【幕間・真珠】「今夜、人払いを」
「お前、体調悪いだろう?」
「え? いや、でも、熱はあるけど元気……」
「母さんが、お前の体調を心配して君島さんに連絡したんだよ。で、今日は急遽そういうことになった。知恵熱なら一晩寝れば熱も落ち着くだろうって」
鬼押し出し園から長野までの道中、わたしが寝こけている間に、大人同士でそういう話に纏まってしまったようだ。
貴志もその方が良いと判断したようで、お祖母さまが事前に『紅葉』総支配人の君島さんへ一報を入れてくれたとのこと。
動揺してアワアワしているところ、急に女性から声をかけられた。
「やっぱり真珠ちゃん? 葛城さんも。これはまた、奇遇ですね!」
ふと見ると、鬼押し出し園でお世話になった女子大生三人組――カナちゃん、ルリちゃん、ミチルちゃんがロビーにいた。
三人とも驚いた顔をしている。
そういえば奮発して贅沢な宿をとったと言っていたな、と記憶を掘り返す。
そうか、星川リゾートの『紅葉』にご宿泊だったのか。
貴志がソファーを詰めて着席を勧めると、三人が「ご一緒していいんですか?」「お邪魔します」「真珠ちゃん、足と体調は大丈夫?」と話しかけてくれる。
どうやらこの三人は、わたしがトウモロコシや特産品に夢中になっている間に、一足早く『紅葉』へ到着していたようだ。
ロビーでお茶請けを楽しんでいる時にわたしたちがやってきて『見間違いか?』と思ったけれど、間違いなくわたしたちだと分かって声をかけてくれたとのこと。
三人とも「酒まんじゅう最高」とご満悦だった。
同意だ。わたしもそう思った。
三人組と話をしていると、配膳係のお姉さんが新しい三組のお茶を用意して運んでくれた。
カナちゃん達は恐縮してしまって「ごめんなさい。勝手に席を移動してしまって」と、オロオロしながら配膳係のお姉さんに謝っている。
この三人にここで会えて、ちょっと頭が冷えた。
よかった。助かった。
何を慌てているのか、そうだ、わたしは子供だ。
貴志と一晩一緒に過ごしたとて、何かあるわけではない。
これも何かの機会だ。そう思って貴志にそっと耳打ちする。
「貴志、今夜、話をしておきたいことがあるの。誰にも聞かれないように。わたしのこと、それから……伊佐子のこと」
そうなのだ。
わたしは浅草寺で貴志に『幽霊』だと伝えてはいたが、『前世』については全く触れていなかった。
色々と疑問や怪しく思うこともあったであろう――が、貴志のことだ、こちらが話すまでは何も聞くまいと思っているのだろう。
貴志に、すべてを話す良い機会なのかもしれない。
再来週には、彼は欧州へ戻るのだ。
今後、二人きりで落ち着いて話せるチャンスもそうないだろう。
驚いた表情でこちらを見返す貴志だったが、わたしから何かしらの決心を感じ取ってくれたようで、「わかった」と一言だけ呟いた。
君島総支配人がこちらに向かってやってくる姿が目に入った。
「貴志さま、お部屋の準備ができましたが、ご案内しても?」
わたしたちの周りに新たな三人組の姿を認めた君島さんが、貴志にうかがいを立てる。
「君島さん、申し訳ないが、こちらのお客様を先に案内して差し上げてほしい。それと、彼女たち、この茶請けを気に入ったようなので、後で一人に一箱ずつ手土産として部屋まで届けてくれると助かる。その際に、女性が好みそうな……何か記念になる物もつけてほしい」
貴志がそう伝えると、君島さんは「畏まりました」と恭しくお辞儀をしてからその場を辞した。
「え? 何なに? 葛城さん、どういうこと?」
三人組が頭上にクエスチョンマークを点滅させている。
貴志はそれを笑顔で流し、手を挙げて次にフロントの女性を呼ぶ。
「佐藤フロントマネージャー。彼女たちにはこちらに到着する前、色々と助けていただいたので、何かあったらできるだけご要望を聞いて差し上げてほしい。よろしく頼みます」
「畏まりました、オーナー。従業員にはその様に申し送りしておきます」
佐藤さんという品のある40代後半の女性が、貴志の言葉に柔らかく微笑む。
彼女はフロントマネージャーということなので、フロントの総括責任者のようだ。
「「「オーナー……?」」」
三人娘は、茫然としたように呟いている。
そこに部屋のカードキーを携えた案内係が君島さんに連れられてやってきた。
カナちゃん、ルリちゃん、ミチルちゃんのお部屋の準備が整ったようだ。
それと同時に、貴志が君島さんに耳打ちする。
「今夜、人払いを」
――と。
いつもは書類を読み込んだりするため、夜でも貴志の泊まる部屋に君島さんと佐藤さんを筆頭に数名の従業員が出入りするらしい。
今日は元々、日中にその作業を済ませる予定だったので、夜はわたしの話を聞くため、邪魔されないように手配してくれているのだろう。
三人娘は貴志に恐縮しきりで、ぺこぺことお辞儀をして「ありがとうございます」と何度も感謝の言葉を述べている。
「こちらこそ、大変お世話になったのですから、このくらいのことはさせてください。どうぞ『紅葉』を楽しんで行ってください」
貴志はそう言って、笑顔で三人を見送った。
わたしも手を小さく振って、三人に「またね」と伝えた。
三人娘は、貴志の笑顔に顔を赤面させながらコクコクと頷き、案内係に先導されて客室に向かった。
わたしもそのすぐ後、貴志に抱き上げられ、君島さんに案内されて特別室に入った。
部屋から眺める景観が素晴らしい一室だ。
宿名が『紅葉』というだけあって、紅葉シーズンはかなり人気が出る宿のようだ。
窓の外は絶景に囲まれた造り。
オンシーズンは、予約を取るのも至難の技とのこと。
露天風呂が各部屋に設置されているため、人目を気にせずのんびり湯船に浸かり、更には鮮やかな紅葉を楽しめるとなれば、カップルからファミリーまで宿泊客が途切れないのも頷ける。
いまは紅葉のシーズンではないが、これだけの施設の旅館だ。よくこのお盆休み期間に急遽部屋を押さえることができたものだと思っていたら、この特別室はオーナー専用の部屋との答えが返ってきた。
かなり良い部屋だと思うが、常に空けてある一室とは驚いた。
でも、そうか。
確かに急ぎの仕事で泊まる必要が出る場合もあるだろう。
先代オーナー ――曾祖母の代から、オーナー専用特別室ということで、そのまま残されているようだ。







