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【閑話・神林飛鳥】『虫除け』? と スイカ割り


 真珠が眠った後、お祖父ちゃんの神林(かんばやし)八段が現れ、わたしの所にやって来た。


 貴志さんはスッと立ち上がると「ご無沙汰しております」と折り目正しく礼をし、近況報告をする。


 お祖父ちゃんとの挨拶の後で、中学時代に貴志さんが道場通いをしていた時の仲間も現れたので、その人達とも挨拶を交わしはじめ、周囲に笑い声が生まれた。


 他にも来ている知り合いがいるとのことで、昔の仲間が案内しようと気を利かせているようだ。


 貴志さんは穂高クンと晴夏クンに了承をとってから、数メートル離れた場所に移動した。


 真珠が心配なのだろう──会話の途中、時折、貴志さんの視線がこちらに送られる。


 わたしは、その都度手を上げて「大丈夫ですよ」と伝え、真珠を抱え直した。




 暫くして、保護者や年長者用にビールが運ばれ始めると、貴志さんはこちらへ戻ってきた。



「一緒にお酒を飲まれたらいかがですか? 真珠は眠っているし、まだお話をしていても大丈夫ですよ?」



 そう伝えると、貴志さんは「ありがとう、あっちゃん」と言いながら懐に手を入れ、そこから掌サイズのスプレー瓶を取り出した。



「酒が出てきたから、念のため、これをかけておく必要があるんだ」



 貴志さんはキャップを外すと、透明な液体をシュッと真珠に振りかける。



 ──あ、この香りだ!



 先ほど、真珠を抱き上げた時に感じた、あの懐かしい芳香の正体はコレだったのか──と、貴志さんの持つ容器に見入った。



「良い香りですね。懐かしい匂いがします」



 わたしの言葉に興味を持ったのか、隣で梨をかじっていた斉木さんたちもその香りを嗅ぎはじめる。



「オレンジの香り?」

「薔薇? あれ? ジャスミンかな?」

「ん? 杉の香り?」



 各々(おのおの)が、まったく違う匂いだと口にし、何故か意見が一致しない。


 オレンジ?

 薔薇?

 ジャスミン?

 杉?


 全てわたしの嗅覚がとらえたものとは違う香りだ。



「わたしは──縁側で日向ぼっこをしている時の匂いがしました。みんな感じる香りが違うなんて、面白いなぁ」



 三人が「おっ?」という顔をした。


「あっちゃんは、お日さまの匂いってことかな?」

「なんで、感じる香りバラバラなんだろう」

「ほんと、不思議だね」



 容器を手にする本人も首を傾げている。

 その様子から、わたし達が口にした香りではないことは分かった。


 貴志さんはどんな匂いを感じているのだろう。

 興味がわいたけど、その疑問を質問できないうちに斉木さんが貴志さんに問いかける。



「貴志先輩、これって虫除けですか?──真珠ちゃんが蚊に刺されないように」



 杉の香りがすると言った彼女は、真珠の周囲に漂う残り香をクンクンと嗅いでいる。



 貴志さんは、その問いに対して何か思うところがあったようで、右手人差し指の第二関節を顎に当てると「なるほど」と思案顔で頷いた。



「虫除け──か。言い得て妙だな。確かに()除けだ。酒が入ると……かなり厄介で、俺自身も相当まずい状況に陥った過去がある……」



 少し含みのある言い方が気になったけど、お姉さんたちは気にも留めず、その言葉に納得したようだ。



「確かに、お酒を飲むと蚊に刺されやすくなるものね~」

「そうそう。刺される確率が上がるんだよ」


 斉木さんは大学生だけど、まだ未成年なので「そうなんですか。知らなかった」と興味津々だ。


 蚊とお酒の話に移ったところで、翔平に声をかけられる。



「飛鳥ーーー! これ、焼きそば……──あれ? チビ、寝てるじゃん」



 翔平が焼きそばのパック詰めを複数手にして、縁側までやって来たのだ。



「これ、飛鳥とチビと貴志さんの分。先に取り分けてきた。穂高と晴夏は、あっちで一緒に食おうぜ。道場に通ってる奴らを紹介するから行こう!」



 翔平の言葉に美少年二人は、躊躇(ためら)いを見せる。

 真珠と離れるのが心配なのかもしれない。



「二人とも行っておいでよ。真珠はわたしがずっと抱っこしているから大丈夫」



 わたしの言葉に貴志さんも同意する。


「折角なんだから、一緒に行って遊んで来い。俺も昔馴染みとの挨拶はひと通り終わったから、この後はずっと真珠の近くにいる。心配するな」


 翔平が手をポンッと叩く。


「ああ、そっか! チビが心配なのか。飛鳥が見ててくれるなら、ぜってー安心だ。なんてったって、飛鳥は男よりも強いんだから、大船に乗った気でいろよ」


 弟の言葉を受けた二人組は、「わたしと貴志さんが真珠と一緒に居てくれるのなら」──と遠慮がちではあったけれど、最後は翔平に続いた。


 彼らは、翔平と共に道場に通う男子集団のところへ向かい、そこでみんなに紹介されているようだ。

 美少年二人組は自己紹介のあと、男子集団と一緒に焼きそばを食べはじめた。


 翔平が気安く話しかける姿を見た女の子達も、興味津々で新顔の二人に話しかけ、和気藹々とした雰囲気がこちらに伝わってきた。





 焼きそばを食べ終わる頃になると、保護者数名がスイカを運び、スイカ割り大会が開始となった。


 スイカ割り大会は男子2チーム、女子1チームの計3組で競い合う。

 穂高クンと晴夏クンの二人は、別々のチームに別れて配属された。


 大人が周囲で(はや)し立て、それぞれのチームの子供たちが一人ずつ、スイカにむかって慎重な足取りで歩いて行く。

 目隠しをしているので木刀を振り下ろしても、なかなかスイカに当たらない。


 穂高クンも晴夏クンもスイカ割りは初めての経験なのか、とても必死だ。



 それでも回数を重ねる毎に、小さな亀裂がスイカに刻まれていった。


 あともうひと息、というところで穂高クンの順番が巡ってきた。


 穂高クンは目隠しをしながら、緊張の面持ちでスイカに近づく。


「あと二歩!」

「もうちょい右!」

「行き過ぎ行き過ぎ!」

「少しだけ左〜」


 そんな声が周囲から届く。


「行け! 穂高! そのまま振り下ろせ!」


 翔平が大声を出し、それと同時に木刀が空を切る。


 その一撃により、赤い実がジュワッと飛び出し、男の子たちの歓声があがった。


 同じチームの仲間から背中をバシバシと叩かれ「穂高、良くやった!」と、皆が彼の健闘を讃える。


 穂高クンは目隠しを外すと、割れたスイカに目を向けた。最初は戸惑いを見せていたが、ジワジワと喜びが湧いてきたのか、彼の表情は輝くばかりの笑みに彩られた。


 それを見た翔平が、とても嬉しそうに笑う。



「笑顔ってさ、すっげー嬉しいと、そうやって自然と出てくるんだぜ。ツクリモノとは違うやつがさ」



 翔平がドヤ顔で穂高クンの首に腕を回し、肩を組んでニカッと笑った。



 穂高クンが翔平に何かを伝えていたようだけど、その時、別のチームからも歓声があがり、その声はかき消されてしまった。



 翔平は少し照れながら頬をポリポリと掻いていたので、お礼でも言われたのかもしれない。







貴志が真珠にかけたスプレー。

エルから渡された伝説の品の、アレですね(ΦωΦ)

(これを巡って、月ヶ瀬家の秘密が明かされたりします。←コッソリ予告)


また、穂高が作り物ではない、心からの笑みを見せた模様。翔平との『心の友』フラグは立ったのでしょうか(´∀`*)



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