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【真珠】「パール!」


 貴志と紅子の話が現在どうなっているのか気になり始めたところで、顔を赤らめたまま黙り込んでいた忍が唐突に声をあげた。


「なあ、シンジュってパールのことだって、さっき言ったよな。だったらさ、『パール』って呼んでもいいか? いいよな! オレだけ」


 ──へ!?


 質問というよりは宣言に近い忍の科白に、わたしの動きが止まる。


 真珠の意味を、英単語で説明したのは確かにわたしだ。が、しかし、パール呼びとはかなりの変化球すぎて、さすがのわたしも返答に窮したのだ。

 対する忍は、ニコニコと輝く笑顔を見せている。


「あとさ、オレのこと、さっき『忍くん』て言ってたろ? 仲良しは『くん』は付けなくていいんだぞ。だから『忍』って呼んで! なあなあ、今すぐ呼んでみて!」


 忍の言動が果てしなく──謎だ。


 出との握手阻止を含め、忍はヤキモチを焼いていたはず。それなのに、今の彼は、超がつくほど上機嫌で、なぜか馴れ馴れしさに拍車が掛かっている。


 それに加えて『仲良し』とは……?

 なれた……のだろうか……?

 ………………………………。



 なれたのだとしたら、いつ、何処で!?



 もしかして、わたしの渾身の笑顔が功を奏したってこと?

 いや、それとも、何か『裏』があるのか!?


 グイグイと迫りくる忍の態度が不可解すぎて、どう反応すべきなのか、その最適解がわからない。

 しかも、ゲーム内の『悪役令息』のイメージが邪魔をして、よからぬ魂胆が隠されているのではないかと疑いまで生まれてしまう始末。


 ──駄目だ。

 いくら考えても、彼が好意的な態度に至った理由には辿り着けず、袋小路に追い詰められた気分になる。


 この短時間のあいだに、目まぐるしく移り変わる忍の態度は摩訶不思議で、振り回されている感が物凄い。



 頭の中を疑問の嵐が吹き抜けたところ、隣から出の心配そうな声が届いた。

 どうやら彼は、わたしの困惑を目敏く察知してくれたようだ。


「真珠ちゃん……困ってる? 『嫌だ』って言えば忍はわかってくれるよ。()()()()を聴いてからずっと、忍は『シンジュ、シンジュ』って言っていたから、キミに会えてスゴク嬉しいんだと思う」


 ──あの演奏?


 疑問が生じ「演奏とは何か?」と確認したかったけれど、忍からの「パール、パール」という声に気を取られ、思考中断を余儀なくされる。

 まずは名前の件を片付けないと、質問すらできないようだ。


 わたしへ向けられた出所不明の好意の理由は、相変わらず分からないままではある。が、その演奏とやらが関係していることは何となく理解できた。


 それに加え、出からもたらされた情報をまとめて判断すると、忍の態度には何ら『裏』がないことも予測でき、わたしはホッと息を洩らした。


 恐れていた『エネミー認定』についても、無事回避されたと思っていいのだろうか?


 それならば念には念を入れ「今後も敵対するつもりはない」という意思表示をしておくべしと、大人部分のわたしが算盤(そろばん)(はじ)く。

 その結果、呼称については『パール』を選択することが決まった。


 忍はこんなにも喜色満面で、親しみを込めて呼んでくれるのだ。

 その気持ちを無碍にすることはできないし、何よりも、好意を向けてもらえるのは、やはり嬉しい。


「出くん、心配してくれてありがとう。でも、パールの方が呼びやすいならそれでいいよ。忍くんも、なんだか嬉しそうに呼んでくれ──」


「違うぞ、パール! 『忍くん』じゃなくて、し・の・ぶ! ほらっ 言ってみて」


 出とわたしの会話に、再び忍が割り込み、今すぐ『忍』と呼んで欲しいと急かす。

 性急な忍の態度に、間髪入れずに出が苦言を呈した。


「忍、少し黙って。いまはボクが真珠ちゃんと喋っているんだよ。あと──『友達の気持ちもちゃんと考えなさい』って、いつもマミーから注意されているでしょ?」


「あっ そうだった!」


 忍は慌てて口を閉じたが、期待に満ちた眼差しはわたしに照準を定めたまま「呼んで、呼んで!」と訴えてくる。

 その様子を目にした出が苦笑しながらわたしの方を向き、申し訳なさそうに口を開く。


「無理を言ってごめんね。忍に悪気はないんだ。嫌がらずにいてくれて、本当にありがとう。真珠ちゃんは優しいね」


 穏やかな笑顔を見せた出は、なんというか……本当に可愛かった。

 子供のクセに──いや、お子様だからこそ、その笑顔は反則なのだ。


 まるで慈母のように忍を見つめる姿は破壊力も抜群で、薄汚れた大人の心を軽くズキューンと撃ち抜いてくる。ヤバイ。尊死しかねない。

 しかも、錯覚だとわかっているが、出の背中から後光が射しているように見えるではないか。



 めちゃくちゃ、イイ!

 しかも聞き分けもよくて、弟想いときた。



 ──こんな子供が将来欲しい!



 もちろん、父親には貴志を希望だ。

 そこは絶対に譲れん!


 (いずる)本人の本質的な性格も関係しているのかもしれないが、現在の彼が出来上がった過程を知りたい。


 貴志とわたしの愛の結晶──すなわち将来の我が子を、出のようなお子様に育てあげるため、ここは是非とも葵衣に、育児のなんたるかについて教えを乞う必要がありそうだ。


 妄想が飛躍したところで、ハタと我にかえる。

 いまはその明るい未来のために、久我山兄弟との時間に集中しなければいけないのだった。


 湧き始めた脳内をどうにか宥めることに成功したわたしは、久我山兄弟の顔を交互に見つめた。


 外見的には一卵性双生児というだけあってソックリな二人。けれど、話していくとその中身はまるで違うこともよくわかる。


 子供らしい好奇心旺盛さと、少しヤンチャで強引な──忍。

 控えめではあるが、言いにくい内容であっても当たり障りなく口にする──出。

 バランスが取れた良い兄弟だな、と言うのが率直な感想だった。




 しばらくの間、三人で話に花を咲かせていると、わたしの背中に声がかかった。


「──真珠、すまない。少し手間取った」


 振り返ると、お疲れモードの貴志がキッズルームの入口近くに立っていた。

 憂い顔だというのに、そのイイ男振りには恐れ入るばかり。


 貴志の後ろからは、兄と晴夏、それから涼葉がヒョコリと顔をのぞかせる。彼らもまた、将来有望な美少年と美少女だ。



 結納当日──大安吉日。

 記念すべきこの日。


 わたしは、とうとう、乙女ゲーム『この音色を君に捧ぐ』の攻略対象全員との邂逅を成し遂げてしまったようだ。


 その事実を改めて実感し、身の引き締まる思いで背筋をピンッと伸ばす。



 『月ヶ瀬真珠』と幼馴染たちが出会う運命は、どう抗っても変えることはできないのだろう。



 よし、それならば──逃げるのではなく、運命に立ち向かおう。

 自分が幸せになる未来を、この手で勝ち取らなければ、本物の勝者たりえないのだから。



 わたしは彼ら一人ひとりの顔を順番に見つめ、最後に貴志に笑顔を向けると、その胸目掛けて走り出──……そうとしたのだが、それは敢えなく阻止された。


 先ほどの、握手遮断行動と同じく、犯人はまたしても──久我山忍。

 彼は離れていくわたしを引き留めようとしたのか、この左手を咄嗟につかみ、そのまま離してくれなかったのだ。



 忍の行動に、兄と晴夏が気色ばみ、隣に立つ涼葉もなぜかご立腹。

 どうしたことか、貴志も苦笑いを見せ、額に手を当てている。


 んん?

 彼らは──忍につかまれたわたしの手首を、気にしているような気がする。


 ああそうか。

 なるほど。

 手首の腱鞘炎が悪化してしまうのではないかと、心配してくれたのかもしれない。


 気遣いをみせる四人の優しさに、胸の中心がホワリと温かくなる。


 妹想いの兄と友達想いの幼馴染み、そして婚約者の貴志に愛されて、わたしはなんて果報者なのだろう!


 心が生み出す喜びの笑顔が止まらない。


 彼らに向けて、空いていた右の手首をプラプラと振り「腱鞘炎は心配ないよ」と態度で示したところ、今度はなぜか出が慌てたようにわたしの右腕に触れた。


 彼は眉を八の字にしながら「やっぱり痛いの?」と訊いてくる。


 久我山兄弟との出会い頭の騒動で、出が真っ先に心配してくれたのは、倒れた忍ではなく──わたしの右手だったことを思い出す。

 「痛くないよ。心配してくれてありがとう」と伝えると、出は安堵の息を吐いていた。


 このやり取りの最中、一瞬だけ不穏な空気が漂ったのだが、多分わたしの気のせいだろう。

 今朝から続くダメージの蓄積が、この残念脳を更にポンコツ化させてしまったようだ。


 ──脳疲労、あな恐ろし!


 だが今は、わたしの困った脳ミソの不具合など、どうでもいい。

 皆からそれぞれにもらった優しさを、喜びとともに堪能するのだ!


          …



 これなら、いけるぞ。

 きっと大丈夫。


 演奏動画鑑賞会も、葵衣も、美沙子ママでさえも、ドンと来い!──の心境だ。

 なお、その自信についての根拠はまったくない──のだが、わたしは知っている。


 状況が転がり落ちるときに「あれよあれよ」と言う間に急転直下するのと同じく、運勢が上向くときも上昇気流に押し上げられるように突如として好転するものなのだ。


 久我山兄弟との出会いが、その好循環へ向かうための風を運んでくれたような気がする。


 待ち受ける懸念事項に対し、前のめりな心意気()つ鬱陶しいほどのポジティブさで立ち向かうぞ、とわたしは闘志を燃やしはじめる。


 そうと決まれば、まずはお腹を満たさねば!

 腹が減っては戦はできぬのだ。


 まずは豪華ランチ会食にて腹ごしらえを済ませ、本日の後半戦に挑むとしよう。




 決戦の最後──高らかに、勝鬨(かちどき)をあげるのは、絶対に絶対に、このわたしだ!






■更新について■


いつも読んでいただき、ありがとうございます。

最近の更新が遅れている理由と、それに伴う今後の更新ペースについて報告させていただきます。


一昨年よりの長患いが突然悪化し、来春外科手術を受けることになりました。


今後も体調を確認しつつ執筆を続ける予定ですが、痛みの強い期間は更新の間隔が開いてしまうと思われ、憚りながらもここに報告させていただくことにしました。


『その音』は、読んでいただいた方にポジティブな読後感を味わっていただけたら嬉しいな、という思いで執筆しております。

その前向きな気持ちを引き続きお伝えしたいため、心身共に良好時に限定して執筆&推敲するよう方針転換することにしました。

(↑今までは、できるだけ早く続きをお届けしなくては! と、更新していたのですが、わたしの未熟さもあって、体調不良が文章にあらわれるようになったのが原因です。)


現在のところ、月に複数回更新できたら嬉しいなと思っているのですが、こればかりは体調次第になりそう……。


手術が成功しましたらコンスタントに更新再開できるよう、リハビリを含め頑張ります。

大変申し訳ありませんが、ご理解いただけますと幸いです。



2021年12月9日

青羽根深桜あおはね・みお



真珠

挿絵(By みてみん)


なろうRaWiさんのタイあら診断で、試験的にタイトルの副題部分のみを詳細変更してみました。

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『くれなゐの初花染めの色深く』
克己&紅子


↑ 二十余年に渡る純愛の軌跡を描いた
音楽と青春の物語


『氷の花がとけるまで』
志茂塚ゆり様作画


↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
志茂塚ゆり様作画



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
hakeさま作画


↑評価5桁、500万PV突破
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=禁断の恋!?
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