【真珠】状況整理は大切です 前編
攻略対象にとって、わたしなんてお呼びじゃないことは百も承知なのに、彼らとの婚約話が乱立状態とは──此は如何に!?
主要メンバーの顔ぶれのなかで、その手の話題が出ていない相手は、穂高兄さまと晴夏だけ──という恐しい状況が作り上げられていたこの事実に……只々茫然だ。
どうしてこうも、次から次へと、面倒事ばかりがこの身に降りかかってくるのだろう?
いや……どうもこうもない。
わかりきったことではないか。
それはわたしの役回りが『悪役令嬢』だからだ。
──ん?
……悪……役?
そうだ!
そもそも、愛花に意地悪をしなければ『悪役』という言葉が冠されることもなく、単なる月ヶ瀬家の『ご令嬢』でいられるのだった。
ゲームのなかで『月ヶ瀬真珠』は、陰湿で執拗なイジメを『調部愛花』に繰り返すことで、その立場を追われていく。
『いじめ』──ある種オブラートに包まれた特殊用語だと、わたしは思っている。
その言葉のカラクリに騙されてしまいがちだが、やっていることは犯罪と同じなのだから、余計にタチが悪い。
心の貧しい卑怯者のすることを、主導する立場になんてなりたくもない。
混乱により正常な思考ができなくなっていたけれど、「自分のプライドにかけて、そんな真似は絶対にしない」と断言できる。
うん。
……よし。
わたしは大丈夫。
伊佐子の正義感は、真珠になってもブレてはいない。
心を乱されるな。
こんな時こそ状況整理をして、冷静になるべきだ。
そうと決まれば早速、攻略対象との関係をおさらいし、危険度合を測るべし!
まずは、穂高兄さまだ。
彼は実兄なので、婚約関係にはならない。
そういえば兄は、科博で愛花と出会い、一目惚れしていたのだっけ?
愛花が義姉になるのならばウェルカム!
──よって、一番の安全圏。
次に、貴志。
彼は期間限定の婚約者。でも、いずれはそれも解消されることになっている。
万が一、愛花が彼に惹かれたとしたら、正々堂々と勝負をすることは既に決定事項だ。
──よって、ちょっとマズイ。
でも、彼を死守するためならば、恋のライバル的位置に立たされたとしても致し方ないと思える。
続いて、晴夏。
彼も科博にて愛花と顔を合わせているけれど、元来の無口さゆえに彼女のことをどう思ったのか、わたしにはサッパリわからない。
そういえば以前、紅子が口にした『うちの嫁』発言及びに神前での『お鼻とお鼻のごっつんこ』で、涼葉はわたしが晴夏のお嫁さんになったと勘違いしていたこともあったっけ。
でも、今となっては彼こそが「バイオリンが恋人」状態。
──なので、多分安全圏。
『多分』と付け加えたのは、面白がった紅子が何を仕出かすかわからないという、晴夏本人以外のビックリ箱的要素による。
そして、ラシード。
母恋しさを募らせていた彼は、日本での母親役を買って出たわたしに懐いている。
それを特別な感情だと思い込んでいるところが心配ではある。だが、主人公に出会えば、母親と『想い人』に向ける愛情の違いに気づき、愛花を求めていくのだろう。
──だから、ちょっぴり危険だが、ほぼ安全圏。
最後に、久我山兄弟。
彼らとの関係は未確定。友人としては割とウマが合う気はする。
でも、親や家族が公認する仲として、万が一にでもお膳立てされてしまったら……。
──途端に、超危険領域をぶっち切りで突破だ。
久我山双子……特に出の婚約者に立たされた時点で──完全に詰む。
………………………………。
仲良くするのはいいが、なりすぎるのも問題だったのだ。
過去のわたしに、物申したい。どうして、こんな重要なことに気づかなかったのか!? と。
少し前に、わたしのことを『恋愛音痴』だと言ったのは、咲也だという。
それを貴志のボヤキから拾ったときは「咲也め、暴言を吐きおってからに!」と憤慨したが、すべてはその一言に尽きるのだろう。悔しいけれど、結局は咲也が正しかったのだと、自ら証明してしまったようなものだ。
わたしは己の慢心を、心から恥じた。
『攻略対象』と懇意にしていれば問題ないと信じてやまなかったわたしは、主人公の抱くであろう感情を慮ることすらできなかった──なんともお粗末な有り様だ。
自分の立場に置き換えて考えてみれば、すぐにわかることだったと言うのに。
もしも──貴志に、仲の良い女の子がいたら?
それが──単なる幼馴染みや友人ではなく、婚約者だったとしたら?
相手が貴志を想っている、いないに関係なく、わたしはその二人の関係に焦燥感を抱き、少しのことで疑心暗鬼に囚われていただろう。
それに気づいた今、愛花の心を想うと胸が苦しくなる。
好きになった相手に仲良しの幼馴染みがいるだけならまだいい。でもそれが、もしも婚約者だったとしたら……。
──とても悲しいし、正直、受け入れ難い現実だ。
今の今まで、自己保身に走るのみで、恋する愛花の乙女心に気を回すことができなかったのは、完全なるわたしの落ち度だ。
恋愛面での成長を、多少なりとも見せていたからこそ、やっとのことで発覚した事とは言え、貴志との心の遣り取りがなければ、この状況に至ってもなお、いまだに気づけなかったのかもしれない──そう思うと、己の恋愛偏差値の低さに薄ら寒くなった。
想像力の欠如を後悔しても仕方がないけれど、「没落回避作戦の守備は上々だ」という驕りによって、心の目が曇っていたようだ。
恋愛感情についてまわる心の機微に対する理解力不足が、こんな形で露呈してしまったことに、激しく打ちのめされ──わたしは深い溜め息を落とした。
そもそも、『攻略対象』と『悪役令嬢』との間にフラグが乱立なんて、ゲームファンとしてあり得ないし、許されざる事態だ。
これ以上のフラグはなんとしても避けねばならない。
よって、久我山双子との『お話』は、何がなんでもお断りする必要のある案件だ。
美沙子ママは、久我山双子との話をどの程度の『約束』と捉えているのだろう?
プレイデートの裏側にある母の思惑に辿り着かなければ、久我山兄弟との婚約フラグを回避できるか否かも判断がつかない。
わたしは誠一パパと美沙子ママの顔を、頭のなかに描いた。
先ほど、愛花の立場でモノを考えればよかったと後悔したばかりだったので、彼らの考えを予想するために、まずはその立場に立ってみようと思ったのだ。
脳内にて、仲睦まじい両親が更に暑苦しさを増していく。
彼らがイチャイチャしているのは、もはやわたしのなかではデフォのようだ。
今夏、わたしが巻き込まれた『祝福』騒動や、美沙子ママの第三子懐妊により、父と母が月ヶ瀬家の今後を含めた家族の将来を──平たく言えば、兄とわたしの『お相手』について、夫婦で話し合う機会があったのかもしれない。
なぜそう思ったのかといえば、伊佐子時代の椎葉の両親の会話が参考だったりする。
「伊佐子と尊は、どんな人と家庭を築くのかしらね?」と夫婦でお酒を飲みながら話す様子を、幼い伊佐子は何度か目撃していたのだ。
どこの親も自分の子供の将来に対して、「こうなったらいいわね」と言う希望を含めた話に、花を咲かせる傾向があるのかもしれない。
美沙子ママと誠一パパも、椎葉両親と同じく、日常のたわいない会話の中で、子供の未来についての話をしていたのだろう。
そこにタイミングよく登場したのが、先ほどの『久我山兄弟』──と、そう言うことなのだ。きっと。
わたしは更に、美沙子ママと誠一パパの二人が考えそうなことを予測する。
将来──娘と久我山家子息の間に特別な感情が芽生えたとしても、家柄的には問題ない。
むしろ──不審な人物を互いの家門に迎え入れる心配がなくなるので、安心材料としても好ましい。
家族にならずとも──仲の良い友人として付き合うだけで、双方にとって価値のある相手ではないか?
──今後の月ヶ瀬と久我山の関係づくりの一環としても、良い事づくめだ!
……と、大人の損得勘定も同時に働かせたような気もする。
このまま、企業の利益と発展の礎となるべく──なし崩し的に、結婚の約束をさせられたらどうしよう──そんな不安が心を掠めた。
けれど、咄嗟に頭を振ることで、その悪い考えを頭の中から追い出すことにも成功する。
だって、今は、家族の在り方自体が変わり始めたところだから──。







