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【真珠】「すべてが欲しい」


「貴志、あと、これは念の為伝えておかないといけないと思うので言うんだけど──発情されても相手はできない、よ? 分かっていると思うけど、わたしの身体は子供だから──」


 貴志が呆気に取られて、わたしの言葉を遮るように叫ぶ。


「は!? お前は一体何を言っているんだ!?」


 それは、今まで聞いたことのない、大変困惑した声だった。




 ──何故、貴志はこんなにも、大慌てなのだろう?


「貴志、どうしたの? 人体構造や青年男子の持つ健全な生理現象──発情現象については理解しているよ。でも、わたしの生身の身体はコレだ。だから、あと十年、いや本当はもうちょっと待ってほしいところなんだけど……」


 わたしの話を茫然自失の様相で聞いていた彼が、弾かれたように言葉を放つ。


「発じょ……っ て、お前は! また突拍子もないことを──十年って、まだ高校生だろう!? 駄目に決まっている。当たり前だ!」


 わたしはそんなにおかしなことを口にしたのだろうか。


 貴志は、唖然とした表情をその顔に浮かべている。


 もしかしたら、父親のような気分にでもなっているのかもしれない。



「貴志が声を荒げる理由がよく分からないんだけど?──生命に課せられた使命は、次世代に命をつなぐことだよね? だから、好きになったら、普通そういうことをしたくなるんじゃないの? わたしもそれは未知の経験だから人並みに興味はあるし、貴志がいつかそれをわたしに望むのならば、然るべき対応をしたいと思っているんだけど?」



 貴志は、いつもの冷静さを失い、かなり気が動転しているようだ。

 珍しい。



「お前は意味を分かって発言しているのか!? ……頭が痛い──穂高と話をしている気分だ」



 何が問題なのか、さっぱり分からない。


 わたしは首を傾げた。



「貴志は、そういう気持ちはないの?──じゃあ、仮に、わたしが将来的に発情したらどうしたらいいの?」



 その科白の後、貴志は深い溜め息をつき、頭を抱えてしまった。



「……いや、もういい。お前とこういった話をすること自体が想定外だ。あまりに衝撃的すぎて、今は何も考えられない。まさかそんな情緒の欠片もない言葉が飛び出すとは……──いや、なんとなく想像できていた自分が、怖い」



 貴志が「咲の言っていた恋愛音痴と言う言葉が、こんなところにも当てはまるとは……」とブツブツ呟いている。


 咲也め。

 そんなことをぬかしておったのか!?



 しかし、貴志のお困りポイントが全く理解できない。

 わたしは更に首を傾げ、訝し気に彼を見つめた。



 彼はわたしの『心』を欲している──それは演奏で分かった。


 わたしも彼の『心』を欲している──彼の演奏によって気づいた。


 けれど、当たり前だが、今はそういった大人の関係を求めているわけではない──それも、分かった。


 でも、わたしは触れたい、触れてほしいと思っている。



 これは、つまり、そういう大人の階段をいつか貴志と登りたいという、心の意思表示なのではないだろうか。



 それも、彼が『主人公』ではなくわたしを選んでくれたらの話なのだけれど、今から検討に検討を重ねて、心の準備をする必要がある。


 だが、現状に於いて、貴志との関係をどう進めて行ったらよいのか全く分からない。


 現状打破するための頼みの綱だった貴志は、何故か思考停止状態らしく、その件については何も答えてくれない。



 わたしは、名状しがたい気持ちになり、その心情を表すため、不貞腐れたように仰向けにソファへ倒れ込んだ。


 もう、完全にお手上げた。彼への対応方法は、(もや)の中。


「これじゃあ、どうしたらいいのか分からないよ。貴志は、わたしに何を望むの?」


 貴志は、わたしの態度を隣から眺めつつ、苦笑している。




「何も──今は何も望んでいない。ただ、お前が笑っているだけでいい。今までと変わらずに、そばにいてくれるだけでいいんだ」




 なるほど──今までと変わらなくていいのか。


 ホッとしたような、けれど、どこか残念な気持ちが胸の中に湧き起こる。



「分かった。『今』の二人の在り方については理解できたよ。でも、いつか、わたしが貴志の目から見て大人になったら?──あ、いや……、もしその時に、貴志の心の中にわたしがいたらの場合だよ? もしかしたら、他に惹かれる人が現れているかもしれないし」



 わたしの言葉に貴志が目を見開き、一瞬だけ複雑な光を瞳に浮かべた後、感情を押し殺したような声を出す。



「俺に関しては、今後、他になんて有り得ない──でも、そうだな……お前には、まだ色々な出会いがあるからな──」


「違うよ! そういう意味じゃない!」



 彼の言葉を受けて、咄嗟に起き上がろうとした。

 けれど、貴志が横たわるわたしの顔の両側に手をつき、真上から見下ろしていたので、それは敵わなかった。



「もし、お前が大人になった時、今と変わらず俺を想う気持ちがあったなら──」



 貴志の冷たい右手が、頬に触れた。


 わたしはその真剣な眼差しに身じろぎもできず、彼をただ見上げるだけだ。



 その右手が首筋を辿り、人差し指が心臓の位置にトンと置かれる。



 彼は、その双眸に切ないまでの熱を宿し、艶のある声音で囁く。




「──その時は、お前の全てが欲しい」




 彼から放たれた言葉を受け止めた瞬間、呼吸が止まり、身体中の血液が沸騰した。


 目眩のような感覚が訪れ、背筋を駆け上がるゾクゾクとした甘い痺れが全身を支配する。

 脳天を突き上げるような浮遊感が生まれ、抗い難い熱が身体の中心からジワリと広がる。


 その直後、身体全体の力が突然消失したような奇妙な違和感に襲われた。


 わたしの顔は赤面しているのだろう。

 熱くてたまらず、息ができない。


 駄目だ。力が入らない。

 情けないことに立ち上がれない。

 もう、泣きたい。


 わたしは、貴志の声にあてられたようで、足腰の感覚が突如として消えた。


 信じたくはないが、彼の声で腰を抜かしてしまったようだ。


 この事態に恥じ入り、逃げ出したいがそれさえできない。


 咄嗟に両手で顔を隠す。恥ずかしさで目尻に涙が溜まる。


「真珠? どうした? 大丈夫か!?」


 貴志は、わたしの身に何が起きているのか理解できず、大慌てだ──が、その状況が分かった途端、口元に手を当てて吹き出すように笑い出した。



「悪かった──が、これくらいのことで腰を抜かしていたら、身体がいくつあっても足りないぞ? 『発情』する前に、修行が必要だな」



 揶揄(からか)われたのは分かった。

 文句のひとつも言いたいが、言葉がまったく出てこない。


 激しい動悸に、胸を押さえることしかできない情けない有様だ。


 時計を確認した貴志が立ち上がり、内線電話をかける。

 加山の部屋に連絡を入れているようだ。


 わたしが腰を抜かして動けないので、リハーサル前に理香へ預けたいと伝えている声が届く。


 受話器の向こうから、理香と咲也の賑やかな声が響いた。

 二人して大きな声で貴志に文句を言っているので、ここまでその会話が聞こえた。


『ちょっと、貴志、どういうこと? 真珠に何をしたのよ?』

『おい、貴志。お前、まさかっ』



 二人の言葉に、貴志は深い溜め息を落とし「もう、あらぬ誤解をうけることに疲れた」と言ってから、わたしを抱えて移動を開始する。



 腰が抜けているため、いつもの縦抱きができないので、今はお姫様抱っこで移動中だ。


「本当に、すまなかった。まさか、腰を抜かすとは、思わなかった」


 移動中、貴志から先程の件を謝られたが、わたしは首を左右に振るだけだ。


 声だけで腰を抜かすことになるとは、なんと恐ろしい!──こんな身体症状に見舞われるとは想像だにできなかった。


「全部、揶揄(からか)っていただけなんでしょう!? ヒドイよ」


 わたしは羞恥に身悶えて、半ベソ状態。


 もうこの話題から、早々に離脱したい。


 貴志が困ったように微笑んだあと、慈しむような眼差しでわたしを包み込み、静かに口を開いた。




「お前が大人になった時に、すべて欲しいと言ったのは本心だ──()()()()()()……()()()()()()




 その科白に、目を見開いて、息を呑む。


 ──その言葉は、もしかして……?



 喉元が熱くなり、声を出せずに黙り込んだ。


 

 わたしが大人になった時、今と同じように彼がわたしを望んでくれたら良いのに──そう思ったけれど……声には出さなかった。



 この先、『この音』の世界がどうなっていくのか、今のわたしには分からない。


 わたしが『この世界』に落ちてきたことで、予測のできない未来へと舵を切って進んでいるのは間違いない。


 それに、貴志の心を『主人公』を含め、誰か別の女性が連れ去る可能性だってある。



 あのゲーム中の、影を背負った『葛城貴志』は、もうここにはいない。



 今、わたしの目の前にいる彼は、『この音』の『葛城貴志』よりも穏やかに笑い、他人に手を差し伸べる余裕があり、人の心に寄り添う優しさを持った、本来あるべき姿とは違う青年になっている。



 彼のその身から生まれる艶やかさと気品は然ることながら、『葛城貴志』とは比較にならないほどの魅力を湛えているのだ。


 ゲーム中の彼を遥かに凌駕する輝きを内包した貴志は、わたしの知る彼とは全く別の人生を歩むことになるだろう。


 ──それも十年という長い年月で。


 わたしがこれからの人生で沢山の人と出会うように、彼も様々な人と交流をしていく筈だ。


 『葛城貴志』が出会わなかった人物と、今の彼が出会い、惹かれ合うこともあるかもしれない。



 誰かに特別な想いを寄せると、こんなにも複雑な気持ちが生まれるのか。



 わたしは小さく溜め息をつき、貴志の胸に身を寄せて顔を隠した。


 彼の心音が耳に届く。

 その鼓動を聞いていると何故か安心できた。


 貴志の腕に身を任せ、わたしは静かに空を見上げる。


 夕闇迫る時間帯。

 貴志たちの三重奏のリハーサル後、夕食を摂り、その後は兄のピアノ演奏が始まる。



 貴志の腕の中から見上げた空には満月が輝きを灯し、(かそけ)き光を地上へと注いでいた。











【事前注意事項】

次章、幼馴染(ファンディスク編)に入りますと、セクシュアルな展開が増え、R15と書かれている話は、今までの注意喚起とは異なり、完全にR15表現に切り替わります。

苦手な方はご注意ください。






ブックマーク、評価をいただきありがとうございます。

更新の励みになっております。感謝です。


『クラシックの夕べ』最終日の真珠&貴志

描いてみました(*´ω`*)


挿絵(By みてみん)

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『くれなゐの初花染めの色深く』
克己&紅子


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音楽と青春の物語


『氷の花がとけるまで』
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↑ 少年の心の成長を描くヒューマンドラマ
志茂塚ゆり様作画



『その悪役令嬢、音楽家をめざす!』
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↑評価5桁、500万PV突破
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