【真珠】号泣と『恐竜博』
「ひっ……うっくぅ……えっ……えっ……くぅ……っ ズビッ」
涙が止まらない――
「真珠、泣かないで。今日はお兄ちゃんと我慢しよう。また今度一緒に来よう。ね?」
ただいま穂高少年に手を引かれ、地球館を号泣しながら歩いているのは、わたし――中身年齢22歳、外見年齢5歳の幼女・月ヶ瀬真珠である。
手を引く兄は、道行く幼女、少女、果ては熟女までが振り返る美少年だ。
何故、泣きながら歩いているのかと言うと――家族でやって来た国立科学博物館なのだが、今年の夏休み特別展が『恐竜博』だったことが発覚したからだ。
わたしの体調を気遣い、今日は常設展だけを巡る約束になっていたのだが、特別展のポスターに『恐竜』の字を見つけてから正体不明の涙が止まらなくなってしまったのだ。
何故だ! 何故なんだ――穂高少年を困らせるつもりはなかったのに、涙に鼻水に顔がグシャグシャだ。
「真珠、ごめんね。周りの邪魔にならないように、ちょっとこっちにおいで」
穂高少年に抱き寄せられ、壁の方の長椅子につれていかれる。
「はい、お鼻ち〜んしようね」
ティッシュで鼻を押えられ、ズビーッと鼻をかむ。
恥ずかしいだの何だのと、今は悶ている場合ではない。
もうそういう事全てをすっ飛ばしても、只々只管に悲しいのだ。
幼女の涙腺の脆弱ぶりを舐めてはいけない。
「ごっ……ごっ……ごめなしゃーーーっ」
謝るものの、またウゴーーーっと泣き出す。
両親は、ここに来てまでも二人でイチャコラしていて、はっきり言って全く保護者としての役目を果たしていない。
わたしが泣けば、なにを差し置いても飛んできた父親も、ここのところは「美沙子、美沙子」と母へハートを飛ばしている。
そのことに関しては全く問題ない――むしろ肩の荷がおりて清々している。が、小学生の息子一人に五歳児を押し付けている状況はよろしくない。
「おとしゃ……パパも、おかしゃまも、わるい……っ おにしゃまに……おしつ……、け……ゲホゴホっ」
もう涙と嗚咽とその他諸々が感情の塊になって、あとからあとから飛び出してくる。
幼女コワイ。感情のコントロールが効かぬ。泣きたい。(既に号泣中だがな)
せっかく「サ行」が綺麗に言えるようになり、まともに話せるようになったというのに、喋り方も退化しているではないか。
もう恐竜の化石を見ずには感情はおさまらないと感じ、穂高少年にお願いする。
「日本館、いぐっ フタバ……シゅジゅキユ〜、あいにいぐっ」
一気に伝えて、うぉ〜っ と再び号泣。
「よく知ってるね。どこで知ったの? ちょっと待っててね」
穂高少年は、両親のところに行き、日本館に移動したい旨を告げてくれたようだ。
わたしのこんな散々な状態に、いまの今まで気づかなかったポンコツ両親が慌てて駆け寄り、抱き上げてくれた。
抱っこされるのを嫌がるわたしだったが、今日は素直に父親に抱きついた。
そんな行動をとるなんて、やっぱり脳ミソが疲れているのかもしれない。
日本館へ移動し、一直線でフタバスズキリュウが見下ろす展示室の入り口へ着く。
日本の国民的アニメ『ドラえ○ん』の映画に出てくる、恐竜のピー助が、このフタバスズキリュウなのだ。伊佐子時代の両親が、映画を見せてくれた後、ここに連れてきてくれた。これがピー助なんだな〜と大変感動した記憶が懐かしい。
そして、そこからわたしの恐竜好きが始まったと言っても過言ではない。
恐竜の化石のレプリカを見て、ホッとしたわたしはやっとの事で泣き止むことができた。この感情のスパークが五歳児たる所以なのか。非常に辛い。
…
気づくとわたしは父親に抱っこされて、寝落ちしていた。
眠くて愚図っていただけだったのだろうか。
恥ずかしい。穴があったら入りたい。
が、わたしが眠っている間に父母と穂高少年は色々な展示を見学できたようで、そこは良かったなと素直に思った。
さて、ここでいよいよお待ちかねの、お土産売り場に足を運ぶ。
抱っこされるのは、意外と気持ちが良かったので、そのまま父親に運んでもらった。あんなに恥ずかしがって嫌がっていたが、楽さを覚えるとこの移動手段を使わずにはいられない。
我ながら現金なものだ。
「あった!」
あったのだ。例のマグカップが!
「真珠、どうしたの? 欲しいものでもあった?」
穂高少年が、わたしの目線の先にあるマグカップに気づく。
「これ?」
と言って、ステゴサウルスの絵の描かれたカップを見せてくれる。
わたしはコクリと頷く。
「お湯を入れると、ここが化石に……骨になるんだね。これ、面白いね」
ウンウン、そうだろう、そうだろう!
「お兄さまと、お揃いで欲しいです」
フフフ、どうだ! この流暢な喋りと滑舌のキレは!
サ行だって完璧だ!
そしてドサクサに紛れてペアカップを所望した。
「お父さん、美沙子さん、このカップを真珠とお揃いで買っていただいてもいいですか?」
穂高少年は嬉しそうに、少しはにかみながら両親に確認する。その表情も素敵だ。
「お揃いか! それはいいな。四人でお揃いで使おうか」
と、父が言う。
ふむ、それも良いかもしれない。
穂高少年は、他に元素記号の書かれた下敷きを買って貰っていた。
わたしはマグカップさえ買えれば良かったのだが、父・誠一が巨大な恐竜のヌイグルミを見せてくれた。
大人には、ちょっと大きいかな? という大きさなのだが、幼女には扱いづらいほどデカイ。
「え? いらな――」
すべて言い終わらないうちに、父が悲しそうな顔をしたので、仕方なく嬉しそうな素振りで巨大恐竜を抱えてレジに並んだ。
親孝行も骨が折れる。
次回、新たな攻略者、登場です。







