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【幕間・真珠】「閉じて欲しいのは、どの口だ?」


 現在、貴志がわたしをソファに倒し、組み敷かれているような体勢である――などと、実況中継している場合ではない!


 ち……っ 近い! 近い近いちかいーーー!


(口が、口で、口に、口とぶつかるーーー⁉)



 半ばパニックになって目をギュッと瞑ったところ、首筋の鎖骨の近くにチクッとした痛みが走った。



「は? え? なに???」



 貴志は良い笑顔を浮かべる。



「俺に勝とうとするには、まだまだ修行がたりない」



 そう言ってサッサとわたしの上から離れた貴志は、自分の首筋、鎖骨上のくぼみをトントンと叩く。



「負けず嫌いとはいえ、挑発されたとしても、ああいうことは、誰に、対しても、絶対に、するな! わかったな?」



(え? なんのこと???)



 わたしの頭の上にポンポンポン! とクエスチョンマークが三つくらい浮かぶ。



「えーと……?」



 考えるような素振りで、貴志から目線を逸らす。


 こわい、こわい。


 目を合わせたら食われる!


 捕食対象の草食動物になった気分になるのは何故なのか⁉



 なんだろう。

 早く思い出さないと、怖いことが起きる気がする。



 貴志が、めちゃめちゃ良い笑顔で、静かに怒りを募らせている。



 思い出さねば!


 早く! 早く!! 早く!!!


 何だっけ? 何だっけ⁉ 何だっけーーー???!!!




 貴志の唇が触れたであろう、首筋下、鎖骨のくぼみを自分の指でなぞる。



(?!?!?! うわああああああーーーっ 思い出したーーー!!!)



 わたしはガタッと勢いよく立ち上がり、両手で頭を抱え、ガバッと急降下するように勢いよく座り込む。



 その際、ゴンッと額をソファの前にあったテーブルにぶつける。



 ……痛い。


 痛い、痛いが、それどころではないーーーっ



 やった。やらかしてしまった。


 昼間、鬼押出しで、闘争心メラメラになった時!



 しかも、カナちゃん、ルリちゃん、ミチルちゃんの目の前で!


 貴志の首に吸い付くという、破廉恥行為をーーーっ


 どうやらわたしは、昼間のアレの仕返しをされたようだ。



「うわああああああーーーっ もうお嫁に行けないーーー!!!」



 わたしは絶叫した。



 貴志は、わたしの慌てっぷりに茫然としたあと、堪えきれなかったようで突然笑いはじめた。


 それと同時に、わたしの額にでき始めたタンコブも心配そうにみている。



「真珠、大丈夫か? 額、見せてみろ」



 心配してくれているのは分かる。


 分かるが、声が震えている。


 笑いを無理に抑え込もうとしているのが丸わかりだ!


 お前こそもっと修行しろ!




 もう、笑うか、心配するか、どっちかにしてくれ!


 と思うが、わたしの一連の動きが相当ツボにハマったようで笑いが止まらないらしい。



 くそう。貴志め!



 お前など、お前など、笑い死んでしまえ〜!




 羞恥と痛みと、屈辱でわたしの身体がプルプル震える。


 じんじんする額の痛みで涙も止まらない。



「す……すまん。そんなに慌てるとは思わなかった」



 声を震わせながら、まだ笑っておる。


 許せん。



「ちょっと待ってろ」


 そう言って、貴志がフロントに内線をかける。



「ああ、手塚か? ちょっと悪いが、部屋まできてくれるか? 真珠が、真珠が……っ」



 そう言って、また言葉が詰まる。


 声も出ないほど笑っておる。




 手塚さんの「どうしたんだ⁉」という焦った声が、電話の向こうから聞こえる。



「ちょっと、真珠に……何か冷やす物を……頼む。す……すまん。笑いが……止まらん」



 多分いまの科白は手塚さんには届いていないだろう。

 その前にガチャリと乱暴に内線ラインの切れる音がきこえた。



 オーナー部屋に、手塚さんと女性スタッフが慌てて飛び込んで来てくれたのは、それからすぐのこと。



 冷やすものをお願いしたが、やはり最後まで電話の内容を聞かずに、本当に緊急事態発生と思って来てくれたようで、手ぶらだった。


 しかも、マスターキーで鍵をこじ開けて入室してきたことには大変驚いた。



「真珠さん、無事か?」



 顔面蒼白になった二人が、わたしを見つけると痛々しそうに抱きしめてくれる。



(何故だ? 何がどうしてこうなった⁉)



 貴志は未だに声もなく笑っている。



 二人とも、血相をかえて飛び込んできたものの、貴志の様子に状況が全く飲み込めていないようだ。



「葛城に何かされて……ない……よ、な?」



 わたしは首をコテリと傾げる。



「色々されましたが……大丈夫……で、す?」



 なんだか物凄く心配されている。



「え⁉ 色々って……、おいっ 葛城! お前、まさか⁉」



「オーナー、こんな小さな女の子になんてコトをー! 泣いてるじゃないですかーっ!!!」



 手塚さんと、お姉さんがかなり動揺しているのだけは、わかった。


 しかも手塚さん、オーナーではなく「葛城」呼びになっている。




「ちょっと待て。詳細は聞きたくないが、なんだか物騒な誤解をしているのだけは分かった。それより、早く冷やすものを頼む」



 そう言って、貴志はわたしの額を指差す。



「あれー? タンコブできてますねー!」



 スタッフのお姉さんが、そう言って急いて氷嚢を作ってくれ、わたしの額に当ててくれる。


 生き返る。気持ちがいい。



 しかし、おデコが脈打つような痛みを訴える。

 本当に痛い。



(くそう。ばか貴志め! もげろ!)



 そう思った瞬間、頭頂部をガシッと鷲掴みにされる。


 何故か今朝の妖精姉妹イチャラブ・ドリームのあとの記憶が蘇る。



阿呆(あほう)が、口に出ているぞ」



 手塚さんとお姉さんの動きがピシリと固まる。



「え……? いま何て? 真珠さん?」

「え……? 美少女ちゃん?」



 あれ、いまなんか凄く良い褒め言葉が聞こえた気がした。いや、それどころではない。



「え……えへへへへ……」



 貴志が近寄り、わたしの極上のホッペをブニュッと掴む。



「どうやら、まだお仕置きが足りないらしい。閉じて欲しいのは、どの口だ?」



「えーと……。こ……こ?」



「ほぉ……、よく分かっているらしい」



 こわい、こわい、こわい。目が笑っていない。



 口を、貴志の口で塞がれそうになって焦った瞬間、わたしは鼻をガブリと噛まれた。


 痛い。



「あら、まぁー!」

「葛城! お前ってヤツはっ」



 スタッフのお姉さんは興味津々で楽しそうだ。

 対して、手塚さんは青くなったり赤くなったりと大変そうだ。



「タンコブ冷やしてもらったら、もう寝ろ! ああ、そうだ」



 そう言って、貴志がわたしの右手を持ち上げる。



「おやすみ、俺のお姫さま」



 そう言って、またあの場所に口づけをする。

 あの揶揄うような色気たっぷりの笑顔でだ。



 なんだか本当に悪い男に捕まってしまった気分だ。



 わたしはこれからどうなってしまうのだろうか。


 ――いや! どうにもならないだろう。


 馬鹿なことを考えていないで、もう寝よう!


 今日は一日、色々なことがありすぎた。


 そんな時に何か考えても、きっとロクな考えは浮かばない。




 和室へと続く障子を勢いよくスパーンと開け、布団に潜り込む。

 仲良しこよしの二組の布団も今では全く気にならない。



「手塚さん、お姉さん、ご迷惑をおかけしました。色々とありがとうございます。では、おやすみなさい」


 わたしは二人に布団の中から顔だけ出して、丁寧にお礼を言う。



「あと貴志、お前は許さん!」



 貴志は楽しそうにまた笑う。



「猫が百匹ほど剥がれてるぞ、真珠」



 手塚さんとお姉さんは、そんな貴志を見て心底驚いたという顔をしている。




 彼が、こんなに楽しそうに、幸せそうに笑う顔を初めて見た。


 そんな珍しい姿を見られただけで、今日は良しとしよう。


 うん、そうだ。それがいい。




「許さないけど、ちょっと許す! おやすみ。貴志」




 そう言って、わたしは貴志にヒラヒラと手を振り、布団に横たわった。



「ああ、おやすみ」



 貴志は蕩けるような笑顔を見せ、わたしのそばに寄ると、額にできたタンコブの横に唇をそっと押し当てた。



「ありがとう、真珠。こんなに肚の底から笑ったのは、生まれて初めてかもしれない。これがきっと『幸せ』という気持ちなんだろうな」



 貴志はそう言うと和室の電気を落とし、障子を締めた。



 隣の部屋から聞こえる大人三人の話し声を何処か遠くに感じながら、わたしの慌ただしかった一日は幕を閉じた。








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