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【真珠】『真珠』と『伊佐子』と貴志について 後編

本日、3話目の更新です(昨日とあわせると4話目の更新になりますので、ご注意ください)


 貴志は何故、『真珠』の『希望』になり得たのだろう?


 それは、わたしが最も心を許し。求め。

 共に過ごした相手が──貴志だったから。




 この数週間で『真珠』は、飛び抜けた成長を見せている。

 そのなかでも特に、貴志と出会ってからの発達は目覚ましいものがあった。


 子どもは本来、身近にいる大人からもたらされる愛情を糧に、自らを確立していくような気がする。

 本当のところはわからない。でも、少なくともわたしはそうだと信じている。


 愛されることで生まれるのは、自信だ。

 そこから、自分を肯定することを覚え、臆することなく他者と関わるようになり、社会性を身につけていく。


 大抵の場合、その役目は親が担っていることが多いけれど、残念なことに、愛情を与えてくれるはずの『真珠』の両親は、長きにわたって夫婦としても親としても機能不全に陥っていた。


 そのため『真珠』は、愛されることの本当の意味を知らず、自分に自信を持つことができずにいたのだ。


 実際には、自信を持てないどころの話ではなく、自分は『悪い子』だと信じていたのだから、その傷は根深い。



 周囲に対して、高飛車に振る舞っていたのは、心に纏う張りぼての鎧武装を隠すため。

 自分を大切に扱うためには、周囲にいる人間を重んじることも大切なのに──そんな根本的なことからして、学ぶことができなかった。


 けれど、今は違う。

 少しずつではあるが、『真珠』は自らの価値を見出しはじめている。



 貴志から注がれる優しさは、『真珠』の心の土壌を潤し、小さな誇りを芽吹かせようとしているのだ。



 彼と過ごした日々は、今まで味わったことのない、温かな幸せで満たされていた。

 その時間が結果として『真珠』の心を輝かせ、生きる上で必要な感情を育ててくれたのだろう。


 今の『真珠』は少しずつ、自分自身を好きになっている段階だ。


 貴志が大切にしてくれる自分を卑下することは、大好きな貴志を否定することに繋がるのだと漠然と理解し、それがきっかけとなって「自分を好きになってみよう」と思えるようになったのだから、貴志の功績は大きい。


 幼いながらに、その事実に辿り着いた『真珠』は、本来──人の心を汲み取ることのできる、賢く細やかな人間だったのかもしれない。


 誰かに愛されることで育まれるのは、前を向いて生きていくために必要な──自己肯定感だ。

 それは貴志が教えてくれたことのなかで、一番尊いものだったように思う。


 彼といれば、もっと自分を好きになれるのかもしれない。

 そう思うだけで、自分の未来に『希望』が生まれた。


 自分を否定し続けた真珠にとって、貴志はかけがえのない感情を授けてくれた恩人でもあるのだ。


 もしかしたら『真珠』が貴志に向ける想いは、『伊佐子』が抱く恋情よりも、純粋で──崇高なものなのかもしれない。




 『真珠』の心が嬉しそうに笑う。


 あのね──もう……消えたいとは思っていないよ。

 そんなことを言ったら、貴志が泣いちゃうかもしれないでしょ?


 貴志には、いつも笑っていてほしい。

 だからわたしも、いっぱい笑うの!


 ……わたし……笑っていても……いいのかな……?



 途中までは自信たっぷりだったのに、最後に少しの不安が生まれ、心が揺れた。

 まだ完全に、自分の考えに自信を持てないのだろう。


 だから、わたしは大きく頷いた。


 いいんだよ。

 これからも一緒に──笑っていこう。


 ゆっくりでいい。

 たくさん心を輝かせ、いつかひとつに融け合って、素敵な女性に成長していこう。



 『真珠』は『伊佐子』であり、『伊佐子』は『真珠』であり、そして──『わたし』なのだから。



 『真珠』の心が輝くたびに、『伊佐子』との境界線が曖昧になっているのを、薄々とではあるが感じている。

 だから、最近は、どちらの思考なのか、自分でも判断がつかないことが増えているのだろう。


 エルが以前話してくれた『魂の揺らぎ』とは、現在の『真珠』と『伊佐子』の不安定な状態を指していたのかもしれない。


 成長と共にふたつの心が重なり、ひとつになることで、『聖水』を必要としなくなるだろう──そう、言われていることからも、いずれはふたつの心が融合する未来が待っているのは、なんとなくではあるが理解していた。


 心が完全に融け合ったとき、わたしが貴志に向ける想いも、ひとつになるのだろうか?


 そのとき彼も同じように、ひとつの想いを、わたしに返してくれるのだろうか?



 現在の貴志が、わたしに向けるのは『ふたつの好意』。ひとつの想いではない。


 わたしの実体である『真珠』と、精神の支柱である『伊佐子』に向けて、貴志が抱くのは──慈愛を含んだ肉親の情と、激しい熱を帯びた苦しいほどの想い──親愛と慕情だ。


 いつか貴志が、わたしをひとりの女性と認めてくれた時、そのふたつが混じり合い──「愛している」と──言葉に出して、伝えてくれる未来を夢見てしまう。


 これは『真珠』の願い?

 それとも『伊佐子』の望み?


 どちらの感情なのか、よくわからない。



 けれど──


 きっと、これが──『わたし』が求める未来なのだと思う。



          …



「しぃちゃん、恥ずかしくなって、照れたままなのかい? それとも、パパが協力できないことで拗ねて、黙っているのかな?」


 貴志を盗み見ていたところ──父の声が、わたしを呼んだ。


 頭を横に振ることで「照れてもいないし、拗ねてもいない」との意を伝える。


「パパはね、将来しぃちゃんには大好きな人と幸せになってほしいと思っているんだ。その相手が貴志くんであれ、他の人であれ、お互いを大切に想い合う関係を育てられる相手であれば、反対はしない。ただね、パパがそう思っているのと同じように、しぃちゃんのお祖父さんも、貴志くんが幸せになる未来を願っているんだよ」


 「まあ、お義父さんも、些か熱が入りすぎている感は否めないんだど」と独り言ちた父が、再びわたしに語りかける。


「しぃちゃんのお祖父さんのアレはね──離れていた親子の時間を埋めようとする行動なんだと思う。パパは親だから、その親心も理解できるし、それと同じように、貴志くんが煩わしく感じている息子としての気持ちも分かるんだ」


 父はそう言うと、わたしの目を見つめ、諭しはじめる。


「それとね……しぃちゃんが、どんなに貴志くんのお嫁さんになりたいと思っていても、それは相手の心があってのことで、人の心は縛れないんだよ。自分がどんなに好きだと思っていても、貴志くんの感情を無視して、彼を無理矢理手に入れようとしてはいけないんだ」


 そんなことをするつもりはないけれど、今までの『真珠』を知る父だからこそ、娘の暴走を心配し、注意を促していることも理解している。


「最終的に誰を伴侶にするのか、それを決めるのは貴志くんだ──ああ、伴侶っていうのはね、結婚相手を指す言葉だよ」


 父の視線は、後方を歩く美沙子ママに向けられた。

 気づいた母は、こちらに向かってニコリと微笑みを返してくれる。悪阻は治まったのか、足取りもしっかりしているようだ。


 父と母の心の距離は、ずっと離れたままだった。

 だから、同時期に和解した貴志と祖父の親子関係を、自分たち夫婦に重ねているのだろう。


 親心も、子供側の心情も、双方の立場を長年経験してきた父が口にした言葉には、含蓄があるのだろうか。

 先ほどまでは、反発したい気持ちでいっぱいだったのに、今は何故かストンと腑に落ちて、静かに父の話に耳を傾ける余裕が生まれている。


 確かに、祖父の意向を呑むにしろ蹴るにしろ、すべて貴志が選ぶことなのだ。



「それから……これは若い貴志くんに対して、少し酷な言い方になるけれど──」



 そこでひと呼吸おいた父は、次の瞬間、纏う雰囲気をガラリと変えた。

 冷たさを孕んだ光が瞳に宿った気がして、父から目を離せないまま──わたしはゴクリと唾を飲み込んだ。



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