表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

219/391

【真珠】真珠の初恋


 ふわふわ、ゆらゆら。

 身体が揺れる。


 とても気持ちが良くて、わたしはうふふと笑う。


 ああ、夢を見ているんだな。

 この心地良さは、貴志に抱きかかえられている安心感。


 目の前には貴志の顔がある。

 いつ見ても、どの角度から見ても、美しい容姿は健在だ。


 実のところ、わたしが心惹かれるのは、その華やかな見た目に隠されてしまう彼の実直さと、己を律するストイックな気質なのだが、それを伝えたことはまだない。


 何よりも──わたしの幼い外見にも関わらず、中身を見て対等に扱ってくれる懐の深さと、溺れるほどの慈しみでもって接してくれるその心が、尊いのだ。


 そして、彼はわたしを大切に想うことを『隠さない』と言ってくれた。その潔さが、わたしの心を常春(とこはる)の楽園にかえる。



 自宅へ戻るドライブ中だったことを微睡(まどろ)みの中で思い出し『この夢よ覚めないで』と祈りながら、慣れ親しんだ縦抱きの姿勢で、彼の首に腕を絡める。


 お昼寝時に毎回、貴志の現れるこんな夢を見ることができたら幸せなのに。


  ──夢の中であれば、頬に触れても怒られないかな。


 そう思いながら、わたしは唇を貴志の頬に寄せ、チュッと音を立てて口づけた。


 夢の中の貴志は、少しだけたじろいではいたけれど、文句は言われずデコピンもしてこない。


 さすが、己の願望が見せる夢。

 自分が望む展開を、自由自在に操れるのかもしれない。


 なんて素敵なのだろう。


 これは──こうなったら、どさくさに紛れて唇に触れてしまっても……セーフなのではないか?


 わたしの心の中で、天使と悪魔がせめぎ合う。

 けれど、今回ばかりは一瞬で悪魔に軍配が上がってしまった。


 夢なら問題ない。

 存分に堪能したまえ!──と、悪魔なわたしが、(そそのか)す。


 まさしく悪魔の囁きだ。


 頬が緩み、これはチャンスとばかりに唇を貴志のそれに寄せていく。

 が、残念なことに、唇が重ねられようとした瞬間──突然慌てはじめた貴志の大きな手が、わたしの口元をサッと覆った。


 ガードは相当固いらしい。

 やはり夢の中でも駄目なのか。


 一生できないのではないかと、ちょっぴり悲しくなる。


 同時に、ズルッこしようとしたことを反省し、涙目にもなる。


 わたしは彼の名前を呼びながら、その首筋にすり寄った。


 けれど、何故か身体は背後から抱き留められるようにして、貴志から引き離されようとしているのだ。


 どうして……?


「イヤ! 貴志がいい!」


 わたしは涙声で叫び、彼に向かって必死に手を伸ばす。


 貴志は少し驚いた表情を見せた後、困ったような微笑みを浮かべ、再びわたしを抱き上げてくれた。


 安堵の吐息を洩らし、貴志に必死でしがみつく。


「貴志……大好き……」


 そう囁いて、彼の首元に隠れて唇を押し当てた。


「ずっと……ずっと、一緒にいてね」


 貴志に微笑みを返し、それだけ伝えると、わたしの意識は再び遠ざかっていった。



          …



 目を覚ましたのは、自室のベッドの上。


 いつの間に、運ばれたのだろう。


 およそ十日振りに戻った自宅の匂いが鼻腔をくすぐり、懐かしさと安心感で心が満たされる。


 着替えの詰められたバッグも部屋の隅に運ばれ、身体の上には聖布がかけられていた。


 まだ朦朧とする頭でむくりと起き上がり、軽く伸びをしてからベッドを降り、貴志の姿を探す。


 眠さと気怠さが抜け切れない身体に聖布をフワリと羽織り、わたしは廊下に出た。


 二階には誰もいないようだ。

 一階に降りようと階段に差し掛かったところ、階下から人の気配と共に、話し声が届いてきた。


 会話の内容までは分からないけれど、それは居間から聞こえてくる。



 ポテポテと歩きながら、開け放たれた居間の扉をくぐり、わたしはソファーに横になった。


 大人たちはダイニングテーブルに座り、お茶を飲みながら話し込んでいるようで、わたしが現れたことには全く気づいていない。


 父と祖父は、この場にはいない。

 今日は平日だ。

 おそらく既に仕事に出ているのだろう。



「貴志、昨日は一日、真珠の世話を任せちゃったみたいで悪かったわ。あの子、相当あなたに懐いているって、お母さまと誠一さんの二人から聞いていたけど、さっきの様子を見て、本当に驚いたのよ。良くしてくれたみたいで、ありがとう。あの子に、手は焼かなかった?」


 美沙子ママの声だ。


「いや、特には」


 貴志が短く答えると、今度は祖母が嬉しそうに笑う。


「真珠は貴志が大好きだものね。誠一さんもうちの人も、今回のこの騒動で『一時的な救済措置の婚約』とは言っていたけれど、真珠は喜んでいるんじゃないかしら? 身内の贔屓目を抜いても、あの子──将来は相当な美人さんになるわよ。このまま本当に、若いお嫁さんをもらうのもいいんじゃない?」


「お母さま、貴志にだって選ぶ権利はあるわ。まだ真珠は小さいし、年齢を考えたって、貴志が待っていられないわよ」


「そうかしら……、わたしは貴志と真珠の出会いの話を聞いた時に、運命を感じてしまったのだけれどね」


「浅草寺での件? わたしも驚いたわ。そんな偶然があるのかって。まあ、まだまだ先のこととはいえ、実際問題──よく分からない人間を月ヶ瀬に迎え入れるのも、嫁がせるのも、リスクはあるから、貴志に任せられたら気楽でいいけど、こればっかりは……ねぇ」


 茶器が触れ合う音が聞こえ、三人は喉を潤しているようだ。


 祖母が、笑いながら言葉を紡ぐ。



「あの子、貴志が『初恋』なんじゃないかしら。先週の『天球』滞在中、みるみる綺麗になって行くから、何事かと驚いていたんだけど──昨日一日離れただけで、また雰囲気が大人びてしまって……幼いなりに貴志に好かれようと必死に頑張っているのね。いじらしくて可愛いわ、本当に」



 祖母の言葉を聞いた母が笑い出す。


「でも、さっきの……貴志のあの慌てようったら。ふふっ ごめんなさい、ちょっと、笑いが止まらない……うふふっ ふふっ 真珠にキスされそうになって、あの咄嗟のガード……ふふっ ちょっと……あの子に注意をしないといけないわね」


「美沙子、まったく、何を言っているの。注意をするのは、あなたと誠一さんですよ。あなた達二人が、四六時中、親の前でも子供たちの前でも、所かまわずに抱き合ったりキスしたりしているから、真珠が真似をしているんですよ。夫婦仲が良好なのは素晴らしいことだけれど、家の中とはいえ、子供たちの前では少し(わきま)えなさい」


 祖母が母にチクリと釘を刺している。


 あれ?

 先ほど夢だと思っていたのは、現実も混じっていたの?

 わたしは、母と祖母の前で、貴志に本当にキスしようとしていたのか?


 まだボーッとする頭で、そんなことを考える。


「母さん、それよりも、美沙の体調は? 寝込んでいると聞いていたから心配していたんだ──見たところ、元気そうで安心したが……」


 貴志が話題を変え、母の容態を確認する。


 そうだ──わたしも気になっていたのだ。


 昨日のラシードとのプレイデート。

 本当は母が付き添う予定になっていたけれど、体調不良で貴志が代理になったと聞いていた。

 そんなに体調が悪いのかと心配していたのだが、今の会話を聞く限り、重病というわけではなさそうだ。


 薄目を開けて、ソファーの背もたれの陰からコッソリ様子を覗くと、母と祖母が嬉しそうに顔を見合わせている。



「実はね、まだ病院には行っていないからハッキリしてはいないんだけど、家で検査をしたら……三人目──授かったみたいなの」



 母の幸せそうな声が響く。


 三人目?

 どういうこと?


 最初、何のことを言っているのか分からなかったけれど、両親の仲睦まじさを思い出し、ガバリと起き上がる。



「わたし……お姉さんになるの?」



 茫然とした呟きが居間に響き渡り、三人の視線がこちらに集まった。


「真珠? あら……いつの間に、そこに来ていたの? こちらにいらっしゃい」


 母がわたしのことを手招きする。




 『この音』では、一切登場しなかった──いや、存在すらしなかった『月ヶ瀬家の末っ子』──それが母のお腹に宿ったという。




 わたしの登場によって、良好な夫婦仲を再び築くことになった両親。

 二人はまだ若く、経済的にも恵まれている家庭なので、子供が増えたとしても、何らおかしいことはない。


 ──弟か妹ができる!


 家族が増える喜びなのだろうか、心がムズムズと動きだし、嬉しいという感情を表情筋に伝達する。



 生まれてきたならば、大切にしよう。

 そう──伊佐子が尊を可愛がったように、姉として、その末っ子に愛情をたっぷり注ぎたい。








次話、

【真珠】『貴志の婚約宣言』

は現在推敲中です。


当初から予想されていた末っ子も(ΦωΦ)フフフ…♡

中学生編で活躍(?)の予定( ̄ー ̄)ニヤリ


遠那若生さまより真珠のファンアートをいただきました。ありがとうございます。

楽器の艶が本物みたいで驚きました(*´ェ`*)♡


挿絵(By みてみん)


遠那さまの作品はこちらから拝読できます↓

https://mypage.syosetu.com/1268955/


いただいたFAは、作者さまに確認後、後書きに掲載させていただいています(*^^*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『くれなゐの初花染めの色深く』
克己&紅子


↑ 二十余年に渡る純愛の軌跡を描いた
音楽と青春の物語


『氷の花がとけるまで』
志茂塚ゆり様作画


↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
志茂塚ゆり様作画



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
hakeさま作画


↑評価5桁、500万PV突破
筆者の処女作&代表作
ラブコメ✕恋愛✕音楽
=禁断の恋!?
hake様作画

小説家になろう 勝手にランキング
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ