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【葛城貴志】追憶と葛藤 3


 足早に雷門を抜け、少女の姿を探しながら仲見世通りを進む――が、あの恐竜の人形を抱えた子供はどこにもいなかった。


 それはそうだろう。

 あれから時間もかなり経っている。



 俺は子供相手に何を――会えなかったことに、こんなにも心が引き裂かれるような痛みを感じているのだろう。



 これではまるで恋い焦がれていたかのようだ。



 別に俺に、子供相手をどうこうしようというような悪癖はない。


 女など何処にでもいる。

 自ら己を差し出そうとする者など、いくらでも見てきた。

 一時の快楽に溺れたことも、一度や二度ではない―― 


 けれど、「これ」は、そういった肉欲とは違う。

 そんな単純なものではない。


 もっと高潔で、心が震えるような、あたたかな……何か――


 何故か寂寥感の訪れた自分の胸中に、自然、自嘲の笑みが洩れた。


 外は、暮れ時。


 まだ明るさがほのかに残るとは言え、光よりも(くら)さの方が色濃い。


 闇が全てを呑み込もうとしているのだ。



 それこそ、あの少女がこの場にまだ一人でいるのならば、正真正銘の迷子だ。


 そうではないとしたら――何ものだと言うのか。



 俺は、深い溜め息を落とした。

 完全な日没までにはまだ時間がある。


 観光客がライトアップの時間について話をしていた。


 この心の焦燥を落ち着かせるため、それを見てから帰ろうと気を取り直し、本堂までゆっくりと歩くことにした。



 日中の喧騒に比べ、人もだいぶ(まば)らだ。

 ライトアップの時間には、また人も戻るのだろうか。


 ふと本堂の石段の隅に目が引き寄せられる。



 その瞬間、俺は息を呑んだ。



 ――そう、そこにはあの少女が、所在なげな様子で(うずくま)っていたのだ。


          …


 彼女を見ると、何故こんなにも心が締め付けられるのだろう。

 あの瞳は、何故あんなにも憂いを湛えているのだろう。

 何故、彼女が頭から離れないのだろう。


 ――今日、偶然に、ただ目についた程度、袖振り合う訳でもない相手なのに。


 その答えを出すだめに、俺は少女に向かって歩いていった。


 少女は恐竜のぬいぐるみの隣で膝を抱えて座り込み、途方に暮れたような顔をしていた。


 俺は声をかけた。


「おい、お前。やはり迷子なのか?」


 ――と。



 少女は顔を上げ、俺を認めると心底驚いた顔をした――が、目は逸らさす、俺の心を射抜くように見詰めてくる。



 そうだ。この『目』だ。


 子供の外見に似合わない、この大人の女のようなチグハグな印象を与えるこの瞳が――俺の心を捉えて離さなかったのだ。



 「この世のものではない」と言われたら本当に信じてしまえるだろう。



 見詰めあっていたのはほんの一瞬――その子供は突然涙をぽろぽろと(こぼ)しはじめた。


 本人は、自分が泣いていることさえ気づいていないようだ。



(消えてしまうのではないか?)



 そんな焦りが湧き上がり、少女の頭に触れたのは咄嗟の出来事――他人に自ら望んで触れるなど、今迄、一度たりと無かったのに。



 人の涙を美しいと思ったのは初めてだった。



 俺の思い出に、美しい涙は出てこない。


 俺にとって、それは苦しみと悲しみの象徴だったから。


 母の――

 姉の――


 流す(しずく)が、涙の象徴だったのだから。




 俺は少女を慰めるように、頭を撫でながら、その名を訊いた。


「お前、名前は?」


 その少女の肩が、ビクリと震えた。


「伊佐子――私は椎葉伊佐子」




 涙を拭いもせず、伊佐子と名乗る少女は、祈るような縋るような目で――



 俺の心の中に、スルリと忍び込んだ。





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