「ミィナ」
「ミィナ」
翌日ーー
「……あ……お、起きなきゃ……」
キリオはカーテンから差し込む朝日に目を覚まし、上体だけを起こし、腕をベットに着いた。
しかし、その瞬間だった。
……ムニュ……
「……え?……ム、ムニュ?」
『な、なんだ!? こ、この柔らかさは!?』
恐る恐る手で握った物体を見た時だった。
「ぎゃぁぁああああああああ!!!!!」
そこには見知らぬ女性がベットで寝て居た。
キリオは余りの驚きにベットから転げ落ち、キリオの叫びを聞きつけ、慌ただしくシリスが部屋へと入ってくる。
「キリオどうした!? 敵襲かぁ!?」
ベットに寝ている見知らぬ女性、そして下着姿のキリオを見てシリスは言った。
「キリオ何してんだ?」
「見ればわかるだろ!! あまりの驚きでベットから落ちたんだよ!!」
「いや……どう見ても今から始めようとしてただろ?」
「何をだよ!!! そ、そんなことより!! この女の人誰!? 気づいたら居たんですけど!?」
「は? 昨日の黒猫だろ? 何バカなこと言ってんだ!?」
「はぁ!? 黒猫!?」
「お前気づいてなかったのか?」
「ど、どいうことだよ!?」
「獣人族だよ」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待って!? みんな知ってたの!?」
「普通だろ?」
「いや! しらねぇし!!」
『あ! ジムの野郎!! 知っててベットで一晩見てとか言いやがったなぁ!?』
余りの騒がしさにようやく女性が起きた。
「お、おはようございます……」
シーツで裸の体を隠し、起き上がった女性は改めて口を開いた。
「た、助けて頂き、本当にありがとうございました」
「……あ、い、いえ……す、すいません」
何故かキリオは顔を赤らめて謝罪をいれる。
そして、女性が口を開く。
「……み、見ての通り、私は獣人族の猫です。まだ野良の為に名前は無いので猫で結構です。そ、それと…何か洋服を見せてはいただけないでしょうか? 裸のままでは……さ、さすがに……は、恥ずかしいので……」
猫は顔を赤らめてそう言った。
それに対して、シリスが答える。
「あ! すまない! 今持ってくる!」
シリスは黒のワンピースを持ってきた。
「今こんなのしか無かったが、こんなのでもいいか?」
「すいません……ありがとうございます」
そして、猫はシリスが持ってきた洋服を凝視した。
その時、目の色が光り、体から黒色の猫毛が生え、洋服の形へと変化し、シリスが手に持つ同じデザインのワンピースへと形を変え、それを見てシリスが驚いた。
「おお! お前魔法が使えるのか!?」
「はい……これだけしか出来ませんが……」
「いや、大したもんだ! 獣人族で魔法が使えるのは貴重だぞ!」
「ありがとうございます……あ、えっと……」
「あ! あたしはシリスだ! シリス・アルタイル! それと今、襲おうとしてたコイツはキモ男だ!」
「やめろこのバカ!! 誤解するだろ!? 俺はキリオだ!」
「キリオ様? 改めてありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
そして、シリスが口を開く。
「取り敢えず! 飯だ! 話はそれからだ!」
シリスの提案で朝食を食べ始めた時、シリスが聞いた。
「で? 何で追われてたんだ?」
「はい……私は奴隷として搬送されてました」
「やっぱりな」
最初からわかっていたシリスを見て、キリオ聞いた。
「え? なんでわかってたの?」
「常識だバカ! 獣人族は奴隷として数多く売り飛ばされるんだよ」
「まじかよ」
「で? 猫はこれからどうするんだ?」
「……行く宛は特にはありません。故郷の氷京を目指してまた野良生活かと思ってます」
「また拐われるぞ」
「仕方がありません。武力の無い獣人族はそれが運命ですから」
その言葉を聞いてキリオが口を開く。
「俺……報われないの嫌いなんだよな……」
その言葉にシリスが言う。
「じゃ、お前が責任取れば? 取れるならもんならな」
「取れるなら取りたいとは思う……でも今の俺じゃ……」
今のこの世界でキリオは何も持ってなかった。
財、この世界で生きていく知識、常識、方法、今のキリオは異世界人と言う恩恵の元でシリスに拾われているにすぎない。
そのキリオを見てシリスが溜息を一つつき、口を開く。
「……はぁ……弟子の想いを汲み取るのも師匠の仕事だ」
「何かいい方法があるのか?」
「猫よ……お前魔法師になる気は無いか?」
「え? わ、私がなれるのですか?」
「お前の頑張り次第だがな」
「や、やります! やらせてください!」
「あたしはその門までしか連れて行けない。後はお前次第だ」
「はい!」
朝食を食べ終え、シリスは猫をプロンの所へと連れて行った。
「プロン! すまん! 邪魔をする!」
勢い良く扉を開け、大声を出すシリスにプロンは一瞬だけ確認し、実験に集中しながら言った。
「あら? 百合が咲いたのかしら?」
「んなわけ! あたしはデカいの好きだ!」
「あなたの癖は聞いてなくてよ」
そう言ってプロンは何故かキリオの下を見ていた。
「プロンさん! 見る所違うってぇ!!」
「あら、ごめんなさい。シリスを満足させてるのか気になっただけよ。それで? 今日は何のよう?」
プロンの質問にシリスが答えた。
「悪くない迷子を拾った」
「ついに奴隷商になったのね。落ちた者だわ」
「弟子の頼みみたいなもんだからな」
「……あらそう」
『シリスが他の人の為に動くなんて……まだまだ成長するものね』
「取り敢えず適性を見てくれ。魔法が使える獣人族は悪くないはずだ」
「そうね。とても珍しいわ……猫ちゃん? こちらへいらっしゃい?」
「あ、はい」
プロンに誘導され、猫は水晶の前に立った。
「水晶に触れて」
「はい」
そして、プロンが魔力を送り、水晶が光りだし、覗き込み適性を確かめる。
「……あらやだ。魔力量は並だけど……戒現値が異常に高いわ。これは掘り出し物よ」
その言葉にシリスは後押しする。
「なら弟子にはもってこいだろ?」
「そうね……でも2人の弟子は少々骨が折れるわね……2、3聞きたいのだけれども、いいかしら?」
「あ、はい」
「あなたは魔法で何かやりたい事はある?」
「……私は……」
猫は考える。
そして今、目先でどうしてもやりたいことが一つあった。
「今の私には何も物ありません。しかし……恩を返したい……魔法を教えて頂けるのなら……私は恩を魔法で返したいと思ってます」
プロンの目を見て猫は言葉を続ける。
「私達、猫は恩を一生忘れる事はありません……助けて頂いたキリオ様、家に置いて下さったシリス様……私は一生をかけても恩を必ず返したいです!」
「とても厳しいわよ? 構わないかしら?」
「構いません……」
記憶を振り返り、猫は言葉を綴る。
「……私はあのまま死んでいたかもしれません。もし、生きながらえたとしても、その先に生きる喜びは無かったと思います。しかし、2人は私を見捨てないでくれました。……私は2人に答えたいです」
プロンは猫の熱意を感じ心を決めた。
「……いいでしょう。片膝ついて頭を下げなさい」
猫は言われた通りにし、プロンは一呼吸置いて詠唱を唱えた。
猫の足元に魔法陣が浮かび上がり優しく発光する。
「汝、由来から授かりし恩恵を今一度詠み刻、終焉を迎えん……度重なる刻、想重なる刻、世過ぎ共に敬愛なる言霊…我、プロン・デネブが今、揮毫し、謳おう……汝の名は……ミィナ・デネブ」
光が体を包み込み溶けるように消えた。
「有り難き名を頂き本当に感謝します」
「ミィナ顔を上げなさい」
「あ、はい」
その瞬間、プロンは急にミィナを抱きしめた。
「え!? あ!? プ、プロン様!?」
「私、子猫ちゃん大好きなの」
ちょうどその時、騒がしさにジムが2階から降りてきた。
「師匠? 何の騒ぎですか? ……ってあれ? みんな居る」
現れたジムにプロンは言う。
「ちょうど良かったわ。たった今あなたに妹弟子が出来たの」
「ミィナ・デネブと申します! よろしお願いします!」
「あぁ、昨日の猫の子か! よろしく! 魔法の適性があったんだ? よかったね!」
「はい!」
そして、ジムは嫌らしい笑みでミィナに聞く。
「で? 今朝は大丈夫だった?」
「え? 何がですか?」
唐突にキリオが大声を上げた。
「おい! バカ! てめぇやめろぉ!! しかもお前わかってただろぉ!?」
「ん? 何のことかなぁ?」
とぼけるジムにキリオは言う。
「てめぇ……」
キリオは眉間に皺を寄せ、ありったけの力を拳に込める。
「キリオ? 常識だよ?」
「はぁ……はいはい……その通りですね」
キリオは無知故に痛感し、受け入れた。
今の自分には何も責任を取る事や、この世界で生きていく強みがない。
キリオはわかっていた。
だからこそ小さな思いだけはあった。
『漫画の様に切り替えて順応出来るなんて事、俺には無理そうだな。主人公ではないんだから。劣等感ってここまできついのか……でも、この世界で美容師ができれば、美容室を開ければ、自分で生きてく事ができるかもしれない。いや、俺にはそれしか無いのかもしれないな』
その時、キリオは気づいた。
『ん? ちょっと待てよ……調理師があるなら美容師はどうなんだ? あるのか?』
唐突にキリオは皆んなに聞く。
「な、なぁ? この世界に美容師ってある?」
その言葉にシリスが言った。
「なんだそれ? うまいのか?」
「お前に1番聞いてねぇよ!」
次にプロンが答えた。
「そのような師の職業は聞いた事がないわ」
そして、ジムが答えた。
「髪を切る人達はいるけど、知人だったり、誰かの親だったり、切れる人にお願いしてる感じだね! 考えてみればこの世界に美容師はないよ!! え? キリオ美容師なの!?」
「あ、うん」
プロンがジムに聞く。
「美容師とはなんなのかしら?」
「髪を切り、デザインする仕事ですよ!」
「そう……髪を……デザイン……」
プロンは少し考えて言った。
「シリス? あなた切られて見なさい!」
「はぁ!? なんであたしなんだよ!? おかしいだろぉ!?」
「私は是非! 切られてみたいわ! しかし、まずは見ないことには無理だわ!」
「おい! 人を実験として使うなぁ!!」
その時。
「僕切ってほしい!!」
手を上げたのはジムだった。
それを見てキリオは言う。
「え?! いいの!? 髪切らせてくれるの!? 本当にありがとう! めっちゃ嬉しい!」
キリオは余りの喜びに興奮する。
しかし。
「……って言っても……鋏が無いんだよねぇ……」
そのキリオにジムが明るく答えた。
「何言ってんのさぁ!! キリオ錬金術師だろ!」
「あ! 俺鋏を作れるのかぁ!?」