一々大袈裟なんだよ」
「いえ! ある意味丁度いいといいますか……」
「なんかあるの?」
「実は村の長を賭けた勝負がありまして……私はそこの優勝候補でした」
「でした?」
「はい……しかし、ライバルであるツルギが強く……」
「ん? ちょっと待て? ツルギ? そのゴブリンは名持ちなの?」
「そうなのです……名を頂いたみたいでそこから飛躍的に強くなり……私では手も足も出なくなってしまいまして」
「なるほどね。それで名を欲しかったわけか」
「お恥ずかしい話です」
「いや! でも話が早いかも……お前が長になれば全ては丸く収まるよな……よし! 明日から修行しよう!」
「え!? 先生が修行をつけてくださるのですか!?」
「もちろん! そいつには勝てるようにしてやる!」
「ありがたき幸せ!」
「じゃぁまた明日来な!」
「はい! また明日伺います!」
そう言ってナタはナタリと腕を組み店の外へと歩いて行く。
「ナタリ? 子供は何人欲しい? 俺頑張っちゃうぞ!」
「やめてよ! そんなのいっぱいに決まってるじゃない!」
「ここで話すなっ! 早く帰れっ!」
キリオがナタとナタリの卑猥な話しに怒鳴り、二人は帰っていった。
そして、後ろで少し微笑むミィナがキリオに言う。
「キリオ様。最近楽しそうですね」
「そうか?」
「ええ……そうですよ」
「ミィナもありがとう」
「いえ……所でキリオ様? 何故ナタとナタリにしたのですか?」
「あぁ! それね? ここに来た時に鉈持ってたからさ!」
「………え?」
「え? ダメだったかな?」
「ちなみにナタリは?」
「ナタコと迷ったんだけどナタリにしてみた!」
「私の名付けがキリオ様じゃなくて本当によかったと思います」
「え? どして?」
キリオは異世界でようやく美容師を出来て嬉しく思っていた。