【真珠】真相と謎
「では、どうして、二人してシャワーを使っていたの?」
貴志の言葉を遮った祖母が、ズバッと切り込むような質問を投げかけた。
シャワー?
二人して?
その質問に対する貴志の動揺が、空気の振動と共に伝わった。
「なんだそれは? かなりの語弊がある。来客用の風呂場を準備をしてくれたのは木嶋さんだ。俺は、外出から戻ったばかりで、着替える前に汗を流そうと、穂高と晴夏を風呂に入れていた──俺たちは家族用風呂を使用していたから、木嶋さんと彼女の間で何があったのか、詳しいことはよく分からない」
つまり、家族風呂と来客用風呂を別々に使っていたということ?
たしかに、八月のこの猛暑の中、外出から戻ったら汗を流してさっぱりしたい気持ちは分かる。
でも、何故、その女性がシャワーを浴びる必要があったのだろう。
「俺が関わったのはホテルのブティックに連絡を入れて、月ヶ瀬に服を運んでもらったことだけ。身支度を終えて居間に戻った時には、既に父さんと彼女は話をしていたから詳細は分からない。先に風呂から上がった子供達が一緒にいた筈だから、詳しいことは穂高に聞いてくれ」
会話を聞いても、まったく意味が分からなかった。
言いたいことは言ったとばかりに、話に切りをつけた貴志がこちらを向いた。
わたしの泣き腫らした目に驚いたのか、一瞬だけ息を呑んだ様子が伝わる。
分かるのは雰囲気だけ。
彼がどんな表情をしているのか、顔を見ていないので掴めない。
色々な思いが入り混じり、未だに彼の目をまともに見ることができないのだ。
わたしは貴志の視線から逃れるようにして、母の影に慌てて隠れた。時を同じくして、彼の口からは落胆混じりの深い呼気がこぼれる。
彼が落とした溜め息の原因は、祖母との会話内容によるものなのか、それともわたしの態度に対するものなのか、判別はつかない。
今度は母が、貴志に対して、念を押すように確認をとる。
「貴志、それは責任逃れではなく、本当のことなのね? もし、逃げようとしているのであれば、男として、恥ずべき行為よ。本当に──違うのね?」
その問いに、微かな苛立ちを募らせつつもハッキリとした動作で、貴志は首肯する。
「当たり前だ。……そういえば、木嶋さんはいないのか? 彼女に聞いてくれれば、すぐに誤解だとわかる。いくら問われても、俺の身は潔白だ。真珠が──いや……子供がここにいるんだ。もう、この話は終わりにしたい」
貴志の落ち着いた声が、この話題を切り上げたい旨を祖母に告げた。
わたしは母の膝から身を起こし、ソファの背もたれに寄りかかった。
目線はテーブルの上に定めたまま。
貴志の顔は未だ見ることができない。
俯いた姿勢で座るわたしに、貴志の視線が注がれる。
彼の顔を見てはいない。けれど、この肌が感じるのだ。
一向に目を合わせることのないこちらの様子に痺れを切らした貴志が、わたしの名を呼んだ。
「──真珠」
肩がビクリと震える。
何も答えずにいると、貴志はそのまま言葉を継ぎ、聞き取りやすいゆっくりとした口調で語りかけてきた。
「父さんと母さんが何を勘違いしたのか分からないが、お前が寝ている間に、月ヶ瀬に来ていた女性というのは──加奈さんのことだ。だから──」
そんな顔をするな──声には出さなかったけれど、貴志の言わんとしている言葉はわかった。
──加奈……ちゃん?
その名前を耳にした途端、緊張に固まっていたわたしの身体から徐々に力が抜け、不安に苛まれていた心が息を吹き返すのを感じた。
そう言えば──兄と晴夏が寝落ちる直前、話していた内容が途端によみがえる。
仕事の途中で自宅に立ち寄った祖父と、我が家に来ていた加奈ちゃんが鉢合わせをして、面倒臭い事態になったと語っていたのは、兄だった。
兄も晴夏も、その話の途中で夢の世界に旅立ってしまい、結局、祖父と加奈ちゃんの間で何が起きたのか、分からずじまいに終わったあの話──まったく気にも留めていなかったのだが、まさかこの事態を指していたとは、露ほども思わなかった。
昼寝から起きた時は、貴志と葵衣の関係が気になり、それどころではなかったし、その後は、紅子と貴志の鬼ごっこが始まってしまい呆気にとられ──すっかり……いや、完全に忘れていたのだ。
わたしは自分の知り得る情報を頭の中で並べ、つぶさに状況整理に取りかかる。
爆睡したわたしが加奈ちゃんの服を握って離さず、我が家まで彼女が付き添ってくれたと聞いたのは、昼寝から起きてすぐのこと。
そうか──わたしが加奈ちゃんのブラウスを掴んで離さず、彼女を脱皮させてしまったから、貴志は彼女のためにホテルのブティックから服を取り寄せたのだろう。
加奈ちゃんの、あのブラウス──実は、わたしのヨダレが、ベッタリと広範囲に染み付いていた。
あのヨダレ量。これはブラウスを通過し、彼女の肌までベトベトにしてしまったのではないかと、かなり心配していたのだ。
その肌の汚れ具合を確認した木嶋さんが「折角着替えるのですから」と、加奈ちゃんにシャワーを勧めたところまでは、なんとなくではあるが推察できた。
加奈ちゃんがお風呂に入る原因を作った犯人は、まさかのこのわたし!?
兄と晴夏が言っていた「騒ぎ」とは──この一連の出来事……だったのか?
祖父は、貴志と加奈ちゃんの関係を深読みし、祖母に連絡を入れたのかもしれない。
だが──普段は冷静な祖母が、あんなにも感情を顕にした理由は他にもあるような気がした。
親心と言うには、いささか行き過ぎていた感があったような気がしたのは、何故?
加奈ちゃんとの関係を勘違いした祖父に、貴志は誤解であることを告げ、祖父自身も納得し了解したと言っていた筈だ。
事の真相は分かったのに、ここに来て、別の謎が生まれてしまった。
祖父は、いったい何を考え──何をしようとしたのだろう?







