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【真珠】キーホルダー


「真珠、行くぞ。やることがあるんだろう?」


 愛花との時間を思い出していたわたしに、貴志が声をかけた。


「へ? やること? なんだっけ?」


 わたしは首を傾げて、貴志を見上げる。


 何かあったっけ?


 まったく思い出せない。



「買いたい土産があると穂高から聞いている。午前中の空いているうちに購入して、出口のロッカーに預けておくぞ」



 貴志はそれだけ言うと、先導するように階段を降りていく。


 来年生まれる月ヶ瀬家第三子が将来使うであろうカップと、兄と晴夏とラシードに渡すためのキーホルダー。それらを忘れずに購入するミッションを、早々にコンプリートしておく必要があったことを思い出す。


 愛花騒動により、すっかり失念していたが、万が一の場合を考え、朝方兄に伝えておいて良かった。



 マグカップをひとつと、小さなキーホルダーをわたしの分を含めて四つ──いや?

 ラシードにも渡すのならば、エルにも贈ったほうが良いだろう。


 まてよ?

 そうすると、それらをホテルに届けてもらう予定の貴志にもプレゼントをするべきか?


 うむ、皆でお揃いというのも、なかなか乙なものだ。

 悦に入り、ご機嫌になったわたしの脳裏に、愛花の顔が(よぎ)った。



 そうだ!

 ──彼女にも贈ろう。



 レストランで目にした予約待ちリストには「調部(清)」と書いてあった。おそらく清可が書いたものだと思われる。


 お昼時に、レストランで会えるだろうと踏んだわたしは、彼女にもプレゼントを準備することに決めた。


 愛花に渡すのなら、『ゆずちゃん』の分も必要だと思い至り、彼のキーホルダーも頭数に加える。


 高校入学まで、こんな偶然でもなければ、愛花と再会することはないだろう。


 まだ幼い彼女のこと。わたしの顔なんて、十年もしたら忘れるには充分な時間だ。

 それでも、微かな絆を持ちたいと思ってしまう位に、わたしは彼女を好ましく思っている。


 そして、あわよくば、彼女にとって小さな頃の思い出のひとつになるといいな、との願いも含まれていたりする──はっきり言って、自己満足だ。


 それを理解しつつも『キーホルダーお揃い計画』の素晴らしさに、わたしはガッツポーズをつくった。


 愛花が恐竜好きで良かった!


 わたしは己のアイデアに陶酔し、(すこぶ)る上機嫌だ。

 思わず鼻唄も洩れてしまう。


 天にも昇る気持ちで、先を歩く貴志の背中を追い越し、わたしは軽やかに階段を飛び降りた。


 両手を羽のように広げてヒラリと着地を決めたところ、追いかけてきた兄と晴夏の手によって、この両腕は捕獲されることとなる。


 驚いたわたしは、左右の美少年に向かって交互に視線を移した。


 お手手繋いで仲良く移動?

 仲良しごっこをするのか?

 ──よし、分かった!


 二人の行動を嬉しく思い、彼らの手を握り返す。

 けれど、後方から届いた貴志の科白により、その気持ちは途端に(しお)れていく。



「今日の真珠は、何処かおかしい。こんな時に限って迷子紐がないとは……。穂高と晴夏──土産物屋まで、手を繋いで連行しろ。絶対に、逃がすなよ」



 ふあ!?

 なにおう!?


 こやつめは、何を抜かすのだ!

 わたしのような優等生を、完全なる問題児のように扱いおってからに!


 恨めしそうな視線を貴志に送る──のだが、その表情も長くは保たない。

 すぐに、この頬がだらしなく緩んでしまうのだ。


 先ほど出会った愛花を思い出すだけで顔がニヤけ、相当残念な表情と化しているのは間違いない。


 頬を触って元に戻したいけれど、惜しむらくはこの両手。

 普段であれば美少年二人を侍らせる状況は幸せの極致なのだが、両手をガッチリと掴まれているため、この顔を隠せないのがちょっぴり恥ずかしい。


 でも、まあ、いいか。

 貴志の失礼極まりない言葉についても、愛花との出会いに免じて許してやろう。


 わたしはクフフと笑いながら、両手を万歳の格好で振り上げた。

 勿論、兄と晴夏の腕も一緒だ。



「真珠、ちょっと落ち着いて。さっきから本当におかしいよ」

「シィが、浮かれている」



 同時に、二人の声が降ってくる。


 『主人公(ヒロイン)』調部愛花の想定外の登場により不安に陥り、焦燥を覚えた少し前のわたしは、この場にはもういない。


 今は、彼女に出会えたことが、嬉しくてたまらないのだ。


 この気持ちは何なのだろう?


 とても落ち着くような、ワクワクするような、それでいて懐かしいような、この感覚。


 わたしは前を向いて、再び鼻唄を歌う。



 曲は、尊が子供の頃、よく弾いていたヴィヴァルディの協奏曲──短調の調べではあるけれど、ドラマチックなチェロの音色が、先ほどから頭の中で流れて止まらない。



 そういえば、楽器が手元にない時は、尊と二人で第一パートと第二パートに別れて歌って遊んだな、と小さな頃の思い出も鮮やかによみがえる。


 科博には、尊と家族の思い出が詰まっている。

 彼らとの時間を『過去』とするため──謂わば『儀式』として、今日みんなで訪れたのだ。

 だからなのか、様々な思い出が胸に去来するのだろう。


 前回の訪問時には、『心の嵐』に襲われた記憶が新しい。荒れ狂う気持ちに再び見舞われることを危惧していたけれど、あの感情の昂りは、今の処この心に牙をむいてはいない。


 それは、ここにいる愛する人たちが──わたしに『この世界』での居場所を与えてくれたから。



「真珠! うわっ ちょっと、待って」

「シィ! まさか!?」



 兄と晴夏の声が左右からきこえる。

 二人に悪戯な眼差しを送ったあと、わたしはスウッと息を吸い込んだ。


 彼らの中心にいるわたしが階段を飛び降りる体勢に入ったことを察知し、兄と晴夏も慌てて一緒にジャンプする。


 三人まとめて階下の床に着地した瞬間、わたしは嬉しさに声を出して笑った。



          …



「咲也、ちょっと行こうよ!」


 お土産を早々に購入し、カップのみを貴志に預けたわたしは手持ち無沙汰になっていた咲也に声をかけた。



 理香と三人娘は、お菓子を物色中。

 楽しそうに「これ美味しそう」「あれも可愛い」と意見交換をしながら、家族へのお土産を選んでいるようだ。


 兄の姿を探すと、彼は図鑑を真剣に眺めていた。

 晴夏に目を向けると、虫が閉じ込められた琥珀のケースを興味津々で見つめている。


 貴志はというと、時々わたしを視界に入れつつ、兄と晴夏を見守り中だ。



 わたしの誘いに対して、咲也が怪訝そうな声音を響かせた。


「真珠? 『行こうよ』って、どこに行くんだよ?」


「へ? 約束したでしょう?──『天球』で。あれ? 忘れちゃった?」


 土産物売り場からほど近い場所にあるアレを見に行くつもりでいたわたしは、咲也の言葉に首を傾げた。


 皆がショップ内を見ているこの時間内に、わたしは咲也と一緒に『フーコーの振り子』を見に行こうと思ったのだ。


「『天球』で? ああ、そんなことも言っていたっけ。いいけど、少しだけだぞ」


 咲也はその約束を思い出したのか、こちらに手を差し伸べた。


 わたしがその手を取ると、咲也が貴志に声をかける。


「貴志! 真珠を連れて『振り子』を見てくる。しばらくコイツを借りていくぞ」


 貴志がその声に気づき、こちらを振り向いた。


「手間をかけて悪いな。穂高と晴夏の用事が済んだら迎えに行くから、それまで真珠を頼む。真珠──(サク)から離れるなよ」


 わたしは貴志に向かって笑顔で頷くと、咲也の手を引っ張るようにして、振り子へ向かって歩いて行った。




■真珠のファンアート(翠古羊さまより)■


子供の身体だと気づかずに渾身の演奏で会場を驚かせた冒頭シーンのイラストをプレゼントしていただきました。

ホール内部まで描いてくださり、本当にありがとうございます!


挿絵(By みてみん) 

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『くれなゐの初花染めの色深く』
克己&紅子


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『氷の花がとけるまで』
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↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
志茂塚ゆり様作画



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
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↑評価5桁、500万PV突破
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