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【幕間・真珠】三国一の花嫁?


 喜んでくれるかと思った祖父は、何故か首を横に振る。



「真珠。お前は優しい子だな。だがな、お前が気負うことは全くないんだよ。婚約とは言っても一時的な措置だ。年齢的に言っても、お前が成長するまでは、貴志も待てまい。お前との婚約を解消した暁には、貴志に良い仲の女性がいれば身を固めてもらい、いなければ儂が八方手を尽くして『三国一の嫁』を必ず見つけ出す──そう、誠一くんを美沙子にと探し当てた時のようにな──だから、お前は、何も心配しなくていいんだ」



 へ?

 今、なんと!?


 え?

 あれ?


 ねえ、ちょっと待て!



 いや、そうか……そうなのか。


 誠一パパは、祖父の手によって、美沙子ママの元に導かれたのか──相思相愛かつ相性抜群のお相手を、娘のために紹介できるなんて物凄い才能だと思う。


 しかも、双方共に一目惚れをさせてしまうような、最良の人選をやってのけた手腕には、正直、感服せざるを得ない──が、いやいやいや!



 今は、そこに感心している場合じゃない!



 貴志は一瞬呆気に取られた表情を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。


 しかし、何故か反論をしない。


 涼しい顔で、黙って祖父の話を聞いているだけだ。



「お前が事業に参加する時点で、選りすぐりの女性を秘書として数人つけるから、今から楽しみにしていてくれ! 共に仕事をすることで、そこから芽生える想いもあるかもしれんからな」


 祖父の言葉に、わたしの頬がヒクヒクと引き攣るが、語っている当の本人は悦に入っているようで(すこぶ)る上機嫌だ。




 ──が、貴志!

 貴志よ!!!


 何故、何も言わない!


 ノンビリ話を聞いている場合なのか?

 違うのではないか?


 早く!

 一刻も早く、祖父の『三国一の嫁探し宣言』をお断り申し上げろ!!!



 いや、ごめんなさい。

 是非、断ってください。

 どうかお願いします。



 と、心の中で手を合わせる。



 少しオロオロし始めたわたしの肩を、兄がポンッと叩いた。


 兄は目を閉じると、溜め息をつき、首を左右に振る。

 今は何を言っても無駄だ──と彼は伝えてくれたようだ。


 確かにそうなのかもしれない。


 祖父は、貴志と完全なる和解ができたばかりで、浮き立つ様子が見受けられる。それもかなり激しく。


 貴志もそれが分かるから、今は黙って父親の話を聞いているのだろう。



 ジッと黙って二人の遣り取りを見つめていたところ、何故か視界が急速に霞んでいった。


 瞬きもせず、彼等を凝視していたので、眼球が乾燥防止の自衛反応により涙を自動製造し始めたようだ。


 少しだけ目が痛い。



「アナタ──いい加減になさってください。真珠が泣いているではありませんか!」



 祖母の雷が、祖父を直撃した。



「ん? おお!? すまんな。真珠。どうした?」



 気がつくと、わたしの両眼には涙が溜まり、その瞬間、ポロッと一粒、透明な雫が零れ落ちた。


「お? おおお?」


 祖父は孫娘が何故泣いているのか理由がわからず、只々(ただただ)たじろぐばかり。


 自衛反応だと伝えるにしては何故か心がモヤモヤし、どうしようかと思っていたところ、涙を流すわたしの身体を貴志がフワリと抱き上げた。


 貴志の首にしがみつき、その肩に顔を(うず)めると、少しだけ気持ちが落ち着いたのでホッと胸をなでおろす。


 けれど、涙は止まらず、貴志の首筋に貼られたガーゼに零れた雫が沁み込んでいく。



「ごめんなさい。瞬きをしていなかったから眼球が乾燥して、涙が出ちゃっただけなんだけど……多分。あれ? でも、なんでだろう? よく分からないけど、止まらないよ」



 泣き止もうとするが、何故か涙が止まらない。

 意味も分からず、頬を濡らす水滴を必死になって拭う。


 自分の心が、よく分からない。



 これは、新手の『真珠』の癇癪なのだろうか?

 言いようのない、もどかしい感情に心の中が支配されるのだ。



 不思議に思っていたところ、今まで祖父の話を聞くだけだった貴志が、突然口を開いた。



「父さんの考えは親心と思って、話半分で聞いておくよ。でも、俺は、共に生きる相手は自分自身で選びたい。今もこれから先も、望む相手は唯一人。他には誰も──いらない」



 その言葉を耳にした途端、涙が突然止まり、わたしは安堵の息をつく。

 その様子に気づいた貴志が、頭をそっと撫でてくれた。



 が、貴志の科白に、祖父の追及が開始となる。



「既に、誰か意中の相手がいるのか? それなら──今回の婚約の件について、儂からそのお嬢さんに誤解なきよう説明するから、今度連れてきなさい」


 貴志はそれに対しては笑顔を返すのみで何も答えず、わたしを抱え直した。



「先に真珠を部屋に連れて行ってから、今日の本題──アルサラームの件を、大人だけで話そう」



 貴志の言葉を聞いた父が、わたしに声をかけ、手を伸ばす。



「しぃちゃん、眠いなら、パパがお部屋に連れて行ってあげるよ。貴志くんの迷惑になるから、パパのベッドで先に寝んねしよう」



 父の宥めるような口調に、わたしは嫌々と首を動かし、更に貴志にしがみ付く。


 今現在の心の不安定さに加え、なんと言っても、まだ、父の腕の中で眠る心の準備ができていない。



「今夜は、お祖父さまに『貴志を宜しく頼む』と言われたから……だから、貴志と一緒にいます」



 父の眉がハの字になった。


 少し申し訳なく思いながらも、ここで仏心を出してしまえば、なし崩し的に父と眠ることになってしまう。

 それに先程の、理解不能なささくれ立った感情の収拾も付いていないのだ。


 それ故、わたしは貴志に、これでもかとしがみ付く。


 同時に、涙も再び、せり上がる。



 貴志が、わたしの昂ぶる気持ちを落ち着かせようと背中を擦り、「大丈夫だ」と耳元で囁いた。



「義兄さん、暫く彼女をお借りしても大丈夫ですか? 寝かしつけてきます」


「貴志くん、本当に済まないね。手間を取らせてしまって申し訳ない」



 父が詫び、貴志は「いいえ」と言ってからわたしを抱えたまま、音楽ルームの扉に向かって歩き出した。







「まったくアナタときたら! 真珠の気持ちも理解しないで……」


 背後から、祖母の声が届いてきた。

 いつもの如く、祖父に喝を入れているようだ。


「いや……でもな、幼い真珠に背負わせるような話ではないだろう? あんなに優しい子に、そんな重責を今からかける必要はない。そもそも、何故、儂が怒られているんだ?」


 祖父の大慌てな声が室内に響き、次いで溜め息混じりの母の声が届く。


「お父さまのご意見、今日に限っては、いちいちご(もっと)もなんだけど……真珠は、貴志のことが好きなのよ」


「いや……好きって、それは家族としてだろう?」


 祖父の動揺する声に、父が遠慮がちに補足説明を加える。


「残念ながら、お義父さん……わたしも父親として、本当に、非常に、残念な気持ちなのですが……しぃちゃんの貴志くんへの好意は、どうやら肉親の情とは違う種類なんです──まったく、大変、残念ながら──見ていれば、分かります」


 父の「残念ながら」の連発に、彼の悲哀が篭っていた。


「……お祖父さま、真珠を泣かせましたね? もう少し、彼女を観察していれば、失言せずに済んだのに……」


 祖父は、あの優しい兄からも追い討ちをかけられているようだ。






 貴志は音楽ルームを出ると、そのままわたしの部屋に向かうつもりだったのか、二階へと続く階段を上ろうとする。


 その動きを察知したわたしは、フルフルと首を振った。



「大人の話が終わるまで、貴志の部屋にいたい。客間で待っていてもいい? どんな話し合いになったのか聞きたいの。わたしには聞かせたくないんでしょう?」


 貴志が、溜め息をつく。


「お前に聞かせたくないと言うよりは、お前の両親が、お前に対して聞かせたくない、というような内容だからな」


 ああ、そうだ。

 確かに、そういう内容の話だ。


「起きて……待っていてもいい?」


 貴志が、わたしの目尻に溜まった涙を拭いながら「勿論」と頷く。


「落ち着いたか?」


 貴志は、わたしの瞳を覗き込む。


「うん……多分。瞬きをしていなかったから、涙が出たのかも。でも……実は、よく分からない」


 わたしが難しそうな表情を見せたところ、貴志が笑った。


 まるで、仕方がないやつだ、とでも言うような笑い方に、わたしは頬をプウッと膨らませる。



「その理由──よく考えてみろ。俺が戻ってくるまでの宿題だ」



 そう言って、貴志は、何故だか少しだけ、嬉しそうな表情を見せた。










読んでいただき、ありがとうございます。


科博に行きたいので、サクサク進ませていただきます(*´ェ`*)♡

なので、今回、文字数多くてゴメンナサイ(;・∀・)



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