【幕間・番外編・カナちゃん】「姫と黒騎士に乾杯!」
お盆の三箇日に入る頃、わたしは仲良しのルリとミチルと一緒に旅行に出かけた。
最終目的地は長野県松本市近郊にある老舗旅館『紅葉』だ。
本当は紅葉シーズンに行きたかったのだけれど、予約激戦期間のため、夏の『紅葉』を楽しむことになった。
三人とも車の免許を持っているのでレンタカーを借りて、交代で運転して行くことになった。
初めての長距離運転に三人とも緊張ぎみだ。
途中、散策に寄った鬼押し出し園で、わたしたち三人は美人兄妹の二人組に出会うことになった。
雨が少し強くなってきたので雨宿りがてら火山灰除けの休憩所で休んでいると、今までお目にかかったことのない超イケメンのお兄さんがその休憩所の中に入ってきたのだ。
(手には手綱? 紐? なんだこれ?)
そう思ってその手綱の先を辿ると、そこには一人の美少女が。
わたしの心臓はズキューンと打たれた。
かわゆいのだ。この少女が。
語彙が少なくて恥ずかしいけれど、ただただ可愛い。
ルリとミチルは、イケメンお兄さんをガン見している。
「めっちゃ、やばい……」
「い……色気が……」
二人とも譫言のように呟いている。
心ここにあらずの放心状態だ。
たしかに、うん。そう思う。かっこいい。
穏やかな笑顔の中に見え隠れする色気が、マジでめっちゃやばかった。
この二人の後ろからペカーーッと後光が射しているようだ。
存在自体が輝いている。
テレビや雑誌、それからインターネット――大衆向けの媒体で安売りされている美男美女ではない、本物のガチの美人さんの二人連れだったのだ。
もしこの二人が物語の主人公なら、わたしなどモブにもならないな、というくらいの存在感だ。
しかもこの少女、言葉遣いもお上品だ。
めっちゃ、とか、マジヤバイ、とか、そういう言葉には無縁に見える。
こんなに小さいのにすごいなーと感心してしまった。
どこかのお嬢様なのだろうか。
イケメンお兄さんが、美少女ちゃんの手を取って「お姫さま」と言って口づける場面もばっちり見た。
ルリが、「しゅ……シュバリエだ!」と呟いた。
最近、ルリお気に入りの乙女ゲーム『白銀の守護騎士』のことだと思う。
ミチルは、「マジヤバイ……鼻血出そう」と顔を真っ赤にしている。
そうこうしていると美少女ちゃんがお兄さん(?)の首に抱きつき、首筋にキッス……、え? キッス???!!!
お兄さんも首に手を当てて、驚いている。
わたしは思わず、手にしたお茶のペットボトルを落としてしまった。
ミチルが一瞬意識をとばしてクラリと揺れる。
ルリは目をハートにして「黒騎士サマがいる~!」と悲鳴をあげた。
どうやら美少女ちゃんは靴擦れを起こしているようだ。
イケメンお兄さんが彼女の前に跪き、靴を外してから靴下を脱がし、甲斐甲斐しくお世話をしている。
ルリは「黒騎士、黒騎士」しか言わないし、ミチルは本当に鼻血が出そうなのかバッグの中のティッシュを手だけで探している。
視線は二人から離せずにくぎ付けだ。
わたしたちは二人の様子を見ていて、携帯していた絆創膏とガーゼと消毒スプレーを渡した。
その時に見せたイケメンお兄さんの笑顔は神々しくて、あまりの眩しさに目がつぶれそうになった。
「お姉さま方、ありがとうございます」
そう言って微笑む美少女ちゃんは、本当に可愛くて、三人でシンクロして「「「うわ……っ 『可愛』……っ」」」と声が漏れてしまった。顔も紅潮していたかもしれない。
「『皮』が剥けて、お見苦しいところをお見せしてしまい大変申し訳ありません」
美少女ちゃんは、困ったような顔で謝っていた。
手当てをした後、割とすぐにお兄さん宛てに電話が入った。
最初は留守電にしたようだったけれど、続けて二回かかってきたので「失礼します」と言って、わたしたちから離れたあと電話に出ていた。
こちらのお兄さん、美青年だけじゃなく礼儀も正しいんだなと、そこも好感度アップだった。
電話の内容は分からなかったけれど、途中でイケメンお兄さんが――
「はっ? 意味をわかって言っているのか?」
とか、
「だから、お前はどこでそんな言葉を覚えるんだ」
と頭を抱えながら言っていたのが聞こえた。
美少女ちゃんは、お名前を真珠ちゃんと言った。
お名前もかわゆいなと思った。
ギラギラ輝く鉱物ではなく、内側から神秘的なカラーを滲ませるパールの真珠ちゃんだ。
雰囲気に合う、ぴったりのお名前だな、と思った。
お兄さんが電話中、しばらく真珠ちゃんとお話をした。
とても賢いのだろう。
わたしたちの話を聞いて、的確な質問をして、どんどん会話を広げていく話術には脱帽した。
お兄さんの電話がそろそろ終わりそうな雰囲気だったので、わたしたちは二人の美人さんに別れを告げて観音堂を目指すことにした。
「リアル黒騎士サマに出会ってしまった!」
「あの色気は危険だ」
ルリとミチルは、道中ずっと自分の世界を彷徨っていた。
わたしも真珠ちゃんの可愛さを思ってニマニマした。
あんな妹がいたらいいなと思った。
でも、わたしのほうが妹扱いされてしまいそうだな、ああ、でもそれもいいかもしれない――などと妄想を膨らませながら歩いた。
観音堂でお参りをして、三人で景色を眺めていると、あの美人二人組が再び現れた。
周りの数組のグループもその二人の様子を注目している。
そこにただ立っているだけなのに、目が吸い寄せられてしまうのだ。
「あ! 黒騎士サマに私たちの写真を撮ってもらいたい」
ルリがそう言って、美人兄妹に近寄って行こうとしたので、それをわたしが止める。
間違いなく、お兄さんに「黒騎士サマ」と声をかけると思ったからだ。
ルリを押さえながらミチルを見ると、彼女は顔を左右に小刻みにフルフルさせ「わたしは声をかけられません」のポーズだ。
仕方ない。
わたしは勇気を出して二人に声をかけることにした。
あわよくば真珠ちゃんと、もう少しお話をしてみようとも思った。
だけど残念ながら、その願いはかなわず。
彼女は椅子に座ってしまった。
どうやら途中でお熱が出てしまったらしい。
かわいそうに。
それなのにここまで頑張って歩いてきたのか。
そう思うとちょっとホロリときた。
お兄さんは葛城さんというらしい。
葛城さんは穏やかに笑い、わたしたち三人の記念写真を撮ってくれた。
写真を撮り終わった後で、少し世間話をしていると、急にルリが声をあげた。
「あ! あれ、ノワー……葛城さん、ちょっと大丈夫ですか?」
真珠ちゃんに向かって、男の子グループが近づいて行ったのだ。
悪い人達ではなさそうだったけど、数人のお兄さん方に囲まれたら、あんなに小さいのだ、きっと怖いだろうと心配になった。
「申し訳ありません。失礼します。では」
葛城さんはそう言うと、今までの穏やかさを脱ぎ捨て、抜身の剣のような鋭さを見せながら足早に去っていった。
お兄さんがそのグループを一瞥すると、その男の子たちはビクッとしたように動きを止めた。
真珠ちゃんは、葛城さんが戻ってくるのに気づいたのかスッと立ち上がった。
まるで本当に守護騎士を待つお姫様のようだった。
真珠ちゃんはピンッと背を伸ばし、右手を葛城さんに伸ばす。
葛城さんは、それに気づくと、その手を取り、お姫様をエスコートするように歩き始めた。
二人は観光客の視線を背中に、観音堂から去って行った。
「シュバリエだ! 黒騎士サマが『白銀の守護騎士』の座を手に入れた!」
ルリは胸の前で両手を組み、もうどこか別の世界に行ってしまって戻ってこない。
「……駄目だ。鼻血だ……」
ミチルは本当に鼻血を流している。
こんな調子でこれからのドライブは大丈夫だろうか?
よし、『紅葉』まではわたしが運転して行こう。
そう決めて駐車場へと向かう途中、入り口の露店近辺で、美人二人組にまた会えた。
彼らも長野方面に向かうらしい。
また、どこかで偶然会えたら楽しいだろうな。
そう思いながらわたしたちは二人に手を振った。
そして、奇遇な再会は『紅葉』ロビー。
今までガヤガヤと歓談していた宿泊客たちが、突然水を打ったようにシーンと静まり返った時だった。
「どうしたのだろう?」と宿泊客みんなが寄せる視線の先を辿ると――姫と黒騎士が。
ああ、わたしもルリに毒されてしまったようだ。
一瞬、真珠ちゃんにまた会えたらいいなーと思っていた願望が見せた夢だと思った。
「これは運命だ! 姫と黒騎士サマに乾杯!」
「出血多量で倒れたらどうしよう」
ルリとミチルにも見えているらしい。
やっぱり夢ではなく現実みたいだ。
ルリは、ロビーの様子を完全に忘れてしまったのか、この状況にも関わらず二人に声をかけに行った。
わたしとミチルも目を合わせ、気合いを入れてそれに続く。
席をご一緒させてくれた葛城さんは『紅葉』のオーナーということが発覚した。
わたしたちよりも年上だけど、若く見えるのにすごいなと思ってビックリした。
『紅葉』に宿泊できただけでも感動だったのに、至れり尽くせりの対応に、わたしたちはもうどうしていいのか分からなくなった。
きっと、こんな素敵な経験――自分の人生で、二度とないんじゃないだろうか。
姫と黒騎士に感謝しつつ、『紅葉』での時間を三人で目いっぱい満喫した。
「「「姫と黒騎士に乾杯!」」」
――それが『紅葉』滞在中、わたしたち三人の合言葉となった。
お次は、幕間・真珠に戻り、あと2〜3話で本編入ります。幕間にお付き合いくださり、本当にありがとうございます!







