【真珠】対抗心と「攻め過ぎだ」! 前編
(タイトルを「なろうRaWi」さんで調整し、一時的にお試し変更中)
攻略対象全員と邂逅を果たした衝撃にピリッと気を引き締めていたところ、誠一パパが美沙子ママを伴いキッズルームにやって来た。克己氏との話を終えた彼らが、わたしを迎えに来てくれたのだ。
両親の姿を目にした途端、無性に嬉しさが込み上げ、衝動的にその足元に駆け寄ろうとしたけれど、両手は忍と出と繋いだままだった。
ここにいるよ、と両親に伝えたくなり、「お母さま! パパ!」と笑顔で彼らを呼ぶ。
わたしに気づいた誠一パパの両瞼が、大きく見開かれた。
いつもならば笑顔を見せ、そそくさと近寄ってくる父なのだが、今日に限っては違ったのだ。
ガックリと肩を落とし、意気消沈する様子がこの目に映る。男の子と仲良く手を繋いでいる娘に、父は淋しさを感じたのだろう。
その落胆ぶりに、わたしはちょっぴり罪悪感を覚えた。
今まで、父が落ち込む姿を目にしても気にすることなどなかったはずなのに、「誠一パパを悲しませたくない」との気持ちが、いつの間にやら芽生えていたようだ。
そして、この罪悪感こそが、わたしが父を『大切な存在』だと認めた証拠なのだろう。
母はそんな父の肩を慰めるように叩いたあと、久我山兄弟と言葉を交わしはじめる。
出と忍は紫織と似た風貌を持っているので、美沙子ママは彼らが葵衣の子供だと気づいているはずだ。
先ほどホテルの廊下にて、激しい怒りを爆発させた母は何処へやら、にこやかに対応する様子を目の当たりにしたわたしは、さすが大人だ──と妙に感心するのだった。
そうこうしているうちに、今度は藤ノ宮紫織が初老の女性を伴ってキッズルームにやって来た。
新たなる人物の登場に、久我山兄弟が瞳を輝かせる。
「グランマ! 準備は終わったの?」
グランマ、ということは──この初老の御婦人は、彼らの祖母だ。
久我山兄弟の母方祖母・藤ノ宮茜音氏は、現在わたしの祖父母と共にいる。それを鑑みるに、この女性は父方の祖母にあたるのだろう──つまり、久我山コンツェルンの現社長夫人ということだ。
葵衣の義母でもある久我山夫人は、物腰柔らかで、おっとりとした雰囲気を纏った女性であった。
話によると、出と忍は彼女が美容室で身支度を整えるまでの時間を、このキッズルームで過ごしていたようだ。
わたしは、ソッと紫織の姿を視界に入れる。
現在、彼は貴志と話し中──洩れ聞こえた二人の会話から、紫織は甥っ子である久我山兄弟のお守りだけではなく、久我山夫人が困らないようサポートする任務にも就いていたことがわかった。
久我山兄弟は、これから父方祖父母と一緒に、ホテルの写真館での記念撮影が予定されているとのこと。
そういえば、出も忍も小洒落た服装をしていることに今更ながら気づく。
「インペリアル・スター・ホテルの対応は、さすがね。気に入っているから、よく利用させていただいているのよ」
久我山夫人は両親にむかって、滞在時の快適さを伝えていた。
まるで、わたしの両親が月ヶ瀬グループの若夫婦だと知っているような口ぶりだ。
父も夫人と顔見知りのような態度を見せているので、政財界のどこぞのパーティーで、顔を合わせたことがあるのだろう。
久我山夫人に母を、母には夫人を紹介し終えた父は、挨拶がてらで世間話を開始する。
大人同士が談笑している間に、わたしは兄と鷹司兄妹を近くに呼んだ。
父に倣い、彼らを久我山兄弟に紹介しようとしたのだ。が、わたしの周りに子供が全員集合した結果、この場に緊張感が漲りはじめるという、思いもよらぬ事態に見舞われてしまったのだ。
どうしてこんな不穏な空気が漂うのか、その理由がわからずに、わたしは困惑するばかり。
晴夏は元々口数も少ないため、彼の不機嫌さは正直そこまで気にならない。
けれど、あの常に温厚な兄の様子が、どことなくぎこちない。久我山兄弟とそつなく挨拶を交わしているように見えはするが、兄の態度から奇妙な違和感が伝わってくるのだ。
兄はその顔に、いつもと変わらぬ柔和な微笑みを湛えている……というのに──双子を値踏みするような冷たさが、彼の瞳の奥に見え隠れするのは何故なのだろう。
目の錯覚か?──と思ったけれど、隣に立つ忍からも兄に対抗するような感情が伝播し──二人の間に立ったわたしは、板挟み状態で大変居心地の悪い思いをすることになった。
兄と忍。
どちらが先に牽制を始めたのか、本当のところはわからない。
だが、あの優しい兄が、初対面の相手に威圧感を与えるとは思えず、忍が先に喧嘩を売ったのか?──と双子の片割れに、疑いの目を向けてしまう。
忍の闘争心溢れる態度を見るに、彼が兄だけではなく晴夏に対しても、何らかのライバル意識を持ったのは明白なのだが、その理由が見つからない。
初対面の印象で「コイツとはソリが合わないな」と、直感が働く相手も確かに存在するので、もしかしたら、単にお互いの相性が良くないだけなのかもしれない。
大人のわたしは経験則でそれを理解したつもりだが、この不穏な空気に心細くなってしまったのは幼い『真珠』だ。
兄と晴夏、それから忍と出の顔を交互に見つめ、彼ら全員に物言いたげな視線を送る。
わたしの表情から滲み出る不安感を察知した少年たちは、安心させようとしたのだろう──全員がこちらに、極上の笑顔を向けた。
そこで唐突に、涼葉が感嘆の声をあげる。
「見て! シィちゃん。ハルちゃん笑ってる。やっぱり美人さん! そう思うでしょ? ね? ね?」
涼葉の意見に同意したいところなのだが、この緊迫した状況で、誰か一人の肩を持つことはできない。
いくらわたしでも、そのくらいのことは理解できる。
無邪気な声で涼葉が晴夏を推しまくり「ハルちゃんが一番だよね?」と攻め込んでくるのだが、答え難い雰囲気がこの場を支配し、更なる緊迫感が増していく。
──おかしい。
揃いも揃って趣の異なる美少年の笑顔を拝んでいるこの状況は、謂わば「眼福」状態のはず。なのに、どうしてわたしの額からは冷や汗が噴き出しかけているのだろう。







