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【真珠】運命と絆


「貴志さん、ちょっといいですか?」


 みんなでトウモロコシを食べ終わり、わたしと貴志が日曜日の帰路についての計画を立て終わると、兄が彼に声をかけた。

 二人揃って寝室へ移動してしまったので、わたしは大人女子二人と共にテーブルの上を片付ける。


 生トウモロコシについては、理香と加山ンは自宅へ配送する約束になり、紅子は月曜日に月ヶ瀬家へ直接受け取りに来るという話になった。

 先ほどの撮影会で撮った晴夏との写真を母に添付したようで、そこでなにやら遣り取りがあったようだ。

 紅子は時々、母・美沙子とは外で会っていたようだが、月ヶ瀬の自宅で会うのは数年振りになると言っていた。


 片付けが終わり、その場にいた皆が解散しようかという段階になると兄と貴志が寝室から出てきた。


「真珠、そろそろ行くぞ。穂高、母さんの準備はもうできているか聞いているか?」


 兄が部屋の中の時計を確認する。


「もう大丈夫だと思います。本館へ行きましょうか?」


 今日は夕方の最終リハーサルまで自由時間になる。その時間を使って、曾祖母の墓参りを予定しているのだ。

 いつもは千景おじさまご夫妻と祖母とわたしたち兄妹で行っていたのだが、今年は貴志も一緒に加わることになった。


 千景おじさまの奥様は、ご自宅にいらっしゃるとのことで、途中でピックアップすることになっているようだ。


 本館に戻ると祖母と千景おじさまがロビーで待っていた。それに気づいた貴志が二人の元に歩み寄る。


「母さん、千景さん、お待たせしたようで申し訳ありません」


 大伯父は、貴志の言葉に何故か安堵の吐息をもらした。


 貴志が祖父母の実の息子ではないことに気づいていた事実が、祖母経由で伝わっていたのかもしれない。

 わたしの祖父母は、彼にとっては伯父伯母の関係だが、その事実を知った後でも彼が、祖母のことを「母」と、そう呼ぶ姿にホッと安心しているように思えた。


 わたしは大伯父の元に進み、彼を見上げた。


「おじさま、素敵なドレスをありがとうございます。とても気に入りました」


 贈っていただいた明日着用するドレスのお礼をすぐに伝え、お辞儀をする。


「真珠──花開くとはこのことを言うのだな。本当に美しく成長して……きっとドレスもよく似合うだろう。今から明日が楽しみだ」


 恰幅の良い身体を揺らしながら笑うと、大伯父はわたしを抱き上げた。


 貴志に抱えられる時とは違って、思わず身構えてしまう。


 そう感じた自分の心に戸惑いながらも笑顔をつくり、再度お礼を伝える。


「わたしは残念ながら子宝には恵まれなかったからね。貴志は息子みたいなものだし、穂高と真珠は孫同然だ。三人共とても大切な家族だよ。今年は、その三人が、例年とは違ってとても良い顔をするようになった──それが、とても嬉しいんだ。特に貴志、お前は──まるで生まれ変わったようだ。もう……大丈夫だ、な」


 千景おじさまはわたしを左手で抱え、右手を貴志の肩に置いた。彼も貴志のことを気にかけていた一人なのだ。


「ご心配をおかけしましたが、もう……大丈夫です。それも全て、真珠の……コイツのおかげ。真珠に『あの日』出会えたから──すべては、そこから始まった。今の俺が在るのは間違いなく、真珠がいてくれたから──」


 彼の言葉を受けて、祖母と大叔父の二人が不思議そうな表情をする。


 貴志は月ヶ瀬家を訪れる以前、浅草で迷子中のわたしに出会っていたことを二人に告白した。それも月ヶ瀬の一員とは知らずに。


 わたしと偶然会ったことで、祖父に──彼の父に会ってみようと──そう決心したことも。


 貴志は浅草寺での細かな会話の内容までは話さなかったけれど、今のこの状況を作ったきっかけがわたしだったと、言葉を選びながら、彼にしては珍しく訥々と語っていた。


「二人の間に、そんな『運命』のような出会いと……再会があったとは──」


 大伯父が目を見開いて、そんな言葉を呼気と共にこぼした。


 祖母も驚いたように口元を両手で覆った。


「……ああ……だから……なのね。二人の間にあるように感じた、目に見えない『絆』は──そういうこと……だったのね」


 二人の科白への返答に、貴志は言葉を口に乗せず、ただ穏やかな微笑みをその面に湛えるのみに留めた。


 おそらく祖母も大伯父も、こんなに幸せそうに笑う彼の顔を初めて見たのだろう。


 彼等の胸にどんな思いが訪れたのかは分からない。けれど、貴志が見せたその表情に息を呑んだ後──彼らは目頭を熱くしたのか、目元をそっと拭っていた。


 祖母も大伯父も、貴志の状況に心を痛め、思い悩んでいたのだろう。


「真珠との出会いは、俺の人生を──未来を、明るいものへ塗り替えた。……彼女からは、貰ってばかりです。今まで知らずにいた感情を──」


 その貴志の言葉に、大伯父は嬉しいような少し困ったような顔をした。


「真珠、貴志の処へ行くか?」


 大伯父が、抱き上げていたわたしに訊いた。

 答えずにいると、貴志がその腕をこちらに伸ばす。


「貰い受けます──真珠、来い」


 わたしが彼のその手を取ると、貴志は優しい笑顔をくれる。


 彼の腕の中は、何故こんなに温かいのだろう。何故こんなにも慈愛に満ちているのだろう。


 貴志がわたしに向ける笑顔には、どんな意味が隠されているのだろうか。


 『この音色を君に捧ぐ』


 あの言葉──その意味について考えないようにしていたけれど、明日にはその真意が分かるのだろうか。


 彼の演奏で、貴志がわたしに抱く想いはどんなものなのか、はっきりするのだろうか。


 ゲーム上と同じ「恋心」から発した言葉なのか、それとももっと別の意味があるのか。


 わたしは車寄せまで、貴志に抱えられて移動した。

 

 道中、貴志は千景おじさんと今後の星川リゾートの事業展開についての込み入った話をしていたので、わたしは車窓からの景色を静かに眺めていた。


 月ヶ瀬家との和解ができた彼は、今後は星川リゾート関連の事業だけではなく、月ヶ瀬グループの要のひとつと見做されるのではないか、という話題も出ている。


 わたしが『この世界』に迷い込んでしまったために、本来ありえない展開が引き起こされているのは間違いない。



           …



「真珠、そろそろ『星川』に送るから準備をしろ」


 曾祖母の墓参後、晴夏と理香と共に夕方のリハーサルを終えたわたしは、貴志の部屋で楽譜を再確認していた。


 貴志は本を読み込んでいたようだが、時計を確認した後わたしを本館まで送る準備を始めている。


 いつもよりかなり早い時間だ。


「穂高から聞いた。あいつが何か話をしたいと言っていただろう。そろそろ戻った方がいい」


 貴志と共に『星川』へ戻る。

 

 周囲は月光に照らされて、ほのかに発光しているように見える。夜空には月が浮かぶ──明るい夜。


 明日は満月だ。












『クラシックの夕べ』まで、あともう少しです。


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