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【幕間・番外編】『紅葉』スタッフ手塚の考察


 海外留学中のオーナー・葛城貴志が久しぶりに『紅葉』にやってくるということで、業務に差し支えない程度ではあるが従業員全体が浮き立っていた。


 特に女性従業員が心待ちにしているのが良くわかり、そして何故か男性従業員もソワソワしていた――そんなある夏の日のこと。


 その日、俺――手塚実は夕方過ぎからの勤務シフトだったが、早めに出勤していた。


 昔から知る仲だった葛城に、勤務中のスタッフとして対応する前に、友人としても挨拶しようと思っていたからだ。

 従業員通用口から入り、フロントロビーに顔を出した時、葛城はちょうど館内に入ってきたところだった。


 葛城は自らのシャツだろうか、それでくるんだ超絶美少女を抱き上げて『紅葉』のロビーに足を踏み入れた。


 その少女は頬を染め、瞳を潤ませて、すこし気怠そうにアイツの首に抱きついている。


 なんと言うか、目のやり場に困って、背徳感のようなものを感じたのは何故なのだろうか。



 葛城は、とにかく容姿に優れた美青年だ。

 男でも目が引き寄せられてしまう魅力を持っている。


 だが、この二人が揃った時の人目の吸引力は凄まじいものがあった。


 一瞬呆気にとられてしまい動けなくなるほどの存在感は、いったい何処からくるのだろうか。


 従業員一同、二人がロビーに現れた時に息を呑み、思わず目が離せなくなった。


 さすがと思ったのは君島総支配人だ。

 その場の雰囲気に呑まれることなく、葛城の元へ颯爽と歩いていく。


 その後、スタッフたちも通常の接客業務へと移行した。

 そこはきちんと教育された『紅葉』のスタッフだ。二人のことをできるだけ目に入れないよう心掛け、仕事に集中している。


 しかし、そうはいかないのは本日宿泊予定のお客様たちだ。


 見たことのないような極上の美青年と、その腕に抱かれた憂いがちな伏し目の美少女――この二人から目が離せずにジーッと見入っているのが良く分かった。



 それにこの美少女。

 その身から発する気配が子供のものではない。

 宿泊客対応で、世話をしてきた子供たちの様相とは、全く異なるのだ。


 葛城がロビーのソファに少女を降ろすと、配膳係の女性従業員が緑茶と茶請けを持っていく。


 今日の茶請けは酒まんじゅう。

 美少女は虚ろな瞳でそれを見詰めている。


 すると、葛城は手づから切り分けた酒まんじゅうをその少女の口元まで運ぶ。



 少女も、いつもの慣れ親しんだ習慣をそのまま受け入れるかのように、躊躇いなくオーナーのその手から甘味を口におさめていく。



 周囲の皆が息を呑み、見守っているのが良く分かった。


 それを食べ終えると、次いで緑茶を飲む。


 熱かったのかチロリと赤い舌を出して、空気に当てて冷やしているようだ。


 その様子に気づいた葛城は、今度はその茶を冷ます。

 飲み頃になったそれを手渡すと、少女はその茶をコクコクと飲み干す。



 そうこうしているうちに、今度は葛城の右手が少女の頬を包む。


 そして、そのまま手を首に滑らせた。



 あいつは、その少女の首筋を触りながら何事かを囁いている。



 何故か見てはいけないものを見てしまったような疚しさが生まれ、目のやり場に困って視線を逸らす宿泊客も出てきた。



 そのフロアにいる従業員全員の心は騒然となっていた。


 態度には出さなかったが「あれは本物のオーナーなのだろうか? 偽物ではないのか?」全員がそう思っていることは間違いなかった。



 子供の相手をする姿など思い浮かばなかった。



 しかも、見たことのない穏やかで柔らかな笑みをその秀麗な面にたたえている。



 今まで皆に見せていた笑顔は、上辺の作られたものだった――その事実がありありと分かるほどの表情差なのだ。



 子供だと分かっている。


 けれど子供相手に向ける物ではない、何か特別な感情の見え隠れするその様が、アイツをオーナーではない別の誰かのような気持ちにさせるのかもしれない。



          …



「手塚~! いたいた。今日、葛城オーナーのテーブル配膳についたのアンタでしょ?」


 夕食の給仕後、バックヤードに戻ると数人の同期の女性従業員に呼び止められた。


「ああ、そうだけど。それがどうした?」


「それがどうした? じゃなーいっ で? どうだったの?」


 どうだったの? と言われても――


「料理、美味しいって言っていたぞ。二人とも喜んでた。」


「ちがーう! そういうことじゃなくて、ほら、もっと、こう。なんていうかさー」


 何を言わんとしているのかは分かる。

 でも、今日、オーナーはプライベートを兼ねて滞在しているのだ。個人情報をペラペラと洩らすことはできない。


「気になるなら自分で確認してみろよ。就業後にさ」


「そうだよねー、うー……やっぱダメか。ごめん。でも、みんな気になっちゃってるのよ」


 オーナーを一目見た若い女性従業員は、あまりの素敵さに「玉の輿に乗るぞ!」という意気込みを一時期は持つようだ。

 それも時間が経つうちに、色々と格の差を見せつけられることも多々あり、そういった非現実的な願望をもつスタッフは時間と共に少なくなる。


 なので、女性スタッフ達が持つこの感情は、単なる興味だ。



 今まで、オーナーが持っていた昏い影のようなものが一掃されていたことに驚き、あの少女に穏やかな笑みを向ける表情と、その心に宿る感情がどんなものであるのか知りたい――という関心だ。



「なんというか、もの凄い美少女だったよね。言葉も出ないくらいの――で、手塚、お願い。ちょっとだけ……どんな雰囲気だったの?」


「う、、、雰囲気だけな。食事中もオーナーと対等に話をしていて、あまりの博識ぶりにオーナーも舌を巻いていたな。そういえばオーナー、あの子に手刀(チョップ)を食らわせてたぞ」


「えー? 意外! そんなことするんだね。オーナーがチョップ。想像がつかない」


「だろ? はい、話せるのはここまで。あとは気になるならオーナーに直接きけよ。どうせ今夜も夜のミーティング、オーナー部屋であるんだろ?」


 その俺の言葉に、同期の女性スタッフが目配せする。



「それがさ……オーナーの希望で、今夜は部屋に近寄るな、って。君島総支配人からのお達しがあって……。」



「うん……、ねえ……」



「だから、どんな関係なのかって気になっちゃったと言うか。あははは、、、まあ、美少女ちゃんまだ子供だし何かあるわけじゃないと思うけど。二人の雰囲気というか、美少女ちゃんのあの年にそぐわない色気というか、なんというか……ねぇ。まあ、体調が良くないみたいだからなのかなー……とか?」



 俺はちょっとクラッと眩暈のようなものを感じて溜め息が出た。



 ――あいつは何をやっているんだ?



 確かに不思議な魅力のある少女だった。

 惹かれる気持ちも分からなくもない。



 話を聞いているとコロコロと表情が変わり、その中に大人の女性が潜んでいるような、人を惑わす『何か』が見え隠れする。



 実際、給仕中に大人の女性のように見えることがあってかなり困惑した。



 幻覚でも見ているのかと焦って自分の目を擦りそうになった。



 彼女の持つ不可思議な色香に、思わず惑わされそうになるのだ。



 夕食中の短時間で、俺もあの少女に心を持ち去られそうになっていたことに気づいた時は、かなりの焦りを覚えた。


 大の大人の俺が、だ。



 なんというか、一本筋の通った子供らしからぬ信念と、それに相反する未成熟な惑いが同居していて、気になって覗いたが最後――その深淵に絡め取られそうになるのだ。



 多分……いや、間違いなく、葛城を変えたのはあの少女だ。



 あの少女へのこちらが見ていて恥ずかしくなるような手厚い態度。

 それから世話になったという女性客三人組への細やかな配慮。

 今までのアイツを知る人間の誰が、あんな対応をする『葛城貴志』を想像できただろうか。



 葛城、あいつは大丈夫なのだろうか――



 既にあの少女に心を絡め取られているのだろう。抜け出せない程に。



 本人はそのことにさえ気づいていないのかもしれない。




 ……まあ、あの容姿だ。女に不自由しているということはないだろう。



 だから、あの少女の変幻する――人を惑わす魅力に自制心が負けることも、多分ないだろう。



 …………ない、よな?


 ……………………。




 葛城、たのむから人の道だけは踏み外さないでくれよ――そう祈りつつ、俺は夕食後の宿泊客サービスの準備に取り掛かった。



 従業員一同、夜のオーナー部屋の様子が気になって仕方がなかった。





第三者視点での二人の様子でした。


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