「アンカー・ベガ」
「アンカー・ベガ」
「もう、ハァハァ……無理……ハァ、限界……」
「わ、私も……こ、これ以上は……」
ウィルとミィナはプロンの作ったトレーニングメニューに疲れ果て、満身創痍の状態だった。
「僕達まだかかりそうだから先帰っててもいいよ?」
ジムが見かねて二人にそう言った。
「う、うん……そうしようかな……」
「はい……私も今日は先に上がらせて頂きたいと思います……」
フラフラと左右に肩を揺らし、二人は訓練場を後に自室へと帰った。
「キリオは後何残ってるの?」
「全部!!」
「ごめん! 聞いちゃダメだったね……えへへ……」
「でも終わらないからジョギングしようかな」
「なら一緒に外で走らない? 学園の庭はかなり広いんだ!」
「お! いいね! 行こう!」
キリオとジムは移動し、学園の外周を走る。
「どう? キリオは異世界には慣れてきた?」
「まだ正直実感ないと言うか、どっかで簡単に戻れたりするんじゃないかって半信半疑なんだよね……」
「そうだね……僕も、そう思ってた時があったな。でも、今はこの世界が結構好きになったから僕はもう戻りたくはないかな」
「そうなんだ。俺がそう思うにはまだまだ時間がかかりそうだな」
「何か大事なもの置いてきたの?」
「まぁね……俺、結婚を約束した彼女がいたんだよね……だから置いてきちゃった物、やり残しがいっぱいあったんだ……ジムはそう言うの無いの?」
「僕は無いかな! どちらかと言えば日本では不甲斐ない自分に嫌気がさしてたからね! ちょうど変わりたかったから異世界へ来れて良かったと思ってる!」
「ジムは異世界が楽しそうだもんね!」
「うん! 憧れてたしね!」
「ジムは学園卒業したらどうするの?」
「もちろん冒険者になるよ! いろんなダンジョン行って攻略して、漫画やアニメ、ノベルの様な創作物の事をやってみたい!」
「良いねそれ」
「キリオも一緒にダンジョンとか行こうよ!」
「俺はその前にやりたい事あるからさ」
「あ! もしかして!」
「そう! 美容師!!」
キリオは話しを続ける。
「この世界は師を司る職業が沢山あるのに美容師がだけが無いからね。この世界で初めての美容師を俺は作りたい!」
「じゃ! お店出すの?」
「そうだね! 卒業したらお店を出したいね! その時はシリスに……」
キリオは少し考えて言葉を改めた。
「いや……シリスじゃぁ使い物にならないか! プロンさんの協力を仰いで卒業したらお店を出すよ!」
「あははは! シリスさんじゃ頼りないもんね!」
「日本で出来なかったからね。開業だけは必ずやりたい……」
その後、二人は夕方になるまで走り続けた。
「き、キリオ……ハァハァ、今日はもう……こ、この辺に……ハァ……しないか?」
ジムは近くにあった草むらで崩れるように転がった。
「あ! 俺異世界だと馬鹿みたいに体力あるんだった! ごめん! 忘れてた!」
「マジ……ハァ、キリオ……バケモンだよ……ハァ……」
「少し、休憩しようか」
「……そ、そうして!」
キリオはジムが寝そべる横へ腰を下ろす。
ジムは水魔法で水を手の平で作り出し、それを飲んでいた。
「キリオも飲む?」
「ありが……」
しかしその時、キリオは貰うのを踏み止まった。
『 ん? 待てよ? これって飲めるのか? 水魔法は大気中の水素をかき集めたもの……まさか!? 雑菌だらけなんじゃ無いのか!?』
「……そ、それ……飲める物なの?」
「え? どうして?」
「ほら……大気中って……ウィルスとか雑菌とかさ……」
「そんなの気にしてたらこの先を生きていけないよ!?」
「う……た、たしかに……」
キリオはジムの手の平で浮いている球体の水を飲んだ。
「うぉ!? う、うまい!?」
「でしょ!?」
「なんで!?」
「キリオがそう言うから一回炎魔法で熱して消毒を施してから冷やしたんだよ!!」
「おお! 助かる!!」
「それにしても……疲れたなぁ!! これからこんな毎日か……」
「ジムは俺よか楽しい学園生活になるだろ!?」
「まぁね……あれ? 誰かいる?」
その時、ジムは向かいにある花園の観賞用スペースのベンチで誰かが座っていることに気づいた。
「そりゃ誰かしらはいるだろ?」
ジムの言葉にキリオはそう言い。
後ろ姿から女性なのは確認できる。
「ちょうどいい! 最近練習頑張ってる魔眼を使うとしょうかな!」
「あぁ……なんていうか、魔眼言うと厨二病感めっちゃ増すな」
「えへへ! カッコいいでしょ?」
「いや、羨ましくはないよ? で? それ使うと何がわかるのさ?」
「まだ僕は練習段階だからね! 纏う魔力しか見えないんだよね! 魔眼のレベルが上がれば形や、性質とか他にも色々出来るらしいよ!」
ジムは自分の左目に手を覆い被せて、魔力を眼球に送る。
「どれどれ……」
左手を戻し、眼を開く。
ジムの赤色に発光する眼がベンチに座る彼女を捕らえた。
「……え!? な、なに……あれ?」
ジムが眼にした物は、暗い紫色に放つ禍々(まがまか)しく放つ魔力だった。
「どうした? ジム?」
驚きを見せるジムにキリオは聞いた。
「わ、わからない……でも……あ、あの子は何かがお、おかしい……」
それはジムだけが感じる悍ましい魔力だった。
「い、いったい……なんなんだ……」
その時、少女は立ち上がり帰ろうとしていた。
そして、その帰る間際でジムとキリオに気付き、目が合う。
「っ!? あ、あの子……」
体は小柄、身長も低く、白のワンピースに白の髪、とても可愛らしい風貌、夕陽が沈み、茜色の空をバックに少女は帰る。
その印象はとても幻想的でジムの記憶に衝撃を与えるほど綺麗な景色。
まるで一瞬、時間が停まった様にも感じていた。
しかし、その彼女の眼はどこかとても冷たい、冷め切った眼をしていた。
「……アンカー・ベガだ……」
「あの子がジムの言ってた五大選使候補の治癒師アンカー・ベガなのか?」
「う、うん……でも……治癒師は光の魔法種に分類される。あんなに禍々(まがまが)しい魔力を治癒師が持てるはずがないんだ……」
「何かあるってことか?」
「僕の魔眼のレベルが上がればもっと何かわかるかもしれない……ちょっと色々調べる必要がありそうだ」
その後、夕食を終えたキリオとジムは王都アルデバランで誇るアルデバラン学園の図書館にいた。
「ごめんねキリオ……手伝わせちゃって」
「いいよ……ジムには世話になってるからな! で? どうよ? なんか成果はあった?」
本を読みあさり、ジムは魔眼について、キリオは黒く放つ紫色の魔力について調べていた。
「どうやら……魔眼は送る魔力の性質を変えればもっと見える物が増えるみたいなんだ……ただ……」
「ただ?」
「眼の神経経路、毛細血管から脳へ魔力を送るみたいなんだけど……その過程で神経情報乃接続構造に膨大な負荷がかかるみたいなんだ」
「ん? ご、ごめん……何言ってるかわからない」
「要するに針の穴に糸を何本も通す魔力操作をしっかり行わないと失明するってこと」
「はぁ!? それまずいじゃん!?」
「そうなんだよねぇ……独学でやるには少しリスクが高いみたいなんだ。プロンさんにでも聞いてみるかな……で? そっちの成果は?」
「文献が多すぎて特定までは辿り着けてないけど……おそらく……呪いに近い物じゃないかと思うんだよね」
「呪い?」
「うん……この文研読んでみろよ」
「……呪いを受けた場合、魔力の色が変わる事がある……か……なるほど……その線で探してみようか」
「そうだな……」
「今日はこの辺にしとこうか! トレーニング後だったから疲れちゃったよ! それに、僕の魔眼操作を強化すればもっとわかるかもしれない!」
「わかった! じゃぁ今日はもう帰るわ! お疲れ!」
「うん! お疲れ様!」
ジムは一人残り考えていた。
『でも、アンカー・ベガに呪いがかかっているのだとしたら五大選使が気づかないはずは無いんだだよなぁ……明日プロンに聞いてみようかな』