「ジークスパイダー」
「ジークスパイダー」
気づけば辺りは暗くなっていた。
しかし、輝きを放つマナの大樹の光でその周辺は昼間の様に明るく照らされている。
到着したところでフールが一言呟いた。
「無事に着いたわね」
マナの大樹を目の前にキリオは改めて驚きを見せる。
「で、でけぇ……」
『空いた口が塞がらないとはこういう時に使うのだろうな』
そして、目の前にはマナの大樹の根に侵食され、口を開けるかのように遺跡の入り口があった。
「あそこが入り口よ」
フールが更に言葉を続ける。
「……改めて凄いわ……ここまで来るのに戦闘を全て回避出来たのは大きいわね」
「お前のおかげだな」
キリオは自分の頭にしがみつくマナークウルフの子供にそう声をかける。
キリオ達はここへ辿り着く道中、魔物の匂いを察知し吠えるマナークウルフの子供を使い、魔物との戦闘をせずにマナの大樹へと来ることが出来ていた。
そして、マナークウルフの子供はキリオに褒められたのを理解し、長い尻尾を激しく振り、喜びを表現していた。
しかし、余りの激しい尻尾の振りにキリオは顔面を尻尾で叩かれていた。
「痛いって!」
そこでジムがキリオに言う。
「名前つけたら?」
「……名前つけたら情で売れなくなるじゃん」
「もうそうなりつつあると思うけど」
「いや! 俺は売るぞ! そもそもあんなにデカくなる犬なんて飼うことができるのか?」
「飼うよりは使役や契約じゃない? 獣魔術師が居るぐらいだし」
「契約になるのか……めんど」
「その言い方! もう売る気ないじゃん!」
「そ、そんなことは……」
『いや! 俺は売りたいはずだ!! きっと……』
そんな会話を続けながらマナの大樹の根に絡まる遺跡の入り口へと進み、キリオ達はダンジョンの中へと入る。
そしてその時だった。
キリオが遺跡に足を踏み入れた瞬間に激しい耳鳴りを感じる。
「いっ……てぇ……」
『なんだこれぇ!?』
その様子にジムが気づいた。
「キリオどうしたの?」
「いや……耳鳴りが」
「耳鳴り? でもたまになるよね?」
「まぁ……確かに」
『そんな優しい耳鳴りじゃなかったんだけどな……他のみんなも大丈夫そうだし、たまたまか?』
そして、遺跡の中に入ると黄色に淡く発光する緑の石が道を明るく染めていた。
キリオは疑問に思い聞く。
「この鉱石なんで光ってんの?」
その言葉にザーコが答えた。
「これはダンジョンの魔力に石が反応して明るくなっているんです。しかし、微量の為に採掘するとただの石戻るんですよ」
「そうなんだ……」
『これで錬金術使っても意味なさそうだな』
そして、全員は警戒しながら道を進み、ジムがフールに聞いた。
「内部探索はどのぐらい進んでるの?」
「この先に開けた所がある。そこで変異種のガマトカゲと遭遇し、精鋭隊の仲間が一人死んだ」
「強かったんだね」
「いや……私達が甘く見ていた所為だ……いや、違うか……私自身が甘く見ていたんだ。倒せない敵ではなかった……しかし、油断した」
そこでザーコが間に入る。
「あれはフール様の所為じゃありません! 気を落とさないでください!」
「わ、わかっているわ」
道を進み、フール達がガマトカゲと戦闘になった少し広い空間に出る。
そして、キリオは目の前の光景を見て驚いた。
「うっ!?」
それは悲惨なものだった。
ガマトカゲの数え切れない無数の死体。
周囲には血の匂いが充満し、床には真っ赤に染まった血が水たまりを作っていた。
「まだ生き残りがいるかも知れません。警戒してください」
ザーコがそう言い、ジムが言葉を口にする。
「これは相当キツイ戦いだったんだね……斎戒処理も出来なかったのが見てわかるよ」
「面目ないですが、まさにその通りなのです……」
「僕出来るけど処理する?」
「よろしいのですか?」
「うん! 任せて!」
ジムは両手を広げ詠唱を唱える。
「語る斎戒……終へてガフの道筋を光芒が示す……絶えた刻、響後末々にて号哭を言霊へてならん……混迷無く無垢なる故浄と化せ……体躯が繋ぎ、清新また再来と謳う……戒逝をここに揮毫したまえ……」
魔物の死体が光の粒子になり、徐々に蒸発していく。
詠唱が終わる頃には全ての死体は消えていた。
「ジム何したの?」
キリオは初めて見る光景にジムに聞く。
「これはね簡単に言えば死体処理や、浄化って感じだね!」
「マナークウルフの時はしなかったじゃん」
「屋外と屋内で違んだよ」
「え? なんで?」
「外では弱肉強食だからね……死体があって生きていける他の生物もいるから外では死体はそのままなんだ! ちなみに素材はちゃんと回収するよ?」
「なら屋内もそうじゃないの?」
「見て分かる通り、屋内だとこうして死体が残っていただろ? だから浄化するんだよ! でないと腐って大変な事になるからね!」
「大変な事って?」
「僕も見たことないけど、話ではゾンビ化になるって話だよ?」
「まさか、それって……光系魔法ないと倒せないとか言うんじゃないだろうな?」
「へへ! その通り!」
「それ絶対処理した方がいいじゃねぇかよ!」
「結構、冒険者ではこの斎戒が大事なんだよね!」
5人は先を進み、フールが口を開く。
「この先でジークスパイダーに襲われ、2人が死亡した…そこで私たちは帰還した」
それを聞き、キリオがフールに聞いた。
「仕留めたのか?」
「いや……私たちが撤退したんだ。まだ奴はきっと生きている」
「マジかよ……」
ジムは力むキリオを見て言葉をかける。
「キリオ? どしたの? 急にビビってるの?」
「ち、ちがう……」
「じゃぁなに?」
「お、俺……蜘蛛苦手なんだよ……だって気持ち悪いじゃんかよ! 足の動き方ちゃんと見たことあるか!? 八つの目と目が合った時の恐ろしさを知ってるか!? いつも口がモコモコと動いてるの知ってるか!? もう無理! 考えただけでも無理!」
「あぁ! そゆこと……へへ」
ジムは怪しい笑みを浮かべる。
それに気づいたキリオはジムに焦って言う。
「お前やめろよっ! これフリとかじゃないかんなっ!! 絶対変なことやめろよ!? まじで! 本当に! いや! わりとまじで!!」
「ぎゃはははっ!! キリオ焦りすぎだってっ!」
「うるせぇよっ!!」
その瞬間だった。
キリオの頭に乗るマナークウルフの子供が吠え、それと同時に先頭を歩いていたザーコの足に何か引っかかった。
「まずいっ!!」
そう声を上げた時には既に遅かった。
ザーコの足に絡みついていたのは限りなく見えづらい蜘蛛の糸だった。
全員は罠にかかり、天井に用意されていた大量の蜘蛛の糸が物凄い勢いで降り注ぎ、全員地面へと貼り付けにされた。
「くっ! しくじったっ!」
『勝手に向こう側にいると思い込んでいたっ! ジークスパイダーが移動していてもおかしくなかったのにっ!!』
フールは自分の判断を憂れいた。
そして、気づけば天井の暗がりの奥から赤く8個に輝く蜘蛛の目がこちらを見ていた。
「うぉ!? まじかよ!? 結構でけぇじゃねぇかよ!! まじ無理!!」
ジークスパイダーを目視したキリオは全身に鳥肌が立つ。
『まずいっ!? こっちに来るっ! 魔法詠唱してる暇がない!!』
「キリオっ! ジム! 何か脱出する方法はっ!?」
そのフールの問いかけにキリオは答えた。
「俺は無理っ! 両手使わないと錬成出来ないっ!」
「本当に使えないわねぇ!! ジムはっ?!」
「はぁあ!? おい! フールてめぇ今何つったよ!?」
フールの言葉にキリオが怒る中、ジムは言った。
「僕に任せてっ! 極上乃肌触っ!!」
その瞬間、ジムを拘束していた蜘蛛の糸が弾けた。
ジムは体の周りに風の刃を纏う事で蜘蛛の糸を切り、抜け出した。
しかし、ジークスパイダーもただ見ているだけではなかった。
ジムに向かって口から糸の玉を数個、凄まじい速さで放つ。
「そう急かすなよ! 僕の見せ場なんだからさぁ!!」
そう言ってジムは飛ばされた糸の玉を数個、避けながら逃げ切れない一つに向かって右手を翳す。
その瞬間に蜘蛛の糸の玉の下に魔法陣が浮かび、ジークスパイダーの糸の玉は地面に激しく落ち、めり込んだ。
それを見ていたフールが驚く。
「え!? なにいまの?」
『もしかして!? 無詠唱!? そんなことが可能なの!?』
更にジムは同時に左手を仲間に翳し、風の刃を飛ばし、仲間を拘束する糸を切る。
その時、ジークスパイダーは天井から壁を伝い凄まじい速さで地面に移動し、こちらに向け走ってきていた。
「ジム感謝するわ! 全員戦闘態勢!! ザーコ! 私と共に足を狙ってっ!!」
自由になった瞬間にフールから指示が飛ぶ。
しかし……
「いや! 大丈夫だっ!! 俺がやる!」
キリオは既に錬成を始めていた。
右腕に左腕を添え、皮膚に錬成陣が発光する。
右手を地面に向けて叩きつけたその瞬間、青い雷光が音を立てて走り、ジークスパイダーの足元から地面が捲り上がる。
気づいた時にはジークスパイダーをドーム状のコンクリートで囲う。
更によく見るとドームには小さい丸い穴が幾つも空いていた。
「ジム! お前の出番だ!」
『あれ? なんか練成がめっちゃやりやすい!』
「うわ! これ懐かしい!!」
そして、ジムが右手を翳した瞬間、周りで落ちていた岩が空中に浮き、風が取り巻き、岩を削り、鋭利な型へと変化する。
そして、ジムは翳していた掌を力一杯に閉じたその瞬間……
「黒髭危機一発っ!!」
鋭利な岩は凄まじいスピードでドーム状に幾つもある穴へと突き刺さる。
そして、ジークスパイダーのまるで悲鳴の様な音が響き渡り、岩の隙間から血が滴り落ちていた。