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【鷹司晴夏】露見


 咄嗟に取ってしまった電話。

 相手は、穂高――僕の滞在する棟で母と一緒にいる筈の真珠の兄だった。


『晴夏くん? ちょっと急ぎで聞きたいことがあって……起こしちゃったよね。本当にごめんね』


 彼からの電話に、何故? と疑問が浮かんだが「大丈夫だ。起きていた」と答える。


『いま、こっちに真珠と貴志さんの二人が来ていて、隣の部屋で紅子さんに叱られているみたいなんだけど――そっちで何かあったの?』



 何かあったのか?――あった。貴志さんの元に西園寺理香が訪ねてきた。

 けれど、それよりも僕は――貴志さんに抱き締められた真珠の姿が、頭から離れずにいた。



 貴志さんの言う『天女』とは?

 『欲しい人』とは?



 穂高ならば――真珠のことを想う彼ならば、彼女と貴志さんのことに何か気づいているのではないか?



「…………っ」



 僕は穂高に問いかけそうになり、慌てて口をつぐんだのだ。


 貴志さんとした『誰にも言わない』という約束を破りそうになったことに呼吸が止まり、言葉が詰まった。


(僕は彼に何を訊こうとしていたのか……)



 貴志さんの言う『天女』――もしかして、貴志さんの言う『欲しい人』とは、真珠なのではないか?



 でも、すんでのところで思いとどまれた――本当に……よかった。



 一度、誰にも言わないと宣言した話を口の端に上らせることは、即ち――信頼も信用も失うことだ。



 貴志さんとの間に築けた絆を、最悪の形で裏切ることになるところだったのだ。



 黙って何も言えずにいる僕は「穂高に対して何か応答しなくては」と焦るのだが、色々な思いが渦巻いて言葉が出てこない。



 何かを察したのか、穂高はまた別の質問を投げかける。



『もしかして、誰か来たのかな? たとえば――西園寺理香、とか?』



 僕は息を呑んだ。


 先ほど玄関先で繰り広げられた騒動のことを彼が知っているということは、真珠の身に何か起きたのだろうか。



 いや、でも、それならば、穂高がこんなに冷静な様子で電話をかけてくる訳がない。



 彼も真珠のことを大切に思っているのだから。

 彼は、彼女の実兄――けれど、彼の『心に決めた人』というのも、おそらく――真珠だ。



 そんな複雑な気持ちの混じった声が電話線を通過し、彼に届いているのかもしれない。



「……来た――その女の人が。貴志さんの部屋に」


 僕がそう答えると、穂高の沈黙が暫し続いた。

 そして、彼の声が再び受話器から届く。



『ねえ、晴夏くん、ちょっと協力してほしいことがあるんだ――真珠のために』



 その声は、真珠や涼葉に向ける朗らかで穏やかな声音とはまったく違い――聞いていると竦み上がるような、心が飲み込まれるような――底冷えのする、声だった。



「……シィの?」



『そう。真珠のため――僕と貴志さんがそばにいられない時、彼女のことを守ってほしいんだ。特に――しばらくは西園寺理香に、気を付けてほしい』


 どういうことなのだろう。

 貴志さんと真珠と、西園寺理香?


「その三人に、どういった関係が……?」


 穂高は、う~ん……と唸ってから、「どうしようかな」と言って話し出す。


『さっきお昼の後、僕は涼葉ちゃんと紅子さんの近くにいて、貴志さんとの会話が聞こえていたんだけど……君は?』


 昼食後、母が貴志さんを小声で叱責していた時の話だ。


「いや……僕のところまで、声は届かなかった。でも、シィは……多分聞いていた」


 僕の言葉に、穂高が大きく息を呑んだ。



『えっ? 真珠が!? どんな様子だった? 大丈夫だった? いや、でも、そうか……真珠に意味は……分からない、か』



 穂高が何を心配しているのか分からなかった。けれど――


「シィの表情はいつもと変わらなかった――でも、何故か、泣いていたような……気がした」


 穂高が深い溜め息をついてから、「貴志さん……」と小さく呻いている。


『あの西園寺理香は、貴志さんの昔の……とりあえず『彼女』と言っておく。厳密には違うみたいだけど。紅子さんがさっき理香を挑発したらしい――理香の目から真珠を逸らすために。そっちで騒ぎでもあったのかと思ったけど、それも知らない?』


 玄関先が騒がしかったけれど、何があったのかは分からない――僕は彼にそう伝えた。


『そう』


 彼はそれだけ言うと「わかった。それなら本題に進もう」と話を切り替える。



『晴夏くん。いま、一番彼女のそばにいる時間が長いのは君だ。だから――』


「わかった。西園寺理香には特に気をつける。僕もシィを守る――穂高や貴志さんのように」


 穂高が全てを言い終える前に、僕は了承する。


『そう。ありがとう』


 彼の声の響きに、少しだけ寒さを感じる。

 けれど、僕も彼女を守りたいと思っているのは本心だ。


「でも、なぜ西園寺理香がシィを?」



『それは、君もあの二人――真珠と貴志さんのことを見ていれば何となく気づくんじゃないかな? 君も――()()()()()()()()()、真珠のこと、気になっているんでしょう?』



 僕は息を呑んだ。


「『僕たちと同じように』――って、それは……!?」


 そう、僕は彼女を大切に思っている。そう――想っているのだ。


 でも、『僕たち』というのは、それは――




『多分、君の考えている通りで合っていると思うよ』




 心臓が早鐘のように警鐘を鳴らす。

 頭の中をドクリドクリと鼓動が巡る。




 僕の考えている通り?


  ――穂高の『大切な人』『心に決めた人』

  ――貴志さんの『天女』『欲しい人』


 やはり、真珠――なのか?




 穂高がクスリと笑う。


『真珠は艶やかに咲き誇る花――僕たちは、さながら『蝶』だ。君が彼女に惹かれていくのは想定済みだったよ――これからも、彼女の蜜を求めて『蝶』は集まってくる。僕は、それを見極め――彼女を守らなくてはいけない。

 君は、今のところは及第点だ。でなければ、こんな協力なんて持ちかけないよ』



 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。



 やはり、初めて彼に会った時に感じた、あの感覚は間違っていなかったのだ。


 涼葉が「王子さまだ」と言った時、咄嗟に「それは違う」と思ったあの直感。


 見た目は優し気な、まるでおとぎ話の中から出てきた『王子さま』だ。



 けれど、彼のその身の内には、僕が想像もできないような強い決意と秘めたる激情が潜んでいたのだ。



 それは、すべて、彼の愛する『妹』のために――


 『兄』としてではなく、彼女を『守る者』――いや、もしかしたら『恋焦がれ、愛する者』として。



 僕には分かる――同じ女性を想うからこそ。



 だから僕は、


  穂高の想いを

  貴志さんの想いを


 ――心の奥底で感じることができたのだ。




 きっと、僕のこの想いも――二人には隠しようもなく、すべて伝わっているのだろう。







生まれて初めて書いたこの物語。

執筆を初めてから、ひと月半が経ちました。

本日めでたく100話となり、これもひとえに読んでくださる皆さまがいてくださったお陰です。

本当にありがとうございます。


今まで鳴りを潜めていた『ギフテッド穂高』が、本領を発揮してきます。そして、ずっと王子さまでいて欲しかったという皆さまには本当に申し訳ありません。

★真珠だけ、には常に王子さま対応なので、そこはご安心ください(^^)


 ブックマーク、励ましのコメント、評価も、すべて本当に感謝の気持ちで拝見させていただいております。

 100話達成記念に、感謝とお礼の気持ちを込めて。

             2019/11/12 青羽より




【感謝】初レビューもお祝いにいただくことができました。本当にありがとうございます。個別にお礼のメッセージを送らせていただきましたので、お時間のある時にご確認いただけますと幸いです。ありがとうございます!


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