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【閑話・真珠】この手に残る感触は……? 後編


 それは──貴志と葵衣(あおい)の過去に疑念をいだき、黒い感情を持て余している最中(さなか)の出来事だ。


 二人の関係を勘ぐり、失恋の危機到来か!? と、顔面蒼白になったわたし。だが、その理由を知らない加奈ちゃんは、突然わたしが体調不良に見舞われたと思ったのか、それはそれは大慌てだった。


 元気だった幼子の顔色が、みるみる青くなる様を目のあたりにしたとあっては驚くのも無理もない。

 加奈ちゃんはその場でわたしを抱き上げ、即座に体調の確認をはじめたのだ。


 三人娘とわたしの遣り取りを聞きつけた貴志が「真珠はこちらで預かる」と口にするも、前述の疑念から、わたしは彼と目を合わすことなく、その申し出を突っぱねた。


 それが科博での最後の記憶だ。



          …


 わたしは現在自分の右手を見つめながら、三人娘と出会って以降の加奈ちゃんとの思い出を順番に辿っていたりする。


 会うたびに、デザイン違いの大きめのシャツブラウスを着用していた加奈ちゃん──身体の線を隠す、ゆったりとしたデザインが与える視覚効果により、わたしはずっと彼女のことを、ふくよかな女性だと思い込んでいた。


 けれど、抱き上げられた時点で、その予想が見事に外れていたことを知る──両腕を回した彼女の身体は、思いのほか華奢なつくりだったから。


 もしかしたら加奈ちゃんは、ボディラインを隠すためにサイズオーバーの服を、わざと着用していたのかもしれない。

 そう感じたのは、何故か?──それは、加奈ちゃんが口にした話の内容からうかがえた。


「ごめんね、真珠ちゃん。苦しいかな? いや、本当に邪魔だよね……」


 申し訳なさそうな態度を見せた加奈ちゃんは、自分の胸元に視線を落とすと、苦笑いを見せ、その後深い溜め息をついた。


 いまになって冷静に考えると、加奈ちゃんは自分の体型にコンプレックスを持っていたのかもしれない。

 だが、いかんせんあの時は、タイミングが悪過ぎた。


 わたしは自分のことでいっぱいいっぱいで、彼女の持つ劣等感に気づく余裕すらなかったのだ。


 ちなみに伊佐子は貧乳属性だったので、加奈ちゃんの体型は羨ましい限り──だが、人間なんて十人十色──羨望するモノも、劣等感を感じる内容も、それぞれ違うのだろう。


 その後もわたしは加奈ちゃんを気遣うことすらできず、彼女が隠し続けていた豊かな胸に埋もれ、安心感からのいつもの寝落ちだ。


 なんともお粗末で、幼稚な己の行動に遠い目になった



 わたしは、掌をまじまじと見つめつづける。

 やはり、触っていたのだろう──加奈ちゃんの胸を。



 断っておくが、決して疾しい気持ちを伴った破廉恥な行動ではない。


 長きに渡り母親からの愛情を渇望してきたわたしは、母性の象徴ともいえる豊かな胸に憧れを持っていたのだ。


 優しい加奈ちゃんの人柄に『理想の母親像』を見出した『真珠』は、まるで本当の母親に甘えるかのごとく──その胸の膨らみに、触れてしまったのだ。

 それも、昼寝中の無意識下という、コントロール不能な状況において。


 ………………………………。



 抱っこをしてもらい彼女の胸に埋もれて甘えるだけなら、まだ良かった。

 だが、嫁入り前の穢れなき純真無垢な乙女の胸元をまさぐったとあっては、救いの道がみつからない。


 しかも、胸は──彼女がコンプレックスを抱いている場所なのだ。



 記憶が鮮明になるにつれ、わたしはどんどん落ち込んでいった。

 夢であってほしいと何度も願ったのだが、そのたびに──この皮膚に残された感触が真っ向から否定する。


 全身から血の気が引いていくのがわかった。


 わたしの不躾な振る舞いを受け、加奈ちゃんは怒って帰宅したのだろうか。

 いや、怒っているのではなく、どうしていいのかわからず戸惑っていた可能性だってある。

 それどころか、もしかしたら悲しみのなか家路についたのかもしれない。


 幼女からのセクハラに、震え(おのの)く加奈ちゃんの姿が、瞼の裏に視えた気がした。


 その様子を想像するだけで、申し訳なさに拍車がかかる。


 もしも「もう、真珠ちゃんとは会えない。顔も見たくない」とベソをかかれ、絶交を言い渡されたとしたら、わたしも泣き崩れてしまうだろう。


 どうやらわたしは自分が思っていたよりも、加奈ちゃんのことを気に入っていたようだ。



 自分の不徳さが引き起こしたこととはいえ、ここで彼女との交流が途絶えるなんて、絶対にイヤだ。このままいつの間にか疎遠になる事態だけは、是が非でも避けたい。


 誠心誠意謝ろう。

 でも、どうやって?

 

 どうにかして、謝罪するきっかけが無いものかと必死に策を巡らせるわたしの脳裏に、シャツブラウスの映像が駆け抜けた。


 あった。

 ブラウスだ!


 ブラウスという『絆』が、わたしと加奈ちゃんの間には残っているではないか。


 たしか、晴夏が言っていたはずだ。

 わたしが加奈ちゃんの服を掴んで離さなかったので、彼女は服を脱いで帰ったのだ、と。


 その際、彼女は貴志が用意したワンピースに着替えて帰宅したとも耳にしている。


 だから、わたしが脱皮させてしまったブラウスは、今も我が家に置いてあるのだ。



 昼寝から起きたときに抱きしめていたブラウスはしわくちゃで、わたしの(よだれ)が広範囲に滲んでいた。


 ブラウスのその後の行方を木嶋さんに確認だ。

 おそらく木嶋さんが気を利かせ、クリーニングに出している可能性が高い。

 それだけではなく、加奈ちゃん宅に届ける約束をしていてもおかしくはない。


 ホテルから帰宅したら、木嶋さんに今後の段取りを確認し、返却の際にしっかりと謝罪をしよう。


 もしも、直接届ける手はずが整っているのであれば、「いい子にしているから」と木嶋さんにお願いして、わたしも一緒に連れて行ってもらおう。


 ああ、でも、郵送する話が纏まっているとしたら、手紙を同梱するしかないのだろうか?

 いや……子供が始末書のような謝罪文を送りつけたところで、本人が書いたとは思ってくれないだろう。


 直接、この非礼を詫びたいけれど、謝罪方法については検討が必要なようだ。




「しぃちゃん? 疲れてしまったかな?」


 娘の身体の強張りを感じとった父が、心配したのか質問を口にした。


 父の懸念どおり、怒涛のように押し寄せる驚きの展開の連続に、心身ともにものすごく疲れている。


 それに加え、たった今思い出したばかりのトンデモナイ記憶によって、気力も根こそぎ奪われてしまった。


 思考すら放棄し、今こそ寝落ちを選択したいところなのだが、考えなくてはいけないことが同時多発する身の上とあっては、おちおち眠ることさえできない。


 この心にのしかかる負担を、少しでも減らしたい。

 だから、解決できる問題を先送りしていては駄目だ。


 いまは、加奈ちゃんへの謝罪方法模索を一旦保留し、次の課題を進めるのが先決だろう。


 そう判断したわたしは、消えかけた気力を必死に集結させ、微笑みながら首を横に振った。


「ご心配をおかけしましたが、大丈夫です。少し考え事をしていただけなので──あの……パパ? 折り入って、お願いしたいことがあるのですが……聞いてくださいますか?」


 父と二人でゆっくりと会話ができるのは、直近では今しかない。

 わたしは気持ちを切り替え、父へのおねだりを開始する。


 かしこまる娘の態度を不思議に思ったのか、父は首を傾げた。


「お願い? なんだろう? 言ってごらん?」



 お願い──それは、貴志とわたしの未来に向けたもの。



「貴志兄さまの『三国一の花嫁』には、わたしがなります。だから、パパには、お祖父さまを止めていただきたいのです。協力……してくださいますよね?」


 加奈ちゃんにこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかないし、できることなら他の候補者が出現する未来も、可能な限り阻止したい。


 誠一パパの立場上、祖父に物申すのは多少のハードルがあるだろう──が、ここで父の協力を仰ぐことができたなら、これ以上心強い味方はいない。


 現状、わたしが選べる対処方法自体あまりないことも手伝って、藁にもすがる思いで父に懇願したのだ。



 溺愛する娘のおねだりとあらば、きっと聞き届けられる。

 もう、これで大丈夫。


 そう思っていた。



 しかし──


「うーん……しいちゃんのお願いであれば叶えてあげたいところなんけど、こればかりは何とも──しいちゃんが結婚できるのは十年以上先の未来だからね──」


 わたしの眉間に皺が生まれたが、このあとに続く父の言葉を黙して待つ。


「──それだけの時間があれば、貴志くんは家族をつくることだってできるんだ。だからね、パパは今の段階では、彼が幸せな家庭を築く可能性を排除したくないんだよ。

 それに、しいちゃんだってその頃になれば、貴志くん以外に、好きな人ができているかもしれないよ? パパの言っているお話の意味……わかってくれるかな?」


 意味は勿論わかるし、反論もしたい。



 でも、そんなことよりも──


  いま、誠一パパが……わたしのお願いを──断った!?



 前代未聞の事態に、わたしの意識は別の方向へと向かっていった。

 今までどんな無茶なお願いであっても、娘の希望とあらば必ず叶えてくれたはずなのに。


 思わぬ父の反応に、驚く以外のリアクションがとれなかったわたしは、瞠目したまま言葉を失った。




真珠目線の加奈ちゃんに興味があるとのリクエストを、だいぶ以前に頂戴していたのですが、やっと書けました(^o^)

閑話前後編におつき合いくださりありがとうございました。


次回更新は手術後のリハビリあけになるかと思われます。

執筆は終わっているのですが推敲の時間がとれず……(´;ω;`)


■ファンアートをありがとうございます!■

宿花さま(TwitterID:@yomihana_second)より、真珠&貴志の餌付けシーンのFAを頂戴しました。とても可愛らしいイラストなので皆さま見てください(^o^)♡

挿絵(By みてみん)



【追記】7/4→7/6

臓器摘出後の予後経過も順調で、推敲ができるまで回復して参りました。

今月末〜来月中旬には更新を再開できるよう準備を進めております。

複数話を時間差で投稿できるといいなと思いながら執筆中。

(薬の副作用で思考力不在だった時期に更新した分の改稿と、同時進行で進めています。)

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『くれなゐの初花染めの色深く』
克己&紅子


↑ 二十余年に渡る純愛の軌跡を描いた
音楽と青春の物語


『氷の花がとけるまで』
志茂塚ゆり様作画


↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
志茂塚ゆり様作画



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
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↑評価5桁、500万PV突破
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