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【真珠】後朝(きぬぎぬ)の……?


「……じゅ、……真珠」


 わたしの名前を呼ぶのは、誰だろう?


「真珠、そろそろ起きて準備しろ」


 ああ、この声は、貴志だ。


「このままだと──朝食を逃すぞ」


 なんと!?

 その言葉に意識が一気に覚醒し、目がパチッと開く。




 わたしの顔を覗き込むようにしていた貴志が「やっと起きたか」と言って、ベッドと背中の間に手をさし入れ、身体を起こしてくれた。


「おはよう。貴志。ありがとう」


 そうだ。

 わたしは夕べ、貴志と一緒にこのベッドで眠っていたのだ。


 その事実を思い出し、うふふと顔がにやけ、心にポッと火が灯る。


 なんだかくすぐったい気持ちになり、そのまま甘えるように彼に抱き着き、その頬にキスをしようと身を乗り出した瞬間──無情にも、貴志の手によって、この身体はベリッとはがされ、更にはピシッと額を(はじ)かれた。


「へ!? なんで? 昨日は許可してくれたのに」


「もう朝だぞ。いつまで色ボケしているんだ。それは昨夜だけの約束だったろう。サッサと顔を洗ってこい。食いっぱぐれるぞ」



 貴志が塩対応だ。



 着替えとタオルを手渡され、わたしはすごすごと洗面所へ向かう。

 が、更に追い打ちをかけるように、貴志は背後から言葉攻め爆弾を投げつけた。



「しっかり洗えよ。よだれの跡がついている。頬は特に念入りにな。ああ、それから、目もしっかり洗い流してこい。汚れている」



 この言葉の刃の、なんと恐ろしいことか。

 爽やかな朝のはずなのに、既にHPはガリガリに削られた気分だ。



 貴志め。

 お前は、もう少しデリカシーのある言い方ができないものか!

 乙女心を全く理解していないではないか。



 夕べは、ものすごーく熱い夜を過ごし、あんなにお互いを求めあったというのに──主に心だがな。



 一晩明けたら、いつもの貴志がコンニチハだ。

 案の定過ぎて面白くない!


 ──いや、分かっていたのだ。

 こうなることは理解していた。



 でも、朝の挨拶に、ちょびっとオマケで、頬にブチュッとさせてくれてもいいのではないか!



 甘酸っぱい対応をもう一度。

 昨夜の貴志よカムバーック!


 ──と思ってしまう月ヶ瀬真珠、精神年齢22歳、外見年齢もうすぐ六歳のある夏の日の朝。



 今日も今日とて、波乱万丈な一日が待ち受けているのだ。

 本日、予定されていることを思い出し、溜め息をつきながら顔を洗った。


 腹が減っては戦はできぬ。

 しっかり朝食を摂って、備えなければならない。


 (ゆえ)に、絶対に食いっぱぐれる訳にはゆかぬのだ。

 



          …




「ふあ!? エル? 見たの!?」


 わたしは愕然とした表情で立ち上がり、椅子を倒したことにも気づかず、そう叫んだ。


 貴志も飲んでいた水が気管に入ってしまったようで、激しくむせている。



「見たというか、全開だったぞ。気づいていなかったのか?」



 周囲の宿泊客の視線が集まる──のだが、それどころではない。


 場所はホテル内のモーニングビュッフェの会場。

 気分転換にと選んだ、宿泊客の集まる朝食用レストランでの食事が(あだ)となった。


 特別室の場合、ルームサービスで朝食を摂ることも可能なのだが、何故そうしなかったのだろう──己の選択が恨めしい。






 貴志と共に朝食にありついていたところ、彼のスマートフォンにエルから連絡が入ったのは十分前のこと。

 食事中だと現在地を伝え、そこにエルがやって来たのは、つい今しがた。


 今日のエルは侍従服でも、神官装束でもなく、黒を基調としたスーツを着用している。


 黒を用いた服装ということは、今日はラシードのお付きではなく、他のビジネスの予定があるのだろう。

 スーツは男を数割増しで凛々しくさせると言うが、惚れ惚れするような精悍さだ。 


「これが昨夜、お前に話した『聖水』だ。渡しておく」


 そう言って、アトマイザー型のボトルを貴志に手渡していた。

 どうやら、わたしが寝入った直後、電話で貴志が話をしていたのはエルだったようだ。


 そこまでは良かった。

 周囲の視線は感じるものの、そこはそれ──貴志とエルの強烈な美青年が、仲良く会話を繰り広げているのだ。人々の目を釘付けにしてしまうのは、いつものことだろう。


 貴志との会話を終えたエルは、昨夜の『月下の逢瀬』はまるでなかった、とでも言うような通常仕様。

 ごくごく平然とわたしにむかって話しかけてきた。


「真珠、ひとつ訊きたいことがある。お前が着ていた夜着だが、あれはどこで手に入れたんだ?」


「へ? あれは、貴志にプレゼントしてもらって。このホテルで買ったって言っていたよ、ね? 貴志?」


 そう言って貴志に確認を取るべく視線を向けると、彼はちょうど口元に水を運んでいたところ。

 貴志はコップを口に当て「ああ、そうだ」と答える。



「そうか。あれを、姪の土産にしようと思ってな。幼い少女の喜ぶデザインで、しかも夜着の中身も考えられている作りが大変良かった」


「え? 中身って……」


「ああ、屋上でドレスの(すそ)が豪快に舞い上がっただろう、その時に──」


 貴志がブハッと、お(ひや)を噴き出した。


「ふあ!? エル? 見たの!?」


 わたしは愕然とした表情で立ち上がり、椅子を倒したことにも気づかず、そう叫ぶに至ったのだ。




「見たというか、全開だったぞ。まさか、気づいていなかったのか?」



 なんたることだ。

 嫁入り前の乙女の肌だけでなく、()()()()()までご覧に入れてしまったとは。


 羞恥でプルプルと身体が震える。



 あのウエディングドレス型の寝間着。


 幼い少女の憧れだけではなく、親御さんの安心感をも心得たつくりになっていたのだ。


 ドレスの下には、腹巻付きの短パンがセットになっていて、万が一、寝相が悪くて裾がめくれ上がってしまっても、腹巻きによってお腹は守られ、寝冷え防止にもなる非の打ちどころのないデザインであった。


 さすが大人気商品ということがうかがえる、乙女心も親心も網羅した、素晴らしいパジャマなのだ。



 だが、まさか──昨夜、エルと共に屋上に出た時に、ドレスの中身を御開帳していたとは!



 思いもよらぬ事実を告知され、わたしは抜け殻のようになっている。


 いや、確かにビル風が吹き、一瞬目の前が白くなったことは覚えている。

 それは確かなのだが、よもや、中身まで──しかも腹巻きまで見られていたとは、いくらわたしでも思うまい。



「あれならば、義姉上も安心し、姫君も喜ぶだろうと思ったのだ」


 エルは、わたしの叫びをサラッと流し、姪っ子姫君の姿を思い描いているようだが、わたしはそれどころではない。


 羞恥の極みだ──


「今度こそ、本当に、よ……嫁に行けん」


 わたしは、がっくりと肩を落とし、項垂(うなだ)れる。

 その呟きを拾ったエルが、怪訝(けげん)な表情を見せる。


「何を言っているんだ? 貴志がいるだろう? ああ──でも、愛想を尽かされるようなこともあるかもしれないな。その時は、私が貰い受けてやるから、そこは安心しろ。行き遅れることはない。それに、シードもいるしな」


 ラシードは彼の勘違いだから、万が一に加えてはいけない。

 いや、そもそも、そういうことを言っているんじゃない。

 わたしの心の問題なのだ。


 それに、貴志に愛想を尽かされるようなことが起きるなんて──なんと恐ろしいことを言うのだ、この男は!


 既にエルは、貴志となにやら話し込んでいる。

 わたしは溜め息をつきながら、食後のお茶を(すす)りつつ、二人の会話が終わるのを待った。



 もう既に、今日一日分の気力体力すべてを使い切った気分だ。



 二人が話し込んでいる間、わたしは翔平への対策を練ることにした。

 ──結婚の約束をお断りし、なおかつ針千本を飲まないで済む方法を考えねばならぬのだ。











読んでいただきありがとうございます!


また、ブックマーク、評価をいただき、ありがとうございました!

執筆の大きな原動力になっており、とても感謝しております(*´ω`*)アリガトウ♡


次話、推敲中。

『嵐の目』(仮題)

を予定しております。



作家兼絵師の細木あすか様より、大人真珠のFAをいただきました!

赤のドレスが情熱的です。ありがとうございます(*´ω`*)


挿絵(By みてみん)


あすか様のイラストは、こちらの物語でも拝見できます。

https://ncode.syosetu.com/n6715gg/


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『くれなゐの初花染めの色深く』
克己&紅子


↑ 二十余年に渡る純愛の軌跡を描いた
音楽と青春の物語


『氷の花がとけるまで』
志茂塚ゆり様作画


↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
志茂塚ゆり様作画



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
hakeさま作画


↑評価5桁、500万PV突破
筆者の処女作&代表作
ラブコメ✕恋愛✕音楽
=禁断の恋!?
hake様作画

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