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【真珠】シィちゃん&ういちゃん


「ちょっ……と、待って!」


 兄の慌てた声と共にその腕が、わたしと愛花の身体の隙間に割り入り、くっついていた二人をベリッと剥がした。


 なんだ?

 わたしに対して、ヤキモチか?


 一目惚れした愛花が、自分以外の誰かと仲良くする姿を見るのが耐えられない……という独占欲なのだろうか。


 ──たとえその相手が、自分の妹であったとしても?


 兄の行動に、主人公へのものすごい愛情を感じ、さすが運命の出会いだと感動さえ覚える。


 お兄さまも可愛いところがあるのだな、と微笑ましく思い、わたしはフフッと笑い声を洩らした。


 妹に自分の胸の内を悟られてしまったことが恥ずかしくなったのだろうか、兄は何故か「真珠! 違うからね」と念押しして、必死に首を左右に振っている。


 うふふ。

 大丈夫ですよ、お兄さま。


 いくらわたしとは言え、人の秘めたる想いの中心に土足で上がるような真似は致しません。


「大丈夫です。わかってますから」


 兄の心に芽生えたであろう幼い恋心を見守るべく、温かな眼差しを兄へと送るも、何かを感じた兄は断固として首を振る。


「違うからね!」


 念を押すようにもう一度言うあたり、やはり恥ずかしがっているのだろう。

 兄の新たな一面を知れたことに対して、小さな喜びを感じているわたしだ。


 応援しますよ、と口に出しかけたけれど、残念ながら激励のその言葉は呑み込まれることとなった。

 その場に、少女の泣き声が響いたからだ。


 ──愛花だ。


 突然、引き剥がされて驚いたようで、水晶のような涙が大きな瞳からこぼれ落ちていく。


 泣き顔でさえも目を奪われるとは、圧巻の美しさ。さすが乙女ゲームの『主人公』だ! と、わたしは感心しきりである。


 正直に言おう──眼福だ!


 それ以外の言葉が見つからない。


 見惚れてしまい、慰めるという考えですら過りさえもしなかった。




「ウイ? どうしたんだ?」


 展示室内から男性の声が届き、振り返ると小さな男の子の手を引いた、二十代半ばの男性が立っていた。


「きよちゃん……っ」


 愛花はその男性に向かって走り寄ると、ギュッと抱きつく。


 『きよちゃん』と呼ばれた青年は、どうやら愛花の保護者のようだ。

 年齢から言って、父親ではないとは思うが、少しだけ愛花に面差しが似ている。血縁関係があるのだろう。


 兄がスッと前に出て、愛花の保護者の近くに寄る。


「申し訳ありません。僕が彼女を驚かせてしまったようで──」


 兄が簡単な状況説明をしたところ、愛花は『きよちゃん』から(たしな)められる事となった。


「ウイ、いきなり人に抱きついたら駄目だ。この前も言っただろう?」


 注意を受けた愛花は、しゅんと項垂れ「ごめんなさい」と言って反省している。


「謝るなら、誰にだ? 考えてごらん?」


 『きよちゃん』は優しく諭しながら、愛花自身に答えを導き出させようとしている。


 熟考の結果、愛花はわたしのほうを向き、おずおずと言葉を紡ぎはじめた。



「シン……ジュちゃん? え……と、えーと……驚かせてごめんなさい。英語でお話し、できると思ったら、あのね、えーと……嬉しくなって、抱きついたの」



 愛花はたどたどしく、謝罪の言葉を口にのせる。


 ──あれ?


 先ほど、抱きつかれた際に流暢な日本語を話したと感じたのは何故だろう。

 大人びていると思ったのも錯覚だったのか?


 今の愛花は、年相応──いや、少し幼い印象でさえある。


 それは話す言葉から、ヒシヒシと感じられた。


 彼女の使用言語は英語──けれど、滑らかな発音とは言い難く、考えながら、言葉を探しつつ口にのせている。その発語時の様子が、彼女を余計に幼く見せているのかもしれない。


 ──確か、尊もそうだった。


 複数言語を同時に学ぶ子供の幼少期に起こる現象だ。

 日本語と英語の二言語を同時吸収している段階なので、母語のみを学ぶ同年代の子供に比べ、話す力が劣ってしまう──残念ながらよくあることだ。


「わたしは、大丈夫。全く問題ないよ」


 笑顔で答えると、愛花はホッとしたような表情を見せ、涙を引っ込めた。


「ありがとう……シン……ジュちゃん」


 真珠という音が難しいようで、必死に正しい発音を口にしようと心がけてはいるのだけれど、かなり苦労しているのが伝わった。


「シィでいいよ。そのほうが言いやすいでしょう?」


「シィちゃん? うん、言いやすい。わたしは、ういちゃん、よ」


「ウイ──自分の名前を言う時に、『ちゃん』はつけないんだろ?」


 愛花の保護者が、そっと注意をして、正しい呼び方を教えている。


 ハッとした表情を見せた愛花は恥ずかしそうに頬を赤らめ、俯きながら言い直す。


「えーと、あのね、うい、です」


 その素直な態度に、わたしは笑顔を向け、彼女の両手をそっと包んだ。


「ういちゃん、よろしくね」


 挨拶をし終えたところで、兄が愛花の前に一歩踏み出て、謝罪の言葉を口にのせる。


「先ほどは申し訳ありません。思わず咄嗟に引き剥がしてしまいました」


 兄はその謝意と共に、頭を垂れた。

 晴夏の妹・涼葉に対する態度とは違い、かなり硬い挨拶のように映る。

 もしかしたら緊張しているのかもしれない。


「あなたも、英語で……お話しできるの?」


 愛花はキョトンとした表情を見せたあと、兄に向かって破顔した。

 喜びを表すためなのか、思わず兄に抱きつきそうになったところを『きよちゃん』から腕をサッと掴まれ「ウイ、忘れるな」と言われて動きが止まる。


 バツの悪い表情を見せた愛花は、『きよちゃん』に頷いて見せたあと、兄に向かって薔薇色の頬を緩ませた。


 満面の笑みを湛えた愛花は「わたしこそ、ごめんなさい」と言って、兄を倣ったのか見様見真似で頭をペコリと下げた。



 『きよちゃん』は、わたしと兄に「綺麗な発音だね。君たちも一時帰国中なのかな?」と質問する。


 わたしは、首を横に振り、日本語で答えた。


「いえ、海外に出たことはありません」


 真珠として、ではあるけれど──と、心の中で付け足し、『きよちゃん』に向かって微笑む。


 『きよちゃん』は驚いたような表情を見せると、優しく笑った。

 柔和な笑顔には、繊細な美しさがキラリと光る。

 さすが愛花の血縁者。

 納得の美男子ぶりだ。


「そうなんだね。日本語も英語も流暢で、これは……驚いたな」


 彼はそう言って、感心するように何度も小さく頷いている。


 ふと、愛花に視線を向けると、彼女は興味深げな眼差しをわたしと『きよちゃん』に向け、日本語での会話を傾聴しているようだった。




続きは、推敲中であります。


先日は愛花を描いたので、今回は真珠を描きました。


挿絵(By みてみん)



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