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【真珠】一触即発!


「ハルちゃん! ハルちゃん、大変なの。シィちゃんが、シィちゃんが!」


 そう言ったかと思うと、涼葉はダイニングテーブルに座る貴志を確認し、キッと睨み付けて大声で叫んだ。


「あのお兄さん──ううん! お兄さん、違うもん! あの人とシィちゃんが結婚するって! シィちゃんは、ハルちゃんのお嫁さんなのに!」



 意味を解せなかった者は理解しようと静まり返り、その後、全員の動きがピシリと固まった。



 誰も声を出せずにいたところ、飛鳥が空気を読まずに口火を切る。



「いやいや、真珠は、うちの翔平と結婚するんでしょ? 指切りしてたよね。わたしは知っている!」



 飛鳥が首を傾げてわたしの顔を覗き込む。



 来た──これは、お断りするのは今だ!

 と思い、口を開こうとしたところ──



「真珠、お前、モテモテだな。どこぞの国の王子さまからも求婚されたんだって? 美沙子から聞いたぞ。なかなか、面白いことになっているな」


 その言葉の主に、その場にいた面々が一斉に視線を向けた。



(ひいらぎ)紅子(べにこ)!? ……サン? え?」



 飛鳥が茫然と呟いて、慌てて敬称をつけたのち、目を何度も擦っている。


 ああ、そうだ。

 そういえば紅子は有名人だった。


「紅子は、お母さまのお友達なの。今日はトウモロコシを受け取りに来たんだよ。あとで、飛鳥にも渡すから持って帰ってね」


 わたしが説明すると飛鳥が「そうなんだ」と呟いて、紅子に自己紹介がてら挨拶をはじめる。


 さすが礼を重んじる剣士。

 飛鳥は颯爽とした動きで起立し、深々と(こうべ)を垂れた。


 紅子に向かって腰を折る所作は、身体の中心に一本の線が通っているようで、大変美しい。


 翔平はわたしが膝に座っているため、軽くお辞儀をするだけに留まった。



 紅子は楽しそうに、飛鳥に問う。


「で? 飛鳥とやら、結婚の約束とはなんだ? 王子さま求婚事件と情報交換だ! 話してみろ! スズも貴志に噛みついていないで聞いておけ。ハルの強力なライバル出現かもしれないぞ。穂高も……訊きたそうだな」



 この話題を逃してたまるか──と、紅子の瞳がキラリと輝く。



 晴夏も何故か紅子によって、無理矢理ライバルに仕立て上げられ、訳の分からぬ戦いに参戦させられてしまったようだ。


 哀れなり、晴夏──わたしは心の中で手を合わせる。



 紅子の言葉に、飛鳥は「等価交換ですね。(かしこ)まりました!」とノリ良く答え、何故か敬礼。


 飛鳥は口元に拳を作り、それをマイクに見立て、コホンと咳払いをする。



「それは、ある夏の日の夕暮れ時のこと──一輪の可憐な花のごとき少女が、ガサツな浪人剣士に、花嫁衣装を着たモデルの載る雑誌を見せたことから始まる、初々しくも切ない恋物語──」



 紅子は身を乗り出して「ほうほう」と相槌を打つ。


 翔平を振り仰ぐと、死んだような目をしている。のだが、ハッと我を取り戻した彼は、すかさず訂正を入れた。


「ちげーよ!」


 ツッコミ遅れそうになっていたようだが、即時一刀両断し、飛鳥に反撃をはじめる。



「なんだそれは? つーか、飛鳥、お前、聞いてたのかよ。盗み聞きとは、剣士の風上にもおけない行為だな。見損なったぜ」



 翔平の言葉に、飛鳥は憤懣(ふんまん)やるかたないという態度をみせる。



「何を言うか! 主君のために身を賭すのが真の剣士! 盗み聞きのような泥仕事でさえもやってのけるのが、まっことの忠義じゃ! お前は黙っておれ」



 神林姉弟の遣り取りを目にした紅子が、わたしに目を向ける。



「真珠、なんだコイツラは。お前の周りは、面白い人間が多いな! 変人ホイホイか」



 それを言ったら、お前が最たる代表格だぞ──と、紅子を見上げる。



 わたしは溜め息をこぼしながら、夏休み前に翔平と交わした会話を思い出す。




『これ着たい!』


『チビ? これは花嫁さんが着るんだぞ』


『うん、着たい! 翔平のお嫁さんになってあげるから、真珠、これ着る! はい、指切り! やったーっ ドレス~!』


『ははっ ドレスか。しょうがねーなー。よし、指切りな。これでいいか?』




 ものすごく楽しそうな遊びに合意してくれたことが嬉しくて、その後、翔平に抱きついて喜んだのだ。


 まさか飛鳥がその様子を隠れて見学していたとは、露ほども思わなかった。



 紅子とその他の面々に対して、時代劇調に語り尽くした飛鳥は、目的を成し遂げてかなり満足げだ。



 しかも少し創作が入っていたので、立派な『恋物語』に仕立て上げられていたようだ。


 何がどうしてそうなったのか、彼女の頭の中の構造を是非とも知りたい。



 翔平は、相当疲弊しているようだが、口では飛鳥には敵わないと知っているので、もう何も言わない。


 姉弟の力関係の軍配は、常日頃の舌戦で勝負がついているらしい。



 翔平──おぬしも、晴夏同様残念な家族を持ってしまったのだな、哀れなり──と、憐憫(れんびん)の眼差しを向けると、わたしが巨峰をくれと所望していると勘違いしたのか、緑色の果肉を口元に運んでくれた。


 勿論わたしは迷いもせず、パクリとそれに食いつき、舌鼓を打つ。





 飛鳥の話を聞き終えた紅子が、今度は『王子さま求婚事件』を面白おかしく熱弁する。

 その間、わたしは翔平から巨峰をもらい、時々お手拭きで彼の指を拭いてあげつつ、無心で食べ続けた。



 翔平も二人の話に付き合っていられなかったようで、今は巨峰の皮むきに集中している。



 兄はこちらをチラチラうかがいつつ飛鳥と紅子の話に耳を傾け、晴夏は微動だにせず翔平を凝視中だ。



 貴志は頬杖をつきながら、木嶋さんの出してくれたお茶を飲んでいる。



「で? 真珠、お前は誰が一番気になるんだ?」

「真珠? わたしの義妹(いもうと)になるんだよね?」



 紅子と飛鳥が、わくわく笑顔で(たず)ねてきた。



「シィちゃんは、スズのお姉さん……だよね?」


 そこに涼葉が加わり、確認するようにわたしの目を覗き込む。彼女は既に涙目だ。



 わたしが「うっ……」と言葉に詰まっていると、兄がすこぶる美しい笑顔で、わたしに笑いかけた。


 兄の笑顔を怖いと思うなんて、わたしは女性二人の話によって、極度の疲労状態に陥っているようだ。


「真珠? こっちにおいで?」


 そう言って、兄が自分の膝の上を軽く叩く。



 他人様である翔平に迷惑をかけられないという責任感と、昨日のラシードとエルとの一件を聞いて、これ以上実妹であるわたしを野放しにしてはならない、という使命感が生まれているのかもしれない。



 皆さんがお帰りになったあと、久々にお小言を言われるのだろうか?



 少しだけビクビクしていると、それを察知した翔平が助け舟を出す。



「おい、なんかチビが怯えてるぞ? お前の、その作り物みたいな笑顔が、怖いんじゃねーの?」



 翔平、おぬし……天使で王子な我が兄上様になんと言うことを──と思っていたところ、兄の視線が剣呑(けんのん)な光を帯びたような気がした。








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『くれなゐの初花染めの色深く』
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音楽と青春の物語


『氷の花がとけるまで』
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↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
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『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
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↑評価5桁、500万PV突破
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