「青空美容室」
「青空美容室」
そして、皆が待つ部屋に戻ったキリオは急に慌しく、準備をしていた。
それを見ていたナタがキリオに聞く。
「先生いかがされましたか!?」
「準備だよ」
その答えではわからず、ミィナが聞く。
「なんのですか?」
「本業の」
更にツルギが聞いた。
「錬金術師のでしょうか?」
それを聞いてジムが口を開く。
「美容師のだよ! でもいったい誰の髪切るのさ?」
「フール」
その言葉にツルギが驚いた。
「な、なんと!? 立ち直られたのですか?」
「いや……」
キリオは少し考えて言葉を続ける。
「でも……あいつは必ず来ると思うよ……ミィナ手伝って」
ミィナは少し吹っ切れたキリオを見て嬉しく思い、笑顔で返事をした。
「はいっ!!」
外に出て、エルフ族の警備員に場所を聞き、河原に向かった。
そしてキャンプが出来そうな広場を見つけ、キリオは準備を開始する。
「良い天気!! 散髪日和だな!」
その時、近くにあった大きい木を見てキリオは驚いた。
「お!? バオバブの木じゃないかこれ?」
それを聞いたミィナが聞く。
「この木何の木なのですか?」
「良い聞き方だね! これはね! 精霊の宿る木って言われてるんだけど、この木から取れるオイルの性質が人間の油に近くて、良く馴染んで髪に凄くいいんだ! 早速使おう!!」
キリオはミィナに指示を出し、水と熱魔法でオイルを取り出してもらい、次いでにバオバブの枝を燃やして灰にもしてもらった。その間にキリオは錬金術で作った石のボールに塩とエルフの村から貰った卵を入れ、かき混ぜる。
それを見ていたジムが聞いた。
「キリオ何してるの?」
「シャンプー作ってる」
「は?」
「シャンプー」
「いや、それ料理の間違いでしょ?」
「バカだな! 卵には高分子コロイド物質が入ってて汚れと結合して取ってくれんだよ!」
「いや、知らんし!」
「んで! 塩が重曹の役割をしてくれて、更にこの灰は汚れを落とす界面活性剤の役割をしてくれる! そして、最後にミィナが取ってくれたバオバブオイルを入れれば! 完成!! 何ちゃってバオバブシャンプー!!」
「おお!……凄いな」
ジムは改めてキリオの美容師としての要素に感動した。
しかし、ある疑問を投げかける。
「あれ? トリートメントはないの?」
その言葉にツルギが聞いた。
「シャンプーとトリートメントとは何ですぞ?」
「シャンプーは髪の汚れを落とす物でトリートメントは髪の毛を整えてくれる物だね」
「……ほう……」
今一、理解できていないツルギだった。
そして、キリオがジムの質問に答える。
「簡単だよ? 単純に灰を入れず、オイルだけでもトリートメントになるよ!」
その時、ナタがキリオに聞く。
「しかし、どこでシャンプーをするのですか?」
その言葉にミィナがナタに言う。
「キリオ様を誰だと思ってるんですか?」
ミィナのその言葉にキリオは苦笑いを浮かべつつ、川岸で錬金術を発動。
右手に左手を添えた状態で地面に触れ、その瞬間に錬成光が瞬く間に発光した。
地面にある様々な成分を使い、椅子を作り、シャンプー台も作り、銅を使って鏡を作り、木を使って装飾をデザインし、葉を使ってクッションやクロス、タオルなどを作り出した。
「こんなもんだろ!」
青空美容室が完成した。
「みんなもシャンプーするだろ?」
キリオはそのセリフを言ってから仲間達に振り返った時、既に全員が手を挙げていた。
「…………ぶっぶははは!!」
キリオは呆気に取られ、笑った。
そして、まずはシャンプーを経験したことがないツルギをシャンプーする事となった。
「ツルギ、座って」
言われるがままツルギは座る。
「じゃぁ椅子を倒すよ?」
「え?! た、倒すとは!?」
初めての経験でツルギは一々驚きを見せる。
そして、葉で作ったフェスペーパーを顔に乗せた。
「本当はシャワーヘッドに炎の魔術刻印を入れてお湯作ったりするけど、今回はめんどくさいからミィナに頼むわ!」
キリオのその言葉にミィナはシャンプー台の中で水と炎魔法でお湯を作り出し、キリオは湯を使ってツルギの髪を濡らし、先ほど作ったシャンプーをつけて泡立てる。
泡立初めの感覚にツルギは驚いた。
「どぉっ!?」
キリオもゴブリン達の反応に慣れ、気にせずシャンプーに移ったその時だった。
「ウッォォォオオオオオ!!!!」
ツルギの余りの雄叫びにビックリしたキリオは驚きでシャンプーの手が止まる。
「え!? 何!? 急に!? どしたのっ!?」
そして、ツルギは静かに言った。
「……や、やめないでください……」
余りの腹立ちにキリオはツルギを力一杯に殴った。
「え!? 何故殴ったのですか!?」
「腹たった……」
そして、みんなで楽しく過ごしていた時だった。
そこにフールが現れ、キリオは優しく言葉をかける。
「ちゃんと来たな? 準備は終わってるぞ!」
「あぁ……頼む」
「じゃぁ、まずはここに座ってくれ」
フールはボサボサだった髪を簡単に結んだ状態で現れ、キリオに案内されるがまま、鏡の前への椅子に座った。
『……ん? だ、誰?……」
気づけば目の前に知らない女性が居た。
「……あぁ……私か……』
フールは鏡に映る自分を見て一瞬自分だと気づかなかった。
認識が遅れる程にフールの顔は疲れ果て、瞳もうつろ、見るに耐えない状態だった。
そして、キリオが話しかける。
「バッサリいくだろ? 気持ちもスッキリするぞ」
「……。」
フールはその言葉に少し、悩んだ。
悩は昔にザーコがフールの髪を好きと言ってくれていたのを思い出したからだった。
『……ザーコ……』
フールはしばし、自分の髪を見つめ、その時の思いを噛み締め、そして言った。
「お願い」
「わかった! で? 髪型はどうする?」
「任せるわ」
「了解! じゃぁ移動して!」
そして、キリオはシャンプーへと案内し、フールは初めての事にあたふたしながら、椅子を倒され、寝かせられ、フェスペーパーを被せられた。
ミィナにまたお湯を作ってもらい、シャンプーの泡立てが始まった。
しかし、キリオは少し苦戦していた。
『耳めっちゃ邪魔だな……』
エルフ族は耳がとても長く、キリオにとっても初めての経験だった。
そして、気になったフールはキリオに聞く。
「これは何をしているの?」
「これはねぇ! シャンプーって言って頭の汚れを落としてるんだよ」
「へ、へぇ……そう」
その時、フールの長い耳に泡が少し付いてしまった。
「あ! ごめん! 泡を取るね!」
キリオがフールの耳に触れた瞬間だった。
「きゃっ!!」
フールが悲鳴を上げた。
「ご、ごめん! 痛かった?」
フールの悲鳴にキリオは慌てた。
そして、フールがフェスペーパーを少しめくり、顔を赤らめてキリオに言う。
「み、耳……よ、弱いのよ……だからや、優しくして?」
「……。」
『言葉ベッドの上で使うセリフな……』
キリオは異世界人のシャンプーにいい加減疲れて来ていた。
その後、シャンプーに移り、フールはシャンプーの気持ち良さ故に悲鳴の様な喘ぎ声を上げた。
横で見ていたミィナが顔を赤らめ、ジム達は笑いを堪えるのに奮闘していた。
そして、カット席へと戻った時、フールはまるで何か激しい事を終えた後の様な表情でキリオに言った。
「……ハァ…ハァ……キ、キリオ……す、凄かった……」
「その顔やめろぉ!」
確かにキリオとしてはシャンプーで気持ち良くなって貰いたい思いでシャンプーをしているのだが、異世界人の住人達は何故かキリオの求める反応が返ってこない。
ましてや、過剰な反応を見せる余りにシャンプータイムが穢れるとさえ思っていた。
「もういいから早く髪切るぞ! エルフの髪切ってみたかったんだから!!」
そして、キリオはエルフの髪を切りたい余りにカットへと馳せる。
『気持ちもスッキリさせるならショートだな! とりあえず襟足はかなりスッキリさせようか……』
キリオはそう思い、いつも愛用するチタンで作った鋏で切ろうした。
しかし、その時だった。
「え!? なにこれ?」
何故かフールの髪が切れなかった事に驚いた。
「え? なんで? うそ!? 切れない?」
決して硬くて切れないわけではなかった。
それとはむしろ逆の柔らか過ぎて切れなかったのだ。
慌てるキリオに疑問を抱き、フールが聞いた。
「ん? どうしたの?」
「え? いや、それがさぁ……切れないんだよね」
「あ……言い忘れていた」
「え?」
「エルフ族の民は精霊の恩恵を受けている為に精霊から清められた物でしか髪は切れないんだ」
「はぁ!? なんじゃそりゃ!? 気軽にオシャレ楽しめないじゃん!!」
「他に鋏は無いのか?」
「他の鋏って言っても……あ!」
鋏を収納するシザーケースをあさっていた時にオレンジ色の結晶で輝く鋏を見てキリオは理解した。
「……もしかして……結晶鋏ならいけるのか?」
試しにキリオは切ってるみることにした。
櫛で梳かした髪の束を左手の指で支え、右手に持つ結晶鋏を開き、親指に力を軽く入れ、髪の1束を切ったその時だった。
「……おお……」
キリオは余りの衝撃に驚いた。
衝撃は鋏から右手へ伝わり、右手から全身へ駆け巡り、そして、脳へと快感が電撃の様に走り、感動が伝わってきた。
しかし、感動衝撃的な感覚とは裏腹に、まるで空気を切っているかの様な繊細な柔らかい感覚。
鋏の音とはとても思えない甲高く、透き通る様な綺麗な音が開閉時に静かに鳴り響き、キリオはその全ての感覚に感激した。
「……な、なんだよこれ……す、すげぇ……」
キリオは美容師をずっと務めてきた中でここまでの感動は初めてだった。
「……た、楽しい!!」
思わず、言葉が漏れてしまう。
そして、その時気づいた。
『この結晶で鋏剣を作れなかった理由はこれなのかも……』
そして、フールが言葉を口にした。
「鋏なら切れる様ね。後は頼むわ」
「任せとけ!」
そこからキリオの手捌きが変わった。
『エルフの髪、特有の柔らかさを生かして、妖精のイメージのショート……襟足はタイトにしっかり閉めて……段で柔らかさを表現……更に女性らしさの為、もみあげは長さを残して……』
少なからず、キリオ自身の魔力補正もあった。
しかし、結晶鋏の高魔力補正で切れば切るほどフールの状態は瞬く間に回復いく。
そして、カットが終わり、スタイリングに入った。
「完成っ!!」
キリオがカットクロスを勢いよく外し、改めて確認したフールは余りの驚きに言葉が漏らす。
「……うそ……こ、これが……私なの?」
切る前に見た疲れ切った顔も、輝きが無い瞳も、整えられていない髪も、鏡には無く、見違える程に綺麗になったフールが目の前の鏡に映っていた。
「どう?」
キリオがフールに感想を聞く。
しかし……
「……。」
フールは俯いたまま何も言わない。
「……どうした? 大丈夫か?」
「……う、うん……」
その時、キリオは気付いた。
フールが俯いている理由に。
そして、一言キリオはフールに聞く。
「見せたかったか?」
フールは膝の上で握る自分の手の上に沢山の涙を溢し、そして、言った。
「う、うん……ザ、ザーコに……今私をみ、見せたかった……」
しかし、その時だった。
キリオの意識とは別にキリオの口から言葉が漏れる。
「とてもお綺麗ですよ」
その言葉にキリオは驚いた。
「……え?」
『な、なんだ今の? 確かに綺麗と思っていたけれど……俺の言葉じゃない?』
「……え?」
フールもそのキリオの違和感に気づき、驚いた。
しかし、フールは感覚的に理解した。
だからこそ噛み締めてキリオに言う。
「……あ、ありがとう……本当にありがとう……」
その時、フールもキリオ自身も何故か心に引っかかる物が取れた感覚があった。
ザーコの言葉と思う事で納得できる違和感。
2人にはその他に理由など無くて良かった。
そう思う事でキリオのザーコの汲み取りも、フールの救済もザーコの願い其の物で、2人はザーコと思う事で心が青空の様に晴れたからだった。
「……俺もありがとう……」
この日はキリオとフールにとって、本当の青空美容室になった。