「初めてのお客様はゴブリン」
「初めてのお客様はゴブリン」
錬金術でお店を元に戻し、ゴブリンをシャンプーへ案内し、椅子に座らせる。
ゴブリンは珍しい物ばかりに戸惑いを見せつつ椅子に座る。
「椅子倒すね!」
「え? 倒す!? うお!?」
ゴブリンは座った椅子が後方へゆっくり倒れるのに驚きを見せる。
「今度は髪を濡らすね」
「こ、今度は濡らす!?」
ゴブリンはその度に戸惑いを見せる。
「お湯加減どう? 熱い?」
「あ、暖かい……これは心地がいい」
ゴブリンは漸く落ち着きを見せ始める。
そして、キリオは錬金術で作って置いといたシャンプーを手に取り泡立てる。
「今度はシャンプーを泡立てるね」
「シャ、シャンプー!? うぉ!? な、なんだこのモコモコは!?」
ゴブリンは頭の上で何かフワフワの物を感じまた驚く。
「これは頭の汚れを落とす物なんだ」
そして、キリオは泡立ちが丁度良くなった所でシャンプーをする。
シャカシャカと両手で上下にシャンプーを始めた時だった。
「うおっ!?」
突然、ゴブリンが大きな声を上げ、キリオは驚きゴブリンに聞いた。
「なに?! どしたの!?」
そして、ゴブリンがゆっくりと言葉を口にする。
「……め、めっちゃ……気持ちいい……」
「……あ、ありがとう……」
ゴブリンはシャンプーを気に入った様子だった。
そして、シャンプーを終え、鏡の前の椅子までご案内し、切った毛がつかない様にカットクロスをして、カットの準備へと入る。
「フフン!」
良き機嫌から鼻歌を歌うキリオを見てミィナが話しかける。
「キリオ様、嬉しそうですね」
「そりゃそうだよ! 他の皆んなは髪を切り終わっちゃってたし1ヶ月半も誰の髪も切らせてもらえてないんだよ? 切りたくて仕方なかったんだよね!!」
キリオは改めてゴブリンに話しかける。
「俺の好きな様に切ってもいいよね?」
「あ、あぁ……構わない」
「早速始めるね」
ゴブリンの髪はオレンジ色の様な茶髪で背中まで長さがあった。
「ん……長い髪もかっこいいんだけどな……ゴブリンに清潔感出したらもっと良さそうだよな」
キリオは以前に錬金術で作ったヘアークリッパー、通称バリカンを手に取り、魔力を送る。
バリカンが音を立てたその時、ゴブリンはまた驚く。
「うぅッ!?」
「あ! ごめん! 痛くないから安心して!」
そして、根本からバリカンを入れ、長い髪を刈り上げ始める。
「異世界には髪をセットするって文化は無いよな。だとしたら……何もしなくても髪がカッコつく感じにしないと」
頭頂部の毛は長めに残し、後ろに向かって流れる様にカットする。
「ゴブリンってよく見ると顔のホリ深くて結構イケメン要素高いよな……ゼロフェードカットにしようかな」
フェードカット。
フェードカットとは海外から来たメンズの流行ヘアースタイル。
刈り上げした時の残る生え際を0ミリからスタートする事で生え際と皮膚の境界線を無くし、グラデーションでデザインするカットの事。
「ゴブリンに存在しない清潔感をフェードカットで再現して、トップは長めにし、更に外国人風を際立たせて……」
キリオのその言葉にゴブリンは言った。
「え? 今、悪口入ってなかった?」
「え?……き、気のせいだよ!」
キリオはカットを続ける。
そしてーー
「完成!!」
ーーゴブリンのカットが終了し、カットクロスを取った瞬間だった。
「……え?」
「……は?」
鏡に写る上級ゴブリンの完成を見て、キリオも周りにいた下級ゴブリン達も口が空いたまま塞がらなかった。
一瞬だけその場の時間が止まっていたが、キリオは我に帰り、衝撃を受ける。
「いや! 待て待て待て……誰お前?」
上級ゴブリンは髪を切っただけで何故か顔が大きく変わり、別人になっていた。
「こ、これが……ほ、本当の俺なのか…?」
上級ゴブリンは徐に立ち上がり、鏡の前で何度もポーズを取りながら確認し、言葉を漏らす。
「俺……めっちゃかっこいいじゃん……」
その状況を見てミィナが言った。
「キリオ様……多分ですが魔力が減っているのではないですか?」
ミィナの言葉にキリオは確認した。
「言われてみれば……確かに魔力のパンパンに張ってる感じがしないかな?」
そして、ミィナが予測を立てる。
「恐らく名前を与える儀式と近しい物が働いてるのかも知れません」
「どういうこと?」
「キリオ様も異世界へ来た時に師匠から名前を貰いましたよね?」
その時、キリオは苦笑いを浮かべて思い出した。
「あ! アルタイルの名をもらった時のあれか!」
キリオは師匠に名前を貰い、何か制限されていた物が解き放つ感覚を思い出した。
「そうです。魔力量の高い方が名前を与えるとそれに対して魔力量が上がります。それに近い物だとは思うのですが……しかし、こんな現象は初めて見ました」
「今まで髪切った仲間は皆んな魔力が高いから起こらなかったけど……俺が切ると毎回こうなるって事?」
「だと思います」
「……え? めっちゃいいじゃん! これを売りにして行こう!」
その時、上級ゴブリンがキリオに言った。
「な、なぁ……」
「ん? どした?」
「お、俺に名前をくれないか?」
「は? 俺が!?」
「あぁ……頼む……」
上級ゴブリンの言葉に下級ゴブリンが騒ぐ。
「兄貴!? 俺達は人間にずっと殺され続けて来たんですよ!? 家族だって、子供達だって! それも増え続けると言う理由だけで!! それを何故人間に名を求めるのですか!?」
「うるせぇ!! お前らもこの方の力を見ただろぉ!? そして、何よりも! この方は俺達を殺さなかった! 更には散髪ご慈悲まで下さった! 恩を返したいとは思わないのかよ!」
「……すいません」
上級ゴブリンはキリオに向き直り、改めて頭を下げる。
「どうか! 俺に名前をくれないか!」
「いや……小鬼達絶対悪さしかしないじゃん」
「俺は今回あんたに感銘を受けた! 誓って言う……悪事はもうしない!」
「ん……」
キリオは考える。
確かに治安が良くなるのはいい事だ。
更に、これからも来店してもらうにあたって名前が無いのは不便である。
1番のメリットはゴブリン達の村が近くにあるなら、交友関係を築けば更にお客様の動員を増やせるのではないかと、キリオはそう思い条件を出す事にした。
「条件がある」
キリオの言葉にゴブリンは唾を飲み、次の言葉を待つ。
「髪が生えてる仲間の髪を俺に切らせろ! 以上だ!」
キリオのその言葉に近くにいたミィナは微笑み、ゴブリンは驚いた。
「なっ!? そんなことでいいのかぁ!?」
そして、キリオは頷き言う。
「それでいい……いや……違うか……」
キリオは言い直した。
「それがいいんだ!」
そして、キリオはお客様を紹介してもらえる事になった。
「じゃぁ……カットのお代は5000ルイになりまぁす!」
「あ……すいません。俺、金もってないっす」
「はぁあっ!?」