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【幕間・真珠】正統な主(あるじ) 後編


「貴志――真珠と教皇聖下との間で交わされた儀式についての話を聞く前に――この機会に、どうしても話しておかねばならないことがある。お前に関する……とても大切な話だ」



 改まった口調で、祖父は語りだした。


 いつもの様子とは打って変わり、厳格さを漂わせたその言葉に、わたしの心臓が騒ぎだす。




「もっと早くに話しておくべきだったと、お前が出奔してからの七年間、何度後悔したか分からない。もしも話していたら、お前はこの家に留まっていたのだろうかと、己を呪ったほどだ。


 だが、お前に……わしと同じ苦しみを与えることが忍びなくて、お前が本当の両親のことに自ら辿り着かなければ、やはり伝えることは……無かったような気もする」




 祖父は貴志の様子を伺いながら、言を継ぐ。



「お前の本当の両親については、既に昨日ホテルで伝えている通りだ。父親は、わしの弟の月ヶ瀬正幸(まさゆき)。母親は千尋の親友だった多貴子(たきこ)さんだ」


 祖父が、これから何を語ろうとしているのか見当がつかず、わたしは困惑するばかり。



 いま分かるのは、繋いだ貴志の掌が、微かに震えているという事実だけ。



 何故か、貴志が先ほど客間で口にした言葉が、突然頭の中に響いた。



『――何故、俺は……お前の姿に何度も惑わされた? これは……一体どういうことなんだ?』



 なぜ今、彼のあの科白が浮かんだのだろう。



 貴志が口を開き、淡々とした声で祖父に問う。



「父さん――俺からも、ひとつ……訊きたいことがある。おそらく、今から父さんが話そうとしている内容に関係することだと思う」



 祖父は、少し驚いたような顔になり「何だ?」と言って、貴志の次の言葉を待った。



 貴志は祖父に対して、先ほど客間で感じたひとつの疑問を投げかける。



「俺は――本当に……美沙の従弟(いとこ)……なのか?」


 ――と。



 粛々と、真実のみを求める貴志の姿は、表面上は落ち着き払っているように見える。

 その言葉からも、感情はまったく感じられなかった。


 ――けれども、その本心は?


 わたしの目には、彼は自分を見失わないよう、極力その心を削ぎ落とし、気持ちを抑え込もうとしているように映るのだ。


 必死に自制する様は、何処か痛々しく、この心に(さざなみ)をたてる。



 貴志が、その疑問を口にした瞬間、母と祖母が揺らいだ。


 彼女達が一瞬だけ見せた心の動揺に、何か思うところがあったのだろう――貴志は深く息を吐き出すと、天井を仰ぎ、そっと目を閉じる。



 諦めにも似た態度が彼から伝わり、わたしは彼の腰に咄嗟に抱きついた。



 深い溜め息を洩らした祖父は、腕組みをしてから椅子の背もたれに寄り掛かる。



「貴志、お前は何か勘違いをしているようだが……正真正銘、お前は美沙の従弟で、正幸の――わしの弟の実の息子だ――それだけは間違いない。その証拠に、お前の音楽についての才能は、両親二人から引き継いだものだ。正幸はチェロを、多貴子さんはバイオリンを専攻していたから」



 貴志は祖父の言葉に、意外そうな表情を見せた。



 彼のその様子から、少しの安堵が見て取れ、わたしはほんの少しだけ緊張を(ほぐ)す。



「ただ、我々は同じ月ヶ瀬の血族ではあるが、わたし達とお前との血の繋がりは、濃いものではない」



 どういうことなのだろう?

 わたしは黙って、祖父の話に耳を傾ける。



「それは……一体どういう……?」


 貴志は独り言のように呟き、訝し気な視線を祖父へと向けた。



 祖父は「誤解を生まないよう、これだけは先に伝えておく」と前置きをしてから、とてもゆっくりとした口調で――貴志の心に直接語りかけるように――(おごそ)かに言葉を紡ぎ出す。





 「正統な血を継ぐ、月ヶ瀬の直系は――



    当主と名乗るべき唯一の人間はな



  この世には、もう……



    貴志――お前しか存在しないんだ」





















シリアスは、あと数話ほど。

その後は、甘々が控え、波乱含み(?)の科博へGo!であります。


      ■■■


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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