【閑話・月ヶ瀬穂高】小夜ちゃんと呪文と嵐の予感
真珠が自宅に戻って、1週間が過ぎた。
8月に入って、はじめて迎えた土曜日―――暑さで目が覚めてしまった僕は、夏休みの宿題の計算ドリルに取り組むことにした。
退院後、真珠は部屋からあまり出てこない。
時々、真珠の部屋の開け放たれたドア越しに様子を覗うと、ノートに何か書きながら、ウンウン唸っている姿をよく目にするようになった。
何を描こうかな? と真剣に悩みながら、お絵描きをしているようだ。
最近真珠は、不思議な呪文のような言葉を呟くことが増えた。
昨日も「マジカコレッ」という呪文を言ってから難しい顔をしていた。
真珠はノートとにらめっこを終えると、次は五十音の練習をする。特にお気に入りはサ行のようで、念入りに発音を繰り返している。
「さ・し・す・せ・そ」が「しゃ・し・しゅ・しぇ・しょ」と聞こえるのが可愛い。
五十音の練習が終わると、バイオリンを取り出して、ひたすら音階の練習を始める。
真珠が自発的に繰り返す日課のことを考えていると、バイオリンの音階が僕の部屋に届いてきた。
きっと僕と同じように、暑さで目が覚めてしまったのかもしれない。
算数の計算ドリルを終わらせた僕は、朝食を食べてから庭に出て、朝顔の観察をすることにした。これも理科の宿題だ。
僕はジョウロに水を入れて運び、成長し続ける朝顔に水をあげる。
裏庭で朝顔の成長記録を書くのに夢中になっていたら、突然、道路を歩く女の人に声をかけられた。
柵越しだけど、知らない人だから少し警戒しながら失礼にならないように観察する。
とても綺麗な人だ。フワフワと巻いた髪をおろして、花柄のワンピースを着て、僕の大好きなケーキ屋さんの箱を持っていた。
お祖母さまより若くて、美沙子さんよりは少し年上か? もしかしたら美沙子さんと同じくらいの年齢かもしれない。
「穂高くん、こんにちは」
僕は益々警戒した。
だって、その女の人が僕の名前を知っていたから。
でも、会ったことのある人だったら、今の僕の態度は失礼にあたる。
「こんにちは。失礼ですが、以前お会いしたこと、ありますか?」
意を決して訊ねてみた。
女の人は、キョトンとした顔をして―――突然、笑いだした。
「あらやだ、穂高くん。小夜ちゃんよ? 暫く会っていなかったから忘れちゃった? ババちゃんショックだわ〜」
「ええっ⁉ 小夜ちゃん?」
僕はビックリした。
小夜ちゃんは、お父さんのお母さんで、僕のもう一人のお祖母ちゃん―――本名は、滝川小夜子さんと言う。
僕が「美沙子さん」と母親のことを呼ぶのを聞いて、「あらやだ、可愛い! ねえ、ババちゃんのことは『小夜ちゃん』って呼んでみて」とお願いされて、それ以来「小夜ちゃん」と呼んでいる。
小夜ちゃんは、いつもは着物姿で髪を結い上げ、キリリとしたお化粧をしている。
とても迫力というか、貫禄のある人だったはずなのに―――今日は、なぜか可愛いワンピースを着て、髪もフワフワにして、ちょっとお姫さまみたいな格好をしている。
いつもより細くて小柄に見え、とても不思議だった。
僕は木嶋さんを呼んで、対応してもらうことにした。
…
居間のソファに大人達が集まり、話に花を咲かせる。
僕は少し離れたダイニングテーブルの椅子に座って、その話を聞いている。
「まあまあ! そんなことが……? それは……美沙子さんには本当に申し訳ないことをしたわね」
小夜ちゃんは、そう言って頭を下げた。
「お義母さま、お顔を上げてください。こちらこそ、誠一さんには大変申し訳ないことを……」
「そうですよ、滝川さん。うちの美沙子が本当に申し訳ありません。それにしても、いつまでもお若くて羨ましいですわ」
美沙子さんとお祖母さまが、次々と頭を下げ、そして小夜ちゃんの若さの秘訣の話題に移っていった。
そこでお父さんが溜め息をこぼした。
「母さんの若作りで、どれだけ俺が迷惑を被ったか……、本当に家庭崩壊の危機だったんだからな」
ぶっきらぼうにお父さんが言うと、小夜ちゃんはクスクス笑った。
「この子ったら、自分の身の潔白を証明したかったのね。真珠ちゃんが入院された時にお見舞いに伺えなかったから、お邪魔させていただきたいと伝えたのよ。そうしたら、洋服で来い、なんて服装指定してくるんだもの。」
フフフ、と笑う顔がイタズラっ子のようだ。
木嶋さんが、冷茶を運んできて、みんなの前に並べていく。
「ところで真珠ちゃんは? 穂高くん、真珠ちゃんと一緒にケーキ食べましょう。美味しいケーキを買ってきたのよ?」
小夜ちゃんがニコニコしながら僕を見た。
「ありがとうございます! 部屋で遊んでいると思うので、呼んできますね」
真珠を呼びに行き、手を引いて居間に戻る。
真珠は、小夜ちゃんを見るとコテリと首を倒す。
「だあれ?」と言う怪訝な顔だ。
「小夜ちゃんだよ」
僕が教えると、とっても驚いた顔をしてから、うっかりと言うように呪文を唱えた。
「ワービマジョ!」
どういう意味だろう。不思議な響きだ。
その後、下を俯いて、僕にしか聞えない小さな声で、また違う呪文をボソッと呟く。
「ゴクツマドコイッタ!」
眉間に寄せたシワでさえ、僕の妹は可愛い。
…
小夜ちゃんの持ってきてくれたケーキがテーブルに並ぶ。
真珠は目をキラキラさせながら、それを眺めている。
どれにしようか悩んでいたようなので、僕はどれが食べたいのか質問してみた。
「チーズケーキとショートケーキ!」
と、元気に答えた後、しまったという顔をして恥ずかしそうに赤くなっていた。
「そっか、じゃあ、真珠の好きなケーキをふたついただいて、僕と半分こしたら両方食べられるね。
小夜ちゃん、このふたつを真珠と僕が食べてもいいですか?」
そう言って、真珠の好きなケーキ二種類をお皿に乗せてもらった。
「はい、ア〜ンして」
ケーキをフォークに取って食べさせてあげようとしたら、真珠はもの凄い勢いで顔をブンブンと横に振った。
「あ……赤ちゃんじゃない……から、ひとりで平気……だよ?」
僕はちょっとだけ残念に思いながら、
「偉いね。お姉ちゃんになったんだね」
と褒めた。
いつもなら鼻高々でエッヘン! となるのに、今日は恥ずかしそうにモジモジするだけだった。
真珠は大人達の話を聞きながら、ケーキを美味しそうに頬張っている。
幸せそうに食べるその姿を笑顔で眺めつつ、僕もケーキをいただいた。
大人達の話は、途中で美沙子さんの年の離れた弟の話題になっていった。
僕と真珠には、お祖父さまに勘当された叔父さんがいたらしい。
タカシ―――と、みんなが呼んでいたから、それが叔父さんの名前のようだ。
初めて聞く叔父さんの話に僕もビックリしたけれど、真珠は口に入れたケーキを噛まずに飲み込んでしまうほど驚いたらしい。
ひとしきり噎せた後ーーー
「タカシ……?」
真珠の声は、何故か少し震えていた。
どうしたんだろう?
叔父さんの名前が気になっているようだ。
「月ヶ瀬家の子供だから、月ヶ瀬タカシ……って言うのかな? じゃあ『あの』タカシじゃないか。よくある名前だもんね」
真珠は、またブツブツ小声で呟き出した。
今度は、呪文じゃなくて普通の言葉だったけど、声が小さ過ぎて、僕には聞き取れなかった。
大人達の話だと、タカシ叔父さんはもうすぐ日本に遊びにやって来るらしい。
今回僕達も初めて会えるようなので、今からとても楽しみだ。
真珠の呪文 3つ
「マジか、これ?」
「わぁ、美魔女!」
「極妻、どこ行った?!」
でした(゜A゜;)
読んでいただきありがとうございます!
とても嬉しいです(*´ェ`*)
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初めて書く物語のため、緊張しながらアップしています。至らない点もあるかと思いますが、学びながら執筆していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
また作家兼絵師のhake様のご厚意で贈っていただきましたロゴも掲載させていただきます。
ちなみに、ファンディスク編までの主要登場人物となります!
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