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【閑話・神林飛鳥】「たのもー!」


「翔平! 花火をそこの台の上に置いたら、バケツに水を汲んできて。わたしもスイカ割り用のシートを敷いたらすぐに手伝いに行くから、先にお願い」


 弟が「了解」と短くこたえ、両手にバケツを持って道場外の水場へ向かう。




 毎年恒例の剣道道場の納涼花火会ではあるが、今年のウキウキ度は例年と違う。


 だって今夜は、お隣の月ヶ瀬家から美青年と美少年二人、それから美少女が参加してくれることになったのだ。


 なかなかお目にかかれない美人さん四人の登場により、華やかな納涼会になることは間違いない。


 わたしはニンマリしながら裏庭にシートを敷き、その上に木刀を並べる。あとは冷えたスイカを運ぶ作業が残るのみだ。


 道場内の倉庫でバケツを手にとると、わたしも翔平の待つ水場へ向かった。



          …



 自宅の勝手口から、美味しそうな焼きそばの匂いが漂ってくる。


 道場に通う子供たちの保護者や、学校が休みに入っている年長の剣士たちがボランティアで集まり、大量の焼きそばを料理したり、梨を剥いたりと忙しく動いている時間帯だ。



 そういえば台所にいる大学生のお姉さん方は、貴志さんと面識のある人が数人いたようだ。先程のことを思い出す。



「月ヶ瀬さんちの貴志さんが帰ってきてたから、今日の納涼会に誘ったよ」



 月ヶ瀬家から帰宅後、真珠からいただいたトウモロコシを台所に届けた時に、わたしは祖父に伝えた。


 わたしと祖父の会話を聞いていたお姉さんたちが、急に化粧を整えだしたのは、きっと、そういうことなのだろう。



 下手な期待を持たせては申し訳ないと思ったので「婚約者も一緒につれて来るって言ってたよ」と、大きめの声で伝えておいた。



 お祖父ちゃんは、とても嬉しそうに目を細めていたので、今度は小さな声で「婚約者っていうのは、お隣の真珠のことね。なんか、どこかの国の王子さまと色々あって、貴志さんが助けるために一時的に婚約したらしいよ。でも、二人共ものすごーく仲良しさんだった」と追加情報を渡しておく。



「そうか。じゃあ、翔平は振られてしまったのかの」


 お祖父ちゃんは残念そうに笑っていた。


 その科白で、真珠と翔平が『針千本』の約束を交わした場面を、お祖父ちゃんも目撃していたことを初めて知る。



 わたしもコッソリ見学していたが、まさかお祖父ちゃんまで見ていたとは!


 翔平も脇が甘いな、と思いはしたが流石神林八段だ──まったく気配を察知できなかった!


 お祖父ちゃんは剣士だけど、忍者の素質もあるんじゃないだろうか。

 わたしは祖父を尊敬のまなざしで見つめた。



 年長の女性剣士たちは、貴志さんの婚約者の話題が出た後、あからさまにガッカリしていたけれど、久々の再会自体が嬉しいようで、珍しく浮き立っている様子が伝わった。


 みんな口々にお喋りを始めている。

 話の中心は、勿論、貴志さんだ。


「貴志先輩来るんだって」

「おお! 貴志くんか」

「昔から格好良かったけど、益々素敵になってるだろうね」

「え? 誰ですか? その人」

「昔、この道場に通ってた美少年──ああ、でも今はもう二十歳(はたち)過ぎてるか」

「お? 貴志が来るのか! 懐かしいな」

「月ヶ瀬か、デカくなってるんだろうな」

「貴志くん、婚約者も連れてくるんだって」

「え? アイツ俺と年変わんねーぞ。早くねーか?」

「アイツの相手なら、ものすごい美女かもしれないぞ」



 男性も会話に加わり、男女入り混じって話に花が咲き、とても楽しそうにしている。




        …




 水を汲んだバケツを裏庭に点々と並べ終わった頃、美青年美少年美少女の四人組が道場の門をたたいた。



「たのもー!」



 真珠がウキウキしながら、そんな声をあげている。


 お(ぬし)は道場破りか!? というような言い方だったけど、真珠の可愛い声だとすぐにわかったので、わたしは思わず笑ってしまった。


 なおかつ、門前の四人を目視できる位置にて作業していたわたしは、次の瞬間を目撃することとなる。



「こんの……っ ド阿呆が!」


 貴志さんが語気も荒く、慌てて真珠の口を塞いだ。


「真珠!? それは道場破りの科白だよ」


 穂高クンも焦った声をあげ、彼女の口へ手を伸ばす。


「……時代劇で見たことがある……」


 晴夏クンはそう呟き、茫然としているようだ。




「え……と、えへへ……門にかかる看板を目にしたら、義務感が生まれて……ついウッカリ……」



 真珠は首を引っ込めて小さくなる。



「そんなハタ迷惑な義務感は、とっとと何処かに捨ててこい!」


「真珠、それは義務感とは言わないよ」


「…………」



 三人が同時に真珠を責め立てる。

 物言わぬ晴夏クンの氷のような眼差しに、ちょっと痺れたのは秘密だ。



 翔平も真珠の態度に手を焼くことがあったようだけど、彼等も弟と同じように幼い少女に振り回されていることを知り、思わず忍び笑いが洩れてしまう。



 四人の様子を観察していたところ、母屋の勝手口から大学生女性剣士の斉木(さいき)さんが門扉(もんぴ)を開けに向かったようだ。




 扉を開け、敷地内に四人が足を踏み入れると同時に、貴志さんが「あれ? 純代(すみよ)ちゃん……か?」と問う。



 その瞬間、真っ赤になった斉木さんが頭をコクコク上下に揺らしながら──



「た……た……貴志先輩がっ 本物がっ キターーーーーー!!!!!」



 と、雄叫(おたけ)びをあげた。




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