【真珠】インペリアル・スター・ホテル
助手席で寝こけていたわたしだが、大泉ジャンクション手前、関越自動車道・三芳サービスエリアで目覚め、最後の休憩をとった。
その後、車は首都高速を都心に向けて走る。
ビル群を車窓に眺めながら、わたしは徐々に頭を覚醒させていった。
目的地は、皇居近くに位置する『インペリアル・スター・ホテル』
月ヶ瀬グループが出資し、星川リゾート系列と共同経営している都内の超高級ホテルだ。
地下駐車場へと続くスロープを貴志の運転する車で下っていく。
警備員の数も多く、セキュリティには特に気を遣っているのが分かる。
駐車場の最奥まで移動したところで、金属製の大きな扉が目に入った。
レストランで使用する食材やクリーニング業者の入る運搬用の出入り口なのだろうか──そう思って見ていたのだが、貴志がダッシュボードから小型の機械を取り出して操作すると、その扉がゆっくりと開いていった。
奥には大型車数台が入れる空間が広がり、正面にはまた同じ巨大な扉が見えた。
その空間に車を進めると、後方に移動した巨大扉が静かに閉じていく。
その金属扉が完全に閉まると、今度は先ほど見えた車の正面の扉がスライドし、別の空間が眼前に現れた。
車で直進した先には、一般駐車場とは異なるパーキングスペースが広がっていた。
数台の黒塗りの高級車やリムジンが、広々とした駐車ロットに停まっている。
貴志がその一角に車を停めている間に、いつの間にかホテルの制服を着た男性ポーターが、近くで待機していた。
車のキーを預け、ポーターに指示を出し、楽器以外の持参した荷物を先に部屋に運んでもらう。
どうやら、ここはスイートルーム使用者専用駐車場のようだ。
貴志が言うには、このインペリアル・スター・ホテルは、海外の王族や要人が私的に訪日するときに使用されることも多いため、セキュリティ面で一般客とは別に入り口を設けているとのこと。
国賓待遇で来日する海外要人は、元赤坂の迎賓館に宿泊することが多いが、設備の老朽化もあり、昨今はホテル滞在することもあるらしい。その時に、当ホテルを宿泊先に指定する方も多いとのこと。
かなり徹底した安全管理が功を奏して、公務以外での訪日時もリピーターとして使用していただく機会も増えているようで、繁盛しているそうだ。
ポーターのお兄さんが「先週送られてきたトランク類についても、全ていつもの部屋に運んであります」と伝え、荷物をカートに乗せて下がって行った。
ひとまず落ち着こうと、貴志が宿泊する部屋へ移動するため、わたし達は楽器を背にホテルの中へと入った。
ロビー内は落ち着いた色合いのシンプルな内装だった。
華美な内装を想像していたが、良い意味で裏切られることとなった。
渋めの色合いでまとめられた品の良い調度類と、重厚な造りに、何故かホッとした。
貴志がフロントまで進むと、既にカードキーが準備されていた。
それを受け取ると、エレベーターに乗って高層階へと向かう。
ホテル正面に見えたエレベーターはガラス張りで、外からも乗っている人の様子がよく見えていた。だが、今乗っているのは内装の豪華さを除けば、何の変哲もない普通のものだ。
あのガラス張りのエレベーターで景色を眺めたいと思っていたけれど、残念ながらそれはかなわなかった。
外部からの狙撃等の予防対策のため、要人専用エレベーターはガラス張りの設計を避けたのかもしれない。
…
ドアを開けると六畳ほどに仕切られた玄関に迎えられ、その奥の中扉が目に入った。
その扉を開けて室内に入ると、ちょっとしたパーティーができそうな二十畳ほどの空間が広がっている。
貴志は左奥に続く寝室へ、荷物が届いているのか確認に行っているようだ。
居間と寝室のある、二間続きの部屋だ。
それを横目に、わたしは応接セットのテーブル上にバイオリンケースを置いた。
目の前には座り心地の良さそうなソファがあり、一瞬腰掛けようかと思ったが、外の景色が気になったので窓辺に向かう。
高層階からの都心の眺めを楽しむのも一興、と遮光カーテンを開けた。
窓の外に広がるのは、どんよりと曇った空。
鈍色の雲が、途切れることなく都内全域を覆っている。
遠くで細かな稲妻が走ると、数秒後に雷鳴が轟く。
窓に手を当てて、その光景を見つめていると、貴志が後ろにやってきた。
「なんだ? 雷見学か」
彼はわたしの背後に立ち、同じように掌を窓に当てる。
なんだか彼に包まれているような、くすぐったい気持ちになる。
ふり仰ぐと、外の様子を眺めている貴志の表情が目に入った。
どの角度から見ても、憎らしいほど完璧な美しさだ。
「うん、そう。雷って、綺麗だよね」
貴志は、遠方の稲光を見つめながら、わたしの言葉にフッと笑みを漏らした。
「ああ、そうだな。……女は、雷を怖がるものだとばかり思っていたが──」
彼は拳を口元に当てて、軽く笑ったあと言葉を続ける。
「まさか、あんなに目を輝かせながら、『大好物だ』と言われるとは思わなかった」
貴志が視線をわたしに向け、優しい笑顔をくれた。
「貴志が誰と比べているのか分からないけど、わたし、そんなに変かな?」
少しムッとしながら、上目遣いで睨みつける。
おそらくは、過去、彼の周りにいた女性たちは、雷が鳴ると『怖いから守ってほしい』アピールをし、こやつめの気を引いたのだろう。
あくまでも予想だが、何となく面白くない。
そんなわたしの心を知ってか知らずか、貴志がわたしの頭をグリグリと撫でた。
「いや、お前は面白いな──と改めて思ったまでだ」
そうか、それはつまり──
「惚れ直した、ということ?」
わたしが何気なく言った科白に、貴志がピシリと固まった。
彼は口元に当てていた拳を開き、顔の下半分をその手で覆うと、何故かわたしから目を逸らしてしまった。
その行動に、首を傾げるしかなかった。
「貴志、何だか顔が赤いよ。大丈夫?」
何があったのか分からず、顔を見せろと言わんばかりに、貴志の足にしがみついた。
「お前は、どうしてそんな科白を恥ずかしげもなく言えるんだ……」
彼は、一向に目線を合わせてくれない。
「え? 違うの? そうか……わかった。またもやガッカリだ……」
今日は色々と残念に思うことばかりだ。
わたし達は世間様が言う所謂『両思い』の関係ではないのか!?
なんだか今日は、わたしばかりが攻めているような気がしてならない。
それに、少し前の彼なら、余裕の笑顔で「そうだな。惚れ直した」と言って、わたしを悶えさせる位の返しをしてきた筈なのに。
どうにも調子が狂ってしまう。
わたしは頬を膨らませ、貴志の横を通り抜けようとした──のだが、貴志に腕を取られ、嵌めガラスになっている巨大な窓に押し付けられた。
この体勢は、壁ドンならぬ窓ドンか!?
よもや自分が、そんなトキメキ萌えシチュエーションを経験するとは思わず、ドキドキしながら彼を見つめた。
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次話 『遭遇! 王子殿下』
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