間話:皇帝の復讐(前編)
ガルドフェインside
弱さは罪だと思っていた。
マリア、お前に出会う日までは。
「あの女の息子はあんなにも優秀なのに、なぜ、お前はこんなにも劣っているの?」
蔑む言葉。
その視線が、顔が言っていた。
出来損ないの皇子だと。
「はぁ、私が生んだ皇子がもっと優秀だったら良かったものを。」
父の側室だった母。
優秀だった私の異母兄。
「分かっているの?正妃腹で生まれなったお前が帝位に即くには、誰よりも優秀でなければならないのよ?」
「・・はい、母上。」
母の期待に応えられない無能の私。
武術も学力も異母兄の方が遥かに私よりも優秀で優れていた。
「第一皇子が皇太子となれば、この国も安泰ですな。」
「はは、確かにそうですね。」
「優秀と誉れ高い第一皇子が皇太子となり、次代の皇帝となれば、我が国もさらに強国となる事でしょう。」
賞賛は期待に。
「それにしても、第二皇子は非凡らしいですな?」
「えぇ、何をさせても兄である第一皇子に敵いません。」
「期待するだけ無駄ですね。」
「まぁ、無用な後継者争いが起こらなくて良いのでは?」
「おぉ、違いありませんな。」
嘲は悪意へ。
私は生まれなかった方が良かったのだろうか?
「ーーお前を私の次の後継とする。よってお前が皇太子となる事を告知するので承知するように。」
その日々も終わる事となる。
異母兄である第一皇子の突然の死によって。
「あの優秀な第一皇子なら、この国をさらに強くできたものを。お前を私の世継ぎとするなど、全く不本意だ。良いか?今まで以上に精進するのだぞ?」
私を見下す、父の瞳。
思い知る、この父に私は必要なかったのだと。
この決定も、父には不本意なものだったのだと思い知らされた。
「っっ、ぁぁぁぁ、アレクセイ、私の息子。なぜ、お前が死なねばならないの!?」
ーーー他に不必要な皇子はいるのに。
悲痛な王妃の嘆き。
「・・第一皇子様、迷宮に行かれて亡くなられたのでしょう?」
「えぇ、皇帝陛下もお亡くなりになって相当落胆された様よ。」
「そりゃ、第一皇子様は優秀な後継だったもの、当然よね。」
逃げ出してしまいたい。
窮屈な王宮。
「ふふ、ようやく私の天下よ。次代の皇帝の母となるんですもの、皇后より上の立場になるわ。」
人の死を喜ぶ母。
その顔は醜悪で、人間の浅ましさを思い知らされた気がした。
「異母兄、なぜ、亡くなられたのですか?」
閉じられた籠の扉。
異母兄が即位すれば、家臣として王宮から出られたのに。
檻の扉は永遠に閉じられた。
「良い事?この母の為に、必ずこの国の王となりなさい?」
ーー・・もう、私は逃げられない。
私に興味がない父。
自分の地位しか興味のない母。
「皇太子冊立、誠におめでとうございます。」
「いやぁ、本当にめでたい事ですな。」
「そう言えば、まだ婚約者はいらっしゃらなかったですよね?」
「おぉ、我が娘はどうでしょう?」
「いやいや、我が娘は器量よしで皇太子様もお気に召すかと。」
媚びへつらう貴族達。
一変した環境。
安息の場所は、私にはなかった。
「・・また今宵も側室の所に向かわれのですか?」
咎める妻となった女を一瞥して歩き出す。
与えられた皇太子妃。
そして、たくさんの側室や愛妾達。
「たくさん子をなせ。今のお前の一番の仕事だ。」
全ては命令と言う名の鎖。
この王宮内で私の心は誰からも無用だった。
「新皇帝陛下、万歳!」
「先代皇帝の喪も明けたのですから、新たな皇帝のお力を周囲の国へ示しませんとな。」
「我が国の力は健在だとしら締めませんといけませんからね。」
皇太子から皇帝へ。
「っっ、お前、この母になんと言う事をするのだ!」
初めにした事は、母の粛清。
兵に捕らえられた母が、私に向かい喚き散らす。
「私は罪人を捕らえさせたまで。」
「罪人?この私が?」
「えぇ、先代皇帝に毒を盛っていたでしょう?」
この女は侮った。
いつまでも、私が自分の傀儡なのだと。
「なっ、何を、」
「私が何も知らなかったと?どこまでも愚かで滑稽な事だ。」
母親だった女を冷たく一瞥する。
「貴方は私には不要です。良かったですね?貴方も無能な私の事を息子だとは思っていなかったのでしょう?」
「っっ、この、恩知らず!生んでもらったこの母に、この様な仕打ちをするなんて!」
「恩?」
何ともおかしい事を言う。
「私に母などいない。そう思わせたのは、貴方ではありませんか。」
情など有りはしない。
ーーーそうさせたのは、自分なのだから。
「先代皇帝を暗殺した女だ。罪人として牢へ連れて行け。」
「い、いやぁぁぁぁぁ!」
絶叫する女に背を向け、歩き出す。
次にする事の為に。
「・・は?全ての国を併呑して、統一する、ですか?」
「そうだ、宰相。その為の軍事力の強化を図る。早急に予算の編成と兵達の訓練に入れ。」
「し、しかし、」
「これは命令だ。お前達の意見など必要としていない。分かるな、宰相?」
宰相の耳元で囁く。
「お前の代わりなら、たくさんいるぞ。それでも反対するか?」
「っっ、承知いたしました、皇帝陛下。」
機は熟した。
走り出す。
統一と言う名の戦の為に。
「皇帝陛下、国の統一など、おやめ下さい!」
「民の負担となります!」
「お考え直しを、皇帝陛下!」
邪魔する者は不要。
否定する声は武力で持って制圧し、飲み込んでいく。
流れるたくさんの血。
「何故、この様な事をなされるのですか!?」
あがる非難の声。
「何を言っている?全て、お前達が望んだ事だろう?」
強い王。
そして国の安寧と、強くする事を。
「先王が、お前達が望んだ王としての姿なのだろう?強く、誰にも負けない王の。」
青ざめ、口元を震わせる者達を切り捨てた。
怨嗟、怒り、不満。
様々な感情が高まる中だった。
「ーーー・・わたくしの名はマリアと申します。」
お前に出会ったのは。
気まぐれに連れ帰ったマリアと言う女を側に置いて数ヶ月。
「・・陛下?何やら体調が悪いようですが、大丈夫ですか?よろしければ、今日の政務はここまでにいたしますが・・。」
「っっ、何でもない、報告を続けよ。」
「はっ、続きましてーーー」
散漫になる思考。
途切れる記憶。
「・・まさか、原因は、」
言い知れぬ感情に私の背中に冷や汗が伝う。
それでも私はマリアの元へと通った。
「陛下、今宵もわたくしの元へ来て下さり、嬉しゅうございます。お会いしとうございました。」
嬉しそうに笑うアリアの瞳が何かを求めていたから。
「・・あぁ、そうか。」
気がついてしまう。
マリアは私と同じなのだ。
本当に欲しいと求めたものが手に入らぬと知っている所が。
「ふふ、もう少しです。後少しで願いが叶う。」
薄れ抜く意識の中。
「・・あぁ、魔王様。お会いしたい。」
その望み、叶えと願う。
よろしければブクマ、良いねボタン、感想、そして誤字報告お願いします




