【真珠】『宝物』の証
「お前は俺にどうしてほしい? 何を望む? 何をすれば、お前の心に、俺を刻めるんだ?」
ギシリとベッドが軋む。
貴志がわたしの顔の横に手をついて、静かに見おろしている。
切なさと狂おしさと、何かを求める瞳がわたしを見つめている。
わたしは彼を見上げ、右手を伸ばす。
貴志の頬に掌を添え、親指で彼の口元に触れた後、指先全体でその唇を何度もなぞった。
本当は、この唇に触れたい。
貴志の唇で、わたしのそれを塞いでほしい。
──でも、それは今じゃない。
今のわたしが望んではいけない、願いだ。
大丈夫。
心の中は焦燥の嵐が吹いているが、まだ分別は残っている。
「貴志のことを忘れる? そんなこと有り得ない。身も心も、こんなにも求めているのに。
心に刻む? わたしの心には、貴志が棲んでいるよ。わたしのすべてを染めかえたのは──貴志なんだよ。
他の誰とも比べられない……とても、とても……大切な人」
貴志の唇に触れるわたしの指先を、彼の手がそっと捕える。
「真珠、ありがとう。お前のその言葉──そのまま返すよ。お前は俺を救ってくれたんだ。忘れるものか。他の誰も、お前の存在には適わない……俺の心が求めてやまないのは……お前だけだ。やっと見つけたんだ……俺の『宝物』──真珠──お前を」
貴志もわたしと同じ不安を感じ、苦しい気持ちを抱えていたのだ。
心の内を吐露する彼の姿に、胸が苦しくなる。
お互いに、同じ想いを心に宿していた事実に、涙が溢れて止まらない。
わたしのことを『宝物』だと、愛おしそうな眼差しで見つめる貴志の表情に、身体の芯が熱くなった。
貴志の腕が伸び、抱き起こされたわたしはベッドの上で座る。
「それに、暫定的ではあるが──俺はお前との婚約が決まっている。そんな状況で、お前を裏切るようなことをすると思われているなら、それこそ心外だ」
貴志が穏やかに微笑み、わたしの頭を撫でた。
はらはらと止めどなく零れ落ちる涙が、白いドレスに染みを作る。
貴志はコーヒーテーブルに置いてあった、小さな袋を引き寄せ、わたしに手渡した。
「数年で解消されるものだと分かっていても、証を残したかった」
「証?」
受け取った袋を黙って眺める。
「俺の心は、お前と共にあるという証──お前は俺の、大切な存在だという証」
わたしはその袋から、小さな箱を取り出す。
そのケースを開けると、ペンダントが現れた。
0.1カラットほどだろうか、品の良い大きさの、照りの良いダイヤモンドが輝きを放つ。
子供の肌を傷つけないよう、爪留めではなく覆輪留めにされ、細かなミル打ちの施された繊細な意匠が美しい。
側面には『T to S』と刻印がされていた。
貴志がそれを取り出し、わたしの背後に移動する。
ペンダントが首に回され、うなじで動く貴志の手が、心のわだかまりをほぐしていく。
着けてもらった時に、石の位置に違和感を覚えた。
「あれ? これ、ぴったり……?」
大人用サイズであれば、胸よりも下に石が触れる筈だった。
けれど、このペンダントは、わたしの首周り少し下に石が収まっている。
「長さは調整してもらった」
貴志はそう言ってから、笑う。
「この『契約』が続く限り──いや、契約が切れた後も、成長に合わせてチェーンを取り替えていこう。そうだな、毎年、お前の誕生日に交換するのは、どうだ?」
貴志の言葉の真意が伝わり、わたしは両手で口元を隠し、嗚咽を洩らした。
貴志は、これから先もすぐ側で、わたしの成長を見守ってくれると言っているのだ。
こんなにも気遣われ、大切にされているというのに、不安に思ってしまった自分が恥ずかしい。
涙を拭いながら、ペンダントトップに手で触れた。
「ありがとう……貴志。今、触れても……いい?」
貴志は微笑むと両手を広げ、わたしを迎え入れてくれる。
わたしは彼の胸元に、寄り添うように抱き着いた。
心音が耳に心地良く、安心感を覚える。
その規則正しく刻まれる鼓動の愛しさに、胸がジワリと温かくなる。
右手を彼の胸元に置き、わたしはその胸の中心にそっと口づけた。
けれど、足りない。
もっと、触れたい。
どうしてそう思うのだろう。
渇望する思いは心の奥底から湧き上がり、燻る炎が燃え盛る場所を求め迸る。
わたしは両の手を伸ばす。
彼の首筋に、耳に、頬に、瞼に、額に──想いを込め、接吻を重ねていく。
今夜だけ許された、束の間の逢瀬。
明日にはまた普段通り、この唇で触れることさえ許してもらえないことは承知している。
貴志は、何も言わない。
彼はわたしのこの行動を、どう思っているのだろう。
もしかしたら、今日だけは、わたしの我が儘に「仕方がない」と付き合ってくれているだけなのかもしれない。
それでも良い。
許されたことに感謝の気持ちをのせ、わたしは彼の頭を小さな胸でそっと包んだ。
貴志もわたしを優しく抱きしめてくれた。
ただ抱きしめ合うだけ、それ以上は何も起こらない筈だった。
──貴志の言葉を聞くまでは。
「真珠、お前に触れても……?」
彼のこんな眼差しを見るのは初めてかもしれない。
愛しさと切なさとが混じり合い、その瞳には不思議な色が見え隠れする。
わたしは黙って頷き、微笑みを返す。
その掌で触れることは、わたしの願いによって既に聞き届けられている。
──貴志が問うたのは、その唇で触れること。
「いいの? ……嬉しい……触れてほしい……」
小さな声で、わたしはそう囁いた。
貴志の腕に守られながら、二人でゆっくりとベッドに沈んでいく。
貴志の瞳には慈しみの光が宿る。
愛しさが胸から溢れ、わたしの心はとても穏やかだった。
…
エルの声が、耳の奥で再びよみがえる。
『今夜は色々と覚悟しておいた方が良いぞ──真珠。それから……貴志、お前もな』
次話
【真珠】愛を乞う
を予定しています。
(R15となりますので、苦手な方は回避してください。)
ファンディスク編の幕間のような、ここ数話。
今までの真珠&貴志とは少し異なる、攻め攻めな展開を繰り広げています。
かなりドキドキしながら更新中です(;´∀`)
更新するたびに心臓が……Σ(´∀`;)
あと少し、甘々展開にお付き合い頂けると嬉しいです。
……良いでしょうか?(;・∀・)
だ……駄目?
許してください(-人-;)拝







