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【真珠】『将を射んと欲すれば』?


「……へ?」


 思いもよらないエルの言葉に、気の抜けた声が洩れてしまう。


 ──不憫?


 ちょっと待て。

 わたしの持てる気遣い能力のすべてを、最大出力にて、ルーカスへ向けていたというのに。


 ──エルのこの言いよう。

 此は如何に!?


 わたしの考えも──いや、映像の共有すら、まったく役に立っていないようだ。


 何を言うのか!──と、プチ憤慨したものの、エルの科白で気勢を削がれる。


「怒るな。もう皆が諦めていたのだろう。それから、真珠──今、お前の頭の中を掠めた考えは、彼らに対して失礼にあたる。そのくらいで止めておけ。私も見たくて視ているわけではないが、あまり気分の良いものではない」



 エルに苦言を呈されたわたしの脳内映像とは、尊とルーカスがスキンシップ過多気味で寄り添う姿のことを指しているのだろう。


 何故そんな映像が鮮明に浮かんだのか、それを説明するには二人の関係について言及しなくてはならない。



          …



 弟は、ルーカスのことを、敵視していた。

 ──同じ音楽を嗜むものとして、ルーカスの才能に嫉妬していたのかもしれない。


 それに比べてルーカスは、尊に対して寛大であった。

 ──『同好の士』というような好意的な感情を、尊に向けていたように思う。



 だが、ルーカスの恋愛対象が同性であると察してからというもの、尊に向けたあの寛容さは、好意というより、更に踏み込んだ『恋情』の(たぐい)なのではないか?──と、わたしは勘繰るようになった。




 尊の恋愛対象は、勿論女性。

 昔から、ガールフレンドとくっついたり別れたりを繰り返していたので、弟がノーマルなのは紛うことなき事実。


 ルーカスからの想いに対し、尊は男としての貞操の危機を本能的に感じとっていたのかもしれない。

 それ故に、ルーカスを敵視……いや、警戒していたのだろう。



 恩師の想い人が弟であると、()()()()()で勘づいたのは、彼が同性愛者であると理解した時だった。

 その根拠とは、わたしの健康管理という名目で始まった同居時の契約内容から導き出されたものだ。


 寛容なルーカスとは言え、伊佐子が住んでいたのは訴訟大国アメリカだ。後々のトラブルにならないよう、賃貸契約の詳細は書面にて交わしていた。


 今思い返しても、わたしの立場を優遇した条件の羅列に、驚きを禁じ得ない契約内容だった。

 その中でも特筆すべきは、わたしが倒れた当時住んでいたアパートメントのリースブレイクを回避するために、『旧住居の契約期間が終わるまでは、家主であるルーカスに支払う家賃を一切免除する』という項目だろう。何かの間違いではなかろうかと、自分の目を疑いもした。


 大変ありがたい申し出ではあるけれど、恐縮したわたしは、ルームシェアの申し出を辞退する旨を告げた。

 けれど、ルーカスは条件をつけ、その契約をわたしに呑ませるに至ったのだ。



 彼から提示された条件とは、ルーカスが自宅にいる日の夜のみ、わたしが料理を振る舞い、食事を共にすることだった。



 たったそれだけのことで大金が浮くという破格の待遇に、契約当初わたしはルーカスに感謝したが、時間が経過するとともに疑問を抱くようになった。


 契約項目を何度読み直しても、家主であるルーカスには何ひとつとしてメリットがないことに気づいたからだ。


 なんら利のない条件で他人を自宅に住まわせるなんて、わたしには到底考えられないことだった。

 彼の得るメリットを強いて挙げるとするならば、わたしの手料理くらいしか思い当たらない。


 多忙を極める売れっ子のルーカスにとって、健康管理は大切だ。食事にはかなり気をつけていた様子を垣間見ることもあったし、彼の料理の腕前は相当なものだったと記憶している。


 たしかに調理に費やす手間を省けるというのは、多少なりとも利点になるのかもしれない。が、わたしの得るメリットと比較すると全く見合わない。よって、その考えはすぐに却下され、わたしはますます理解に苦しんだ。

 

 けれど、その疑問の突破口は、女友達が洩らした例の嘆きから、はじき出されることとなる。

 伴侶ハンターと化した友人との会話から、恩師の得る利点をひとつだけ発見することができたのだ。


 ルーカスのメリットとは、尊に関することだった。




 大学を卒業したわたしは、大学院進学時に寮を出ることになり、アパートメント暮らしを開始していた。

 一人暮らしを始めてからというもの、わたしの部屋には毎週末、弟が訪れるようになっていたのだ。


 大学の寮で提供される食事は尊の好みではないとのことから、自炊のできるわたしの部屋にやってきては和食をつくり、共に食事をとるようになった。

 金曜日の午後から月曜日の朝まで、わたしの部屋に尊が滞在している事実をルーカスが知るまでにはそう時間はかからなかった。

 わたしが気怠そうにしている様子を心配したルーカスに、その理由を問われたからだ。


 わたしは欠伸混じりで、「ソファで寝ていたはずの弟が、朝になるとベッドにいて、わたしを抱き枕にしていたため眠りが浅かった。寒かったのかも」と返答した記憶がある。


 大蛇に締め殺されかける悪夢を見て、目を覚ますと、尊に抱き枕にされていたのだ。

 その直後、ゲンコツを喰らわせてベッドから追い出し、次に姉を人間ではなく物扱いをすることがあったら、未来永劫出入り禁止だと伝え、それ以降弟は約束を守ってくれた。


 出禁になるイコール和食が食べられない、の図式は、弟にとってかなり堪えたのだろう。

 週末に食べる和食が、親元を離れて寮暮らしをする尊にとっては、生き甲斐だったようだ。


 ことの顛末を耳にしたルーカスは、珍しく不機嫌になり、わたしは少しばかり怯えた。


 おそらく、それを伝えた日のタイミングも悪かったのだ。

 ルーカスが久々のオフと言うことで、特別にバイオリンの演奏指導をしてくれる約束をしていた当日。貴重なレッスンに万全の体調で臨めなかったわたしに対して、彼は怒りを募らせたのかもしれない。


 その出来事を、ルーカスはおそらく覚えていたのだろう。

 わたしと同居をすれば漏れなく尊がついてくることも、その一連の会話にて織り込み済みだったのだ。


 尊は、案の定、ルーカス宅にやって来た。

 そして、用意周到なルーカスの手により、弟が宿泊するための部屋も、わたしの部屋とは別に用意されていた──しかも、抱き枕付きで。


 恩師の気遣いのできる男振りに、わたしは感動を覚えた。

 至れり尽くせりの対応で、尊からの評価ポイントを稼ごうとしたのかもしれない。


 このように、ルーカスはすべてを計算した上で、わたしとの同居を選択したのだ。



 『将を射んと欲すれば、先ず馬を射よ』を、地で行く策士っぷりに、ルーカスが尊へ向けた想いの本気度を見た気がした。



 言わずもがな──将は尊で、馬がわたしだ。


 以上のことにより、ルーカスが得られる利点は、好意を抱く相手である尊と顔を合わせる機会が増えることにあるのだと、わたしの中で判明した。顔を合わせる回数が増えれば、尊との親密度も自ずと高くなると踏んだのだろう。

 彼にとって伊佐子との同居は、わたしに付随する尊の存在に旨味があり、おそらくルーカスはそれを最大のメリットと受け取ったのだ。


 ルーカスの行動原理が理解でき、わたしの心もやっと腑に落ちたのだが、それをよしとしなかったのは尊だった。

 姉のもとを訪れるたびに、ルーカスと顔を合わせることになる状況は、弟にとって苦痛に近かったのだ。多分。


 自分に秋波を送る男性が同じ屋根の下に存在する事実は、尊を不安にもさせたのだろう。


 宿泊時、準備された客間の存在を知った弟は、その部屋の使用を渋り、わたしの部屋に泊まると言い張った。

 今思うと、万が一の事態を危惧し──己の身の危険を感じての言動だったように思われる。


 だが、わたしは尊がそんな心配をしていたとは露知らず、とっとと弟を客間へと追いやってしまったのだ。ひとりでノンビリと、安眠したかったが故に。


 尊はひとり、心細い夜を過ごしていたのかと思うと、姉として心は痛んだ。が、それでもめげずに弟は毎週末やってきた。

 そうまでして和食が食べたいのかと、食にかける尊の執念すら感じ、身の危険よりも食べ物を選ぶとは、やはりわたしの実弟だなと、妙に納得したものだ。





 わたしが恩師宅にてお世話になるようになってから、尊はルーカスに対し、益々棘のある態度を見せた。


 椎葉(しいば)家長女としては実弟の振る舞いを見過ごす訳にもいかず、尊を窘めたことは一度や二度ではない。


 解決の糸口を探るべく、わたしは何度か姉弟の話し合いの場を設け、ルーカスに非礼を働く理由を話してほしいと伝えた。

 そのたびに、弟は貝のように口を閉ざし、何ひとつとして語ることはなかった。



 確かに──男性に想いを寄せられているとなったら、尊の『男としての沽券』にも関わるのだろう。



 結果としては、尊がその理由をわたしに打ち明けることはなかった。

 もしかしたら、姉が世話になっている恩師の秘密を、本人のいない場所で、隠れて暴露するという卑怯な真似を避けたかったのかもしれない。



 ──だがしかし!

 何を隠そう、そこで引かないのがこのわたしだ。



 女友達との会話にて、既にルーカスの真実に辿り着いている強味もあった。

 穏やかな関係を築き、平穏無事な週末を望んでいたわたしは、一向に埒のあかない状況を強行突破しようと目論んだのだ。


 彼等二人の間にある複雑な関係を、とうの昔にわたしが知っていたとなれば、尊も真実を打ち明けてくれるのではないかと算段し、わたしは弟にズバッと切り込んだ。



「全部分かっているから。尊の()()()も、ルーカスの()()も」


 ──と。






挿絵(By みてみん)


↑こんな顔でエルは話を聞いて(視て?)いると思われます。


伊佐子の記憶は残り1話。

推敲中です。

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