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【真珠】貴志の執着?

 理香が頭を抱えている。


 彼女はベッドの上に座り、両膝に両肘をつき、前頭葉に両手を当て、何故かグッタリしている。


 わたしは、彼女が幾重にも張り巡らしたトラップの殆どに見事に嵌り、貴志との間にあったアレコレをほぼ全て吐かされていた。


 理香が恐ろしい。


 全ての暴露が終わるまでの間、自分がよもや彼女の罠にはめられていることさえ全く気づかずに、いいように操られ、いつの間にか身ぐるみ剥がされていた感がすごい。


 きっとこの、人から話を訊き出すテクニックが、将来愛音学院の進路指導で遺憾なく発揮されるのであろう。


 別名、落としのリカちゃんだ。


 理香は、自分で色々と仕掛けてわたしから話を訊き出すことに成功したというのに、何故か憔悴しきっている。



 この所有印がどういう状況でつけられたのかも気づいたら暴かれてしまい、更には今朝ほど、わたしが無茶振りをし、暴れてせがんだ掌越しの口付けまでもが知られることと相成った。



 このマークの発端は、わたしが負けず嫌いで貴志の首筋にキスをしたことから始まった。そんなことをしたら、どういった事態に発展するのか――それを貴志は理解させようとしたのだと思う。



 身をもってお仕置きされた事実を理香に伝えたところ、理香は渋い表情を見せたあと、溜め息をついた。



 そしてわたしは勿論、気になっていた所有印判別方法について質問もした。

 ――が、なんと、判別方法などあるわけがない、と呆れられる始末。


 あまりの衝撃に、言葉を失った。


「ない……のか!? いや……そうか……、残念だが……分かった。それは、非常に……ガッカリだ――理香も貴志からつけられたから、わたしのコレがあやつによってつけられたのがわかったのだな。そこは納得した」



 わたしの言葉を耳にした理香は、何が面白かったのか、プッと吹き出した。


「なによ、その喋り方。あいつがわたしにそんな印を付けるわけないじゃない。そもそも、貴志が『自分の物です』って独占欲丸出しで、そんな目立つところにマーキングしたっていうことの方が信じられないわ。本当にびっくりよ!」



 そうなのか?

 よく分からないが、とりあえず理解した素振りでコクリと首肯する。



「あんた、この物凄い執着を全く分かってないわね。そこをちゃんと理解しておかないと、後が怖いわよ」



 理香は残念なものを見る目で、わたしを一瞥したあと「去年とまるで人格が違う。全くの別人だ。あの笑顔は何なのよ。怖いわ」とブツブツ言っている。




 わたしはと言うと、すべてを吐かされたショックよりも、誰がつけたか分かる判別方法などないという事実の方が衝撃的だった。




 詰まる所、何故これを貴志からつけられたと皆にわかってしまうのか。それが目下のところ最大の謎なのだ。





「真珠、あなた、貴志から逃げられないわよ。もし、逃げようとしたら……」


 そう言ってから、何を想像したのか分からないが理香は身体をブルッと震わせた。


 その後、可哀相なものを見るような憐れみを帯びた眼差しをわたしに向け、ちょっと乾いた笑いを洩らす。



 彼女の言う、貴志の執着が何のことか全くわからなかったけれど、理香の言葉にとりあえず「うむ」と頷くことにした。



 理香は「分かってないわね。はぁ」と言って、何故かまた憐憫の表情でわたしを見ている。




 彼女はポーチから丸い形の絆創膏を取り出すと、「ちょっとこっちに首見せなさい」と言ってから、お仕置きの成れの果てマークの上に貼り、その印を完璧に隠してくれた。



 わたしはと言うと、今まで細長い長方形型の絆創膏しか目にしたことがなかったので、この世の中に丸い形の絆創膏があることに感動していた。



「スカーフなんかしてちゃ、バイオリンが弾きにくいでしょう? 何枚かあげるから、それが消えるまではこれを使って練習なさい」


 理香は透明な小分け袋に入れて、数枚の丸い絆創膏を渡してくれた。


「あ……ありがと……う?」


「そこで、何故、疑問文で感謝の言葉なのよ?」


「いや、だって、ここまで良くしてもらういわれがない……から」


 わたしは先ほど助けに入ってくれた時から、不思議だった。


 何故、わたしたちを助けてくれたのか――と。


 しかも、それだけではなく楽器を弾きやすいようにと絆創膏を貼ったり、予備を譲ってくれたりと気遣ってくれるのだ。



「ああ、だって、演奏中にあんな風に急に止められるなんて許せないじゃない。せっかくこっちは気持ち良く弾いてるっていうのに。それに……昨日は貴志にちょっと迷惑をかけたのよ。まあ、それの罪滅ぼしってやつよ」


 なるほど。

 そういうことか。


 下着姿で貴志のベッドに潜り込み、その後、華麗な右ストレートでヤツに一発お見舞いした事件のことを言っているのは分かった。


「そうか……でも、ありがとう。さっきはちょっと怖かったから助かった」


 先ほどの女性に腕を急に掴まれたのは、本当にビックリした。


「あれは、ちょっと問題よね。多分、昨日の演奏を聴いた宿泊客の一部か、もしくはビデオ撮影していた人がかなりいたから、どこかであの映像が漏れたのね。ここに押しかけてきた貴志のにわかファンてとこかしらか……でも、それにしては早すぎると言うか……」


 理香はブツブツと呟いている。


 わたしがちょっと不安そうにしていることに気づいた彼女は「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃってたわね」とニッコリ笑った。


「とりあえずホテル側にも話をしておくし、多分『守り隊』の子たちが、何とかしてくれると思うからあんたは気にしなくても大丈夫よ。でも、今日は一人で行動しないこと。いい? 分かったわね」


 そう言って理香は立ち上がった。


 『守り隊』って、なんぞや? と思ったのだが訊くチャンスを逃してしまった。なんだろう、非常に気になる響きである。



 絆創膏を貼ってもらったので、首に巻いていたスカーフは外すことにした。


 せっかく綺麗なスカーフだったので、どうしようかと思っていたら、理香が髪を纏めてくれ、そこにリボン代わりに着けてくれた。


 ポニーテールだ。

 うなじが出て首がすっきりする。

 なんだかいつもより、ちょっとお姉さんになった気分だ。



「あと、真珠。その行き過ぎたお仕置き以外は、貴志に変なことされてないわよね? 子供に手を出すとは思わないんだけど、傍から見ていると多分だけど……あいつ自身もどうしていいのか分からなくて、戸惑っている感じ――昨日のチャペルでの接触事故の時の態度を見ても、あれは誰だ? 本当に葛城か? てみんなビックリしてたわよ」


 理香は、う〜ん、と悩んだ末――


「もし、何か心配事や助けてほしいことがあったらわたしに言いなさい。本当に、何か、変なこと、されてないわね?」


 ――と、念押しされた。



 理香の心配をよそに、わたしはピシリと固まった。


 貴志はわたしに変なことなど、まったくしていない。


 けれど、わたしはどうだ?

 今朝、痴女まがいの行為を貴志に対して働いたのは――何を隠そう、このわたしなのだ。


 突然黙り込んだわたしの態度を目にした理香が、心底心配そうにこの目をのぞき込んでくる。



「児童虐待とか……ない、わよね? それだけは、何であろうと絶対にダメだわ。本当に」


「だ……、ダイジョウブデス」



 ちょっと引き攣った笑いになってしまったが、貴志は何も悪いことはしていない。


 理香が言いたいことも分かった。

 アッチ方面の虐待だ。


 それは神に誓ってない。

 貴志がそんなことをするわけがない。

 こんな子供に。



 どちらかというと、わたしの方が貴志に対して精神的な青年虐待? を犯したのかもしれない。



「そう? それならいいけど。じゃあ、本題を話したいから、あっちに移動しましょう」


 理香は先ほど、加山ンと晴夏のいた部屋に移動を促した。


(本題? なんだろう)

 

 ドアを開けると、加山ンと晴夏の視線が一斉に集まった。


 晴夏の目が一瞬見開かれ、すぐに視線を逸らされた。


 (あれ? わたしは何かやらかしたのか?)


 と心配したのだが、彼は怪我について気遣ってくれた。


「シィ、大丈夫か?」


 わたしは「大丈夫。心配してくれてありがとう」と伝え、首元の絆創膏を見せた。


 晴夏は少し複雑な表情で、その絆創膏を見詰めていたようなのだが、わたしは彼のそんな態度に最後まで気付くことはなかった。




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